1 不穏な噂と4匹の猫たち

 ここは猫島。辺鄙な場所にある、小さな離島である。


 ポカポカ陽気に恵まれ、爽やかな風が気持ちいい早朝。


 島の西部に位置する、のどかな漁師町の片隅にて。


 まったりとした空気をぶち壊すように、ドタバタ・ニャーニャー騒ぎたてる、落ち着きのない猫の姿があった。


 好奇心に目を光らせた2才のオスのシャム猫――マグロである。


「大ニュース、大ニュース! 西灯台の近くの浜辺に、すっごい状態の猫の死体が上がったらしいよ。やられ方が尋常じゃないらしいって、みんなその噂でもちきりだって! ねぇねぇ、ボクたちも見に行ってみようよぉ!」


 と、耳元で捲し立てられて煩そうな顔で睨み返したのは、キジトラのオスのハチワレ猫だ。


「おいこら。やたらワクワクしやがって。不謹慎だろ。つーか、猫の死体とか、別に興味ねーよ俺は」


「そんなこと言わないで~! か弱くてキュートなボクを助けると思ってさぁ」


「こ~ら! おい、しっぽを引っ張るな! ……まったく、お前って奴は! 俺よりずっと年上のくせに、もうちょっと落ち着きというものをだな――」


 と渋い顔でお説教を始めた彼は、一歳そこらの若造だがいやに貫禄があった。


 今はまだ年若く、島の西部をまとめるボス猫のヤシチの配下に甘んじている。しかし、そのうちに広い地域を牛耳るボス猫になるだろう。


 おでこに大きな古傷が走っているのが任侠を想像させるのか、人間たちから「若」とか「若頭」とか呼ばれるようになり、仲間内でも自然とその名前で定着した。


 この強面に睨み付けられたら、普通の猫は慌てて逃げ出すに違いない。


 ……が、子猫の頃からの付き合いで、長年つるんでいるマグロは怯えるどころか怒られてもどこ吹く風だ。


 マグロのことを「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕って後ろをついて回っていた愛らしい子猫時代は、若にとっての黒歴史である。


「はいはい、ほら、若ちゃん、早くおいで~」


「おうコラ! 人の話は最後まで聞けよ!」


 その時、思いかけずかなり高い位置から呑気な声が降りてきた。


「おっ、今日もやってるねぇ。賑やかだから、君たちがつるんでいると遠くからでも良く分かるよ。で、今度はいったい何の騒ぎだい?」


 普通の猫よりずっと大きな体をした猫が、クリクリとした人なつっこそうな青い目で2匹を見下ろしている。


 体格の良い若の1.5倍はありそうな巨体がそびえ立つように迫ってくる。しかし、陽気で友好的な雰囲気が相まって、不思議と威圧感はなかった。


 彼はマグロの悪友で同い年の茶トラのオス猫、メイン・クーンの「たんぽぽ君」だ。漁協周辺の漁師さんの家で暮らしている。


 なお、飼い主が「たんぽぽ君、たんぽぽ君」と何度も呼んでいるせいで、彼は自分の名前は「たんぽぽ君」であると勘違いしているようだ。


 彼は今の名前をとても気に入っているようで、仲間の猫たちにも自慢げな顔で「たんぽぽくん」と名乗っている。


 なお、特別な名前は「カワイイ」であるとも思っているようだ。


 たんぽぽが名乗るたび、人間の言葉が分かる猫は、ツッコミを入れたそうな顔をすることが多い。


 だか、巨体にビビッて口に出せずにいる。


 そんな猫の一匹が、たんぽぽの巨体の影から姿を現した。


 頭脳明晰で漢字の混ざった難しい本も簡単に読める彼は、3歳の白黒のブチ猫であり、猫島神社の神主さんと暮らしている。


 顔の模様が逆パンダ状になっており、目の回りの白い模様がまんまる眼鏡のように見えることから、仲間からはハカセと呼ばれていた。


 琥珀色の目が印象的な彼は、遠慮がちに口を開いた。


「たんぽぽさん、あのですね――」


「もー、やだなー。まーた二文字忘れてるって。おれの名前は、た・ん・ぽ・ぽ・く・ん。はい、もう一度」


「……それでは、たんぽぽ君。彼らはですね、例の海岸に打ちあがった猫の死体の話をしているのだと思います。かなりの大声だったので、遠くからでも良く聞こえていました。自分、すごく耳がいいので」


 たんぽぽはその巨体に似合わず、耳をぺちゃんと倒して困った顔をした。


「おー、あの話な。茶トラって聞いたから、もしかしたらおれの親戚の誰かかもしれないし、確認したいと思って家を出てきたんだよ。お前らもついて来てくれないか? 知ってる顔だったらショックだし、友達と一緒がいいなって」


 たんぽぽは、すがるような目で一同を見つめている。


 若は深々とため息をついた。


「仕方ないな。ついて行ってやるから、そんな目で俺を見るな」


「やった~! 若ちゃんやっさし~!」


「えぇい! やかましいわ! まとわりつくな」


 

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