第35話 アタシはまた、懲りずにやらかして……。 ①
困った。えぇ、困ったわ。ほとほと困り果てた。
教室でひとり、窓の外を眺めながら、アタシはどうしたものかと頭の中で考えを巡らせていた。
アタシの止まらない溜息に、友人達もいつもと違う雰囲気を察したのか、どうにも近寄りがたいようで。
「なにか悩みがあるなら力になるから」
なんて、嬉しい言葉を残し遠巻きに見守ってくれている。
本音としては力を貸して貰いたい。もちろん今回ばかりはアタシ自身の力だけで乗り切らなければいけない。それはわかってはいるのだけど。
苦々しく睨みつけた教室の時計は、滑るように針を進めていく。この調子では、あっという間に次の授業が始まってしまうでしょうね。
本当に恥ずかしながら、何を隠そう、もう三限目まで終わってしまったというのに、アタシはまだ、アイツをお昼に誘えていないのだ。
何やってんのよこのノロマ。妹ならきっとこう言うでしょうね。そして、アタシはしょんぼりして言い訳ばかり繰り返すでしょうね。
でもね、確かに苦しい言い訳かもしれないけれど、頑張ったの。アタシも、そりゃもう頑張ったのよ。
まずは場所の確保。アタシがまっさきに思いついたのはそれだった。
だって、せっかくお弁当を作ったんだし、それに、今日は特別な日。放課後に一世一代の大勝負をしかけるんだから、アイツに目一杯のアピールをしておきたい。
でもね、アイツを誘うのは当然として、いざ、食べましょうかとなったとき、そう都合の良い場所が空いてるかしら? アタシはそこを危ぶんだわけ。
もちろん男女で並んでお弁当食べている、そんな生徒達もいるわ。アタシもさ、常日頃から学校でもアイツと二人で居たいんだもん。そんな場面に出くわす度に、あぁ、良いなぁ。羨ましいなぁ。と、心の中で指をくわえて見ていた。
でも、アイツとアタシ。お互いに目立つのが苦手なインドア派だから、堂々とオープンにするのは性格上無理だもの。
とはいっても、せめて、せめて今日だけで良いから周りから邪魔されたくない。
無理かもしれないけど、どうしたら良いのかしら。うんうんと唸りながら、アタシも必死になって考えたわ。昨日の晩、ルーズリーフとにらめっこしながらも、思案を巡らせたわ。
……人気の少ない、かつ、お弁当を食べるにふさわしい、不衛生でない場所。
結論として、そんなおあつらえ向きな場所なんて、昨日先輩と出会ったあの場所しかないのよね。
他は汚かったり薄暗かったりで、とてもじゃないけど、お弁当なんて広げられないもん。トイレの裏とか、もう最悪でしょ?
だからこそ、あの先輩たちもあそこで逢瀬を重ねていたのだろうし、もはや校内であそこ以上の立地は考えられなかった。
もしかしたら他に良い場所があるかもしれない。もしそんな所があるのなら先輩達に迷惑もかけないし、アタシも面倒なことをしなくて済む。それこそ理想的ではあるのだけど。
と、ここまで思案しておきながらも、アタシはそれから先のことに関しては、スパッと考えるのをやめた。
だって、どうせ長々と時間をかけて考えたところで、結論なんて出やしないもの。あるかどうかわからない場所のことであーだこーだ、この時間がもったいないわよ。
言っときますけどアタシはね、本来ウジウジ悩む性格なの。そして、その性格が原因で失敗したことは数えきれないくらいあるの。
だから最近は、ある程度ザックリと割り切ることに決めている。
まだまだやらないといけないことが山積みだしさ、それに、人間、開き直りって重要よ。
アイツからは、『お前のそれは逆ギレだ』って注意されるけど、アタシの返答はいつもいっしょ。
『ならいっしょに考えてよ』
そう言えば、あぁ見えてアイツも考えこむタイプだからね。苦々しい顔で、口を紡ぐの。
後は、そんな彼に対して、文句は後で聞いたげるわ。もちろん全部、聞き流してあげますけど。ってな感じ。
とまぁ、ソコまで腹を決めれば後は早いわ。後ろなんて振り返らず、ただただ行動あるのみよ。
正直、あのふたりが作った秘密の場所を、後から来たアタシ達がお借りできませんか? なんて、図々しいことこの上ないじゃない。流石にそれはと厚かましくて気が引けたのだけど、でも、ウダウダ言ってる時間もない。
ある程度ザックリと絵図はかけたし、そうね。この場所を借りるには、最後にドデカいミッションをアタシが完璧にこなせるかに懸かっている。
アタシが思うに、あの場所のボスは例の熊みたいな上級生じゃないわ。間違いなくあの美人の先輩だって、女の勘がそう言っている。だから、あの場所を借りるためには、先輩の協力が必須だとまっさきに考えたの。
交渉事は不向きなタイプだと自覚しているけど、当たって砕けちゃダメだけど。ここまで来れば出たとこ勝負しかないじゃない。
きっと彼女に頼めば、あの熊みたいな彼氏さんに、今日だけは近寄るなってお触れを出してくれるだろう。というか、先輩から言って貰わないと困るのよ。あんな怖い上級生に、話しかけるなんて、アタシには到底無理だもん。
だけど、それには一つ大きな問題がある。穴と言ってもいいわね。自分の都合の良い方にばかり考える、そんなアタシが頻繁に足を取られる大穴。
そう。アタシは、先輩と出会ったのは昨日がはじめてなわけで、彼女のクラスどころか失礼な話、名前すら知らないのだ。
登校中に、たまたま偶然、その辺で出くわすことを願っていたのだけど、もちろんそんな幸運はありえない。
はたしてどうやって、先輩の所在を突き止め、かつ交渉するか。これがなかなかに難解で。
だからね、こんな時ばかり悪知恵の働くアタシだ。みんなの優しさを利用したみたいで気が引けたのだけど、それこそ朝一よ。教室についてそうそう、話のついでを装って、それとな~く友達に聞いてみたの。
『あのね。噂で聞いたんだけど、すごく美人の二年生って、知ってる? 』
ってね。
そしたら、さすがは先輩よね。みんながみんな名前もクラスも知ってるの。
もうこんなにも上手く事が運んだ試しは記憶にない。嬉しくて飛び上がりそうだった。
時は金なり。さっそく、善は急げと一限目の休み時間に尋ねたわけ。
本当は誰かに着いてきてもらいたかったけど、こんな事、誰かに話すことでもないじゃない? そのことで周りから冷やかされるのは本当にイヤだし、アイツにも迷惑をかけかねない。
そりゃあさっき、ああ開き直りはしたものの、行こうか行くまいか、ギリギリになってどうしたものかと迷ったし躊躇もしたわ。なんせアタシ、人見知りだもん。
でもね、今日のアタシはひと味違うの。
今日は頑張るって決めたんだから、こんなところで躓いてなんかいられないじゃない。知らないクラスに行くなんて心底不安だったけど、ええいと覚悟を決めて、足を向けたの。
結論から言うと、まぁ、最高のクラスだったわ。
先輩は相変わらず目眩がするほど美人だし、お菓子は山ほどもらえたし、他の先輩たちもいい人ばっかりだったし、あと、お菓子を山ほどもらえたし。
なぁんだ、アタシ。やれば出来るじゃない。なんて、正直、今日は上手くいくかもとアメをなめながら鼻歌交じりで帰ってきたわ。
だって、後はアイツをお昼に誘うだけだもん。例の告白文は授業そっちのけで暗記中だし、残るミッションは、適当な休み時間を使って彼に話かけるだけ。『今日のお昼は一緒に食べましょう』この一言で、はい終了よ。
……とまぁ、まったく成長しないアタシです。
あれだけ今日は頑張るだのなんだのと心を入れ替えてやるぞと考えていたのにさ。まったく嫌になっちゃうわ。
油断一瞬、ケガ一生。油断大敵、最後まで気を抜くな。――その心持ちで挑んだはずだったのにさ。まだ最後まで終わっていないのに、まるでやりきったかのように、簡単に考えてしまったのよね。
もうホント嫌になる。
――やっぱり今回もまた、人生の難しさを知ることになるのにさ。
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