4 猫集会にて

「ひな子お姉さんを、この畳みたいな見た目の薄いやつでグルグル巻きにして、荷物みたいに抱えて出て行きました。それを追いかけて、兄さんも飛び出して行ったんです。ぼく……ぼく、本当は兄さんと一緒に行きたかったけど、留守番してろと怒られて」


 子猫の目から、ポツリと大粒の涙がこぼれた。


「兄さんはぼくのことを心配していて、いつも外に出てはいけないと言われていたから。ぼく、兄さんの言いつけを守ってずっと待ってたんだ。でも、いくら待っても帰って来なくって……」



 声を上げて泣きだした子猫を前に、若は「弱った」という顔で立ち尽くしていた。


「くそっ、たんぽぽならともかく、俺は弱った子供の扱いは得意じゃないんだよ」


 そう呟きつつ、不器用ながら、慰めるようにグルーミングしてやった。


「辛いことを思い出させて悪かったな。状況は良く分かった。あまり自分を責めるなよ。お前はチビの割には賢く勇敢だった。大人の猫を振り切って、兄ちゃんの所に来れただけで十分すごいと思うぜ。お前はよくやった、胸を張っていい。後は俺たちが何とかするから、飯でも食って家でゆっくりしてろ」


 腹が膨れて泣きつかれた虎丸がいつもの定位置――駐在さんのベッドの枕元でスヤスヤ眠り始めたころ。


 しょんぼりした様子のマグロとハカセが若の元に戻って来た。


「ダメだ~、なにも嗅ぎ取れな~い」


「隅々まで探してみたんですけど、重要そうなものは見つかりませんでした。駐在さんの仕事に関する書類とか、事件と無関係のものしか……」


「じゃあ、ここは終わりにして、聞き込みして回ろうぜ。誘拐犯は睡眠薬で昏睡させた人間をムシロかゴザみたいな奴で洲巻(すまき)にして持ち運んで行ったようだ。人目を忍んで闇に紛れて行動していても、俺たち猫なら夜目がきくし、逃走するところを目撃している可能性がある」


 若の言葉に、マグロは苦笑いして言う。


「ま、車で移動していたら目撃してる猫はいないだろうし、匂いも追えないからお手上げなんだけどね」


「そこは考えても仕方ねぇ。とりあえず、聞き込みをするならまずは慣れ親しんでいる俺たちのシマからだ。この時間帯なら、結構な数の猫が神社の境内でたむろしてると思う。俺の舎弟もチラホラ混ざってるし、協力はしてくれるはずだ」


 たんぽぽは言った。


「あ、じゃあ、強そうな奴にお願いして、駐在所の見張りを頼めないかな? いちおうあの子も事件の目撃者だし。犯人が現場に戻って来るかもしれない。目を離している隙に、口封じとかされたら怖いだろ?」


「ああ、そうだな。疲れているのかぐっすり眠っているようだから、連れ歩くのも難しそうだしな。犯人もさすがにこの状況で日中には行動を起こさないだろうし、今のうちに誰かに頼んでおくか」


 というわけで、一行は虎丸を家に残し、その足で神社の境内へと向かった。


 若の読みどおり、そこにはかなりたくさんの猫が集まっていた。


 皆、気持ちよさそうにリラックスして日向ぼっこをしている。


 若がやって来たのを見て、仲間や舎弟が慌てて腰を上げ、あいさつをしようとした。


「あ、いや、腰を下ろしたままで構わない。ゆっくりしているところすまないな。ちょっと話を聞かせてもらえるか? 今朝がた、浜に上がった猫の死体の件で、調べ物をしていてだな」


 話題の殺猫事件の話と聞いて、猫たちは昼寝を中断して若の回りにゾロゾロと集まり始めた。


「あの気の毒な茶トラ猫の弟から話を聞いてきたが。どうやら、あいつの死が駐在のところの人間の失踪事件と絡んでいるらしい。この島の町長――ここの人間を牛耳ってる白いヒゲのオッサンが、駐在の所に住む若いメスの人間を誘拐して行ったって話だ。もしかしたら、あの猫は事件を目撃したせいで殺されたのたかも、ってことでちょっと周辺を調査しているんだ」


 噂好きの猫たちは、興味しんしんで若の話に耳を傾けている。


 すると、若と同格と思われる凄みのある顔の白黒ブチの雄猫が、ダミ声で尋ねた。


「それで、どうしてお前ほどの猫が、わざわざ自分で調べ物を?」


「まぁ、厳密に言うと、これは東のソンチョーの所で起こった事件だから、俺が解決する義理はないのかもしれないが。あの死体が上がったのはうちのシマだしな。それに、この島に住む人間や動物があの猫を殺したとすると、仲間の命も危ないかもしれねぇ」


 ブチ猫は、ヒゲをこすりながら思案顔でうなづいた。


「なるほど。言われてみると確かにそうだ。そういう話なら、うちのシマでも色々調べてみる価値はあるかもしれねぇな」


「ああ。とはいえ、さすがによそのシマの大将にいきなりナシ付けに行くわけにもいかねーだろ? 俺も東部には顔が利かねーし、北部のクロネコ団ときたら、秘密主義の謎だらけな集団だしな。で、手始めにここらで聞き込みをしてみようって寸法だ」


 ダミ声の猫は、思案顔で言った。


「うーん。今は大事な時期だから、ヤシチの親分の助けは期待できないかもしれない。俺も心当たりを回ってみよう。それと、クロネコ団のことに詳しいのは、西部じゃ公民館のミケ姐さんくらいしかいないと思うぞ」


 2匹の話を聞いた下っぱの猫は、感嘆の声を上げた。


「おー、さすが若さんたち。俺たちのことを第一に考えてくれてらぁ」


 と、称賛する下っ端の猫たちは放置しておいて、若は一同に尋ねた。


「町長は、誘拐した人間をゴザとかムシロって大きな敷物みたいなやつでグルグル巻にして、持ち運んで行ったらしい。夜遅くだから人間どもは気付いてないかもだが、俺たちにはこの目がある。さすがにそんだけ大きな荷物を抱えている所に出くわしてたら、記憶に残りそうだが誰か知らないか?」


 猫たちはザワザワと話し合ったが、残念ながら目撃情報は出てこなかった。


 とその時。


 マグロがニャーニャーうるさく騒ぎだした。


「ちょっとー、ボクたちを置き去りにしないで欲しいなぁ! ソンチョーとか、クロネコ団とか、聞いたことがない単語ばっかりなんですけど?」


 話の腰を折られた若は、チッと舌打ちしつつも説明してくれた。


「ったく、しょうがねーなぁ。これだから飼い猫は。もうちょっと、外の情勢に気を配れよな。クロネコ団は文字通り、黒猫の集団で北部の廃鉱山の周辺に暮らしている奴らだ。ソンチョーって言うのは、東部の住宅街を牛耳っているボスだ。確かうちのヤシチ親分より、一回り年上だったと思うぜ。俺もそれ以上は知らん」


 マグロががっかりした様子で言う。


「えー、じゃあこっちには手がかりなしか~。ざんね~ん」


「それで、次はどこを調べますか?」


 ハカセの問いに少し考えた若は、次の行き先を決めた。


「とりあえず、猫島町長の家を探そう。奴の家の詳しい場所までは把握していないが、東部にあるということだけは聞いたことがある。それと、できれば東部の猫からも聞き込みをしたい。奴らが協力してくれるか――については良く分からないが」


 すると、賢そうなキジトラの猫が、マグロとハカセを頭の先からしっぽの先までまじまじと見た。そして、心配そうな顔で若に忠告してきた。


「若、そのシャムとヒョロいメガネの奴を東部に連れて行くんなら、首輪を外させた方が無難かもしれません。あいつら、飼い猫を見かけると攻撃してくるんです。集団で囲って暴力を振るわれた、という話もよく聞きます。弱そうな飼い猫を見つけたら、見境なく襲ってきますよ。若やそのでっかい奴はどう見ても強そうだから、ビビッて絡む前に逃げ出すかもしれませんが」


 すると、あちこちで、ソンチョーを非難する声が上がった。


「そうなんですよ。聞いてくださいよ、若。俺、子猫の時にうっかり東部に迷い込んじゃって。ソンチョーたちにボコボコにリンチされて、必死で逃げ回ったことがあるんですよ。でも、ラッキーなことに、そこにたまたまヤシチの親分が通りかかって。ソンチョーの野郎、ちょっと威嚇されただけで、ビビッて逃げ出してましたよ。おかげで何とか命は助かりました」


 と、何匹かの飼い猫がソンチョーから受けた被害について語ると、たんぽぽが不機嫌そうな唸り声を上げた。


 すかさず若が釘を刺した。


「おい、話を聞く必要があるんだから、ソンチョーを見かけても絶対に出合い頭で即ボコるんじゃねーぞ。お前が弱い者いじめを嫌っているのは知っているが、話を聞き出すまでに逃げられては困る」


「……わかった。若がそう言うのなら、我慢する」


 ちなみに、ヒョロいと指摘されたハカセは、非力であるという自覚があるだけに、キジトラの言葉にしょぼくれている。


「たしかに、真っ先に狙われるのは自分なんでしょうけど。これ、お守りが付いている大事な首輪だから、外したくないんですよね」


 他方、マグロはとても不満そうな顔をしていた。


「これ、ピカピカでお洒落だから気に入ってるし、外すなんてやだよー。それに、僕だって戦えばそれなりに強いんだからね!」


 たんぽぽは、そんな二人を励ますようにニカっと笑って言ったのだった。


「首輪はそのままで大丈夫だよ。もし攻撃されたら、おれが全部ぶっ飛ばすし」


 この離島には、ぺットショップはないし、ブリーダーも住んでいない。


 たんぽぽはまだ気が付いていないが、本土のペットショップから船で連れてこられた彼以外に、この島にメイン・クーンはいない。


 つまり、たんぽぽはこの島の猫の中では巨人のようなもの。


 体重12Kg以上の筋肉隆々の巨体を持つたんぽぽ。


 ずば抜けて体格の良い彼のパンチは、もはや脅威である。まともに受けたら、普通の猫はひとたまりもあるまい。


 たんぽぽの笑顔に恐れをなした野良猫たちは、改めてこの猫を従えている若に忠誠を誓った。

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