第34話 私は、彼の行いに困惑し、彼女のお願いに笑みをこぼす。 ②




 ――考えの読めない彼の行く末を案じ、上手くやれない自分のこれからを思案して、もう何度目の溜息でしょうか。そんな私を呼ぶ声が聞こえ、見ると、教室の入り口に見覚えのある女生徒が立っていました。


 はじめは、クラスがいつも以上にざわついているなと、特に男子生徒たちが色めき立っているようで、何事でしょうかと思いましたが、あぁなるほどと合点がいきました。

 私に気がついて、こちらに小さく頭を下げたのは、昨日、楽しくお話ししたあの見目麗しい一年生で。

 それにしても、溜息が出るような容姿は、まさに可憐、その一言です。小さな顔に、整った目鼻立ち。流れるような黒髪は美しく、理想的な体つきは、私の成長も、せめてあれくらいの背丈で止まっていればまだ望みはあったかなと、そんな嫉妬すら覚えます。

 私を呼んだ友人も、同性ながら見惚れているようで、それでいて、どうにか仲良くなろうとしていますね。


 「ねぇ、アメは好き? 」


 「あ、はい」


 「こっちにはチョコもあるよん」


 「こ、これ……おいしいですよね」


 「はい、美女の笑顔もらった! ありがとうございます! 」


 「これはどう? お姉さん的に、これも中々だとおもうけど」


 「あ、ありがとうございます」


 「いや~ん、かぁわぁい~い~」


 「え~、ずるい! アタシもお気にのお菓子持ってくれば良かった! 」


 他数名の女子と共に、熱のこもったお菓子攻撃を繰り出しています。

 ですが、このままではらちがあきません。

 一限目の休み時間はそう長くはありませんし、しかも、廊下、教室内と男子生徒も彼女と仲良くなりたいのでしょうね。何やら動き出そうとしている気配すらあります。

 それに、多数の女生徒に囲まれて溺れそうになっている彼女。――その手足は少しだけ震えていて。

 そうですよね。こんな下級生がひとり、上級生のクラスに来ているのですから不安で仕方がないのは当然です。

 そうなるとなおのこと、手短に用件を聞いてあげるのが、彼女の為でしょう。

 私は、すみません、通ります。そう言って、彼女のもとへ急ぎます。その際、モーゼの十戒もかくやと言わんばかりに、ぎょっとした表情で女生徒たちが退いたのですが、ううむ。なんだったのでしょう。そして皆、そのまま私たちから距離をとる始末。


 「……いやいや、あの二人と並ぶのはダメでしょ」


 「女として勇気いるよね」


 「ちょっと見てよ。二人揃って、やだ~、顔ちっちゃ~い。足、長~い」


 「腰の位置とか何よあれ。それにあの細さとか、内臓が行方不明なんだけど」


 「いやぁ、憧れる。美しさに重さがあるんなら、あそこに向けて世界が傾くわよ」


 ひそひそと、真剣な顔で何を話し合っているのやら、彼女も、何が起きたのかと私と二人、首をひねります。

 あっ、といけません。私は気を取り直して少し怯えの見える彼女に向けて挨拶をしました。おはようございますと簡単に。とりあえず、用件だけでも聞いてあげないと、万が一、この可愛い後輩が二限目に遅れ、先生に叱られたとあっては可哀想です。

 そんな微笑む私を、その綺麗な相貌が見つめてき、そして、


 「お呼びだてして、すみません」


 不躾ですが、お願いがあります。そう一言添えると、彼女はもう一度頭を下げてきました。

 昨日一度会っただけの上級生に、こんなに礼儀正しいなんて、こういう子には、全力でサポートしてあげたくなるのはおかしな事でしょうか。この可愛さも相まって、間違いなくこの子はクラスの人気者でしょう。

 でも、そうですね。気になるといえば、少し大げさかもしれませんが、


 「昨日みたいにフランクに良いですよ」


 私は、昨日のアナタの方が、より好ましくおもいます。

 なにか頼み事があるとは言え、そこまでかしこまられるとこちらも少し緊張してしまいますので。

 私がそう微笑むと、彼女も少しだけ肩の力が抜けたのでしょう。柔らかく笑みをこぼしてくれました。


 「例の階段の踊り場、今日のお昼だけ貸してもらえませんか」


 そして、何を言うかと構えていたのに、なんだ、そんなこと。しかも小声でしたけど、


 『お弁当を作ってきたので、一緒に食べたいヤツがいまして』


 なんて、頬を赤らめ愛らしいことを言う始末。そんな彼女の生真面目さとそして愛くるしさに、私はちょっとだけ可笑しくなってしまいまして。


 「あそこは私のものではありませんよ」


 確かに、彼と私くらいしか使う生徒はいないでしょうが、だからといってわざわざ了承を得なくても良いのですよ。


 「そっか、そうですよね」


 そう彼女は、どう表現しましょうか、失礼かも知れませんが、にへへと子供っぽく笑いまして。またそれが彼女の持つイメージとのギャップからか、まぁ可愛くて可愛くて。

 やっぱり、彼女ほどの美少女が笑うと幸せな気持ちになりますね。彼女が笑みをこぼした瞬間から、男子生徒たちの熱視線を四方八方から過剰なまでに感じますが、そこは、


 「おい男子、並べ。あの子にちょっかいかけるんなら、右端から順にグーパンな。殴られてから行け」


 我がクラスの女子たちが、どうにかコントロールしてくれるでしょう。


 ――でも、どうやら少し、彼女の緊張をほぐしすぎたのかも知れません。


 一限目の休み時間、普段ならヒトの行き交う廊下も賑やかな教室も、今は皆、いつもと違う雰囲気に呑まれています。

 だってそうでしょう。なんせ今、こんなにも目の覚めるような美人が、入り口の前に立っているのだから。皆の目は当然ソコに集中していまして。

 そんな普段とは大きく違う、異質な空間で、――もしかしたらこの子は少し、えっと、何というか、あの、少し天然という性質なのかも知れません。

 決して馬鹿にしているとか、そういった悪口ではないのです。でもですね、こんな場所でまさかと耳を疑いました。

 あまねく観衆の目と耳を、その美貌で釘付けにしておきながら、


 「先輩の彼氏さんにもよろしくお伝えください」


 あろうことか、良く通る美声で、そう宣ったのだから。


 「――かっ! かれっ! しっ!? 」


 あのですね。私の声が上ずるのも当然です。同時に体温が数度上がったようにも感じます。

 そして、言うだけ言って去って行ったアナタは知らないでしょうけど、その後の私がどんな恥辱を受けたことか。

 突然の刺激的な言葉の強襲に、わなわなと身体を震わせる。そんな私に、周りは皆、そういう話題が大好物のお年頃なのですからね、


 「……彼氏は、きっと背が高いだろうね。アタシの妄想だけど」


 「そうね、あくまでイメージだけど、おそらく遅刻の常習犯」


 「あと、たぶんメチャクチャひねくれもんだよ」


 「あ、それわかる。それであれでしょ、周りに人がいるととたんに彼女に冷たい系。ったく、ヘタクソかよ」


 「そのくせ、ずっと彼女のこと気にかけてるのがもうバレバレで。何なのアレ」


 「うける~。帰り道とかで、あまりの好き好きムーヴにこっちが気を使って回り道しちゃうとか、もはやあるあるだよね」


 私はもう、針のむしろです。ここまでくるともはや一種のイジメなのかも知れません。去年から続くお弁当やらなんやらの一連の行動から、とっくに皆は私の気持ちに気がついているのでしょう。彼がいないことを良いことに、まったくもう、好き勝手に言いたい放題。

 当然、皆は面白おかしく言っているだけで、彼がそんなつもりでないことは、私自身、百も承知です。

 だから、これは結局のところ戯れ言でしかなくて。

 私は、変に盛り上がる友人たちを無視して次の授業の準備を始めます。そう、こんな事でいちいち取り乱していては、せっかくの授業に差し支えます。学徒であるのならば、やはり学校生活を真摯にこなすことこそ本分。

 そう、学生である身としては、勉学こそが重要な――


 「――あ、噂の彼ピッピだ。おはよ~」


 別に、その言葉に反応して、取り乱したわけではありません。だから、盛大に教科書やらノートやらを足下にばらまいたのもたまたまですし、もしかして、さっきの話を聞かれたかも、なんて、焦ったわけでもありません。


 「ちがうんです! 別にアナタの彼女だとかそんな――」


 「――なんちゃって~」


 そう言って笑う友人たちに、顔面から火が出るかと思い……久しぶりにカチンときました。


 「……もう、今日は誰とも口をききません」


 そのまま机に突っ伏して、ゴメンゴメンと抱きついてくる友人たちに、しばらく無言を貫いたのも、別に他意があるわけではありません。


 ……ただ少しだけ、思うところがあります。


 もし、もしもですよ。先ほどの場に彼がいたのなら、彼女の言葉にどう反応したのでしょう。なんて、そんな事を考えてしまいます。

 もし、“彼氏さん”なんて言われたら、アナタはどう返しますか。

 呆れたように一笑に伏しますか? それとも、からかうなと怒り出しますか?

 もしくは、万に一つも私の事を……


 「……なんちゃって」


 きっと、からかう皆のせいでしょうね。今の私は、どうやらどこか、普段通りでないようです。



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