第12話 俺は、可愛い後輩たちのために、一肌脱ごうと笑った。 ①




 ……今日が月曜だから、長ぇな。一週間ってのは。


 放課後の校舎裏。火のないところに煙を立てながら、俺は空を見上げていた。

 夕日の関係で、この場所は濃い影を作る。さらにその物陰にすっぽりと身体を納めることで、よほど近づかない限り、ただでさえデカい身体だけどよ、俺を見つけることは出来ないだろう。

 この学校で数少ない俺の居場所である。あともう一つは北校舎の一番上。階段の踊り場でごろりと横になることだ。

 そんなはみ出し者の聖域で、遠くから聞こえてくる運動部のかけ声や、よくわからない吹奏楽部の音を聞きながら、紫煙を目で追っていく。


 ――あぁ、なんだかなぁ。


 なんとなくで学校には来ちゃいるが、これといって目立って仲の良い友人はいないし、まじめに勉強しているわけでもない。そんな俺でも、どっかの世話焼きのおかげで、なんとか二年には進級できたが、この調子では来年はどうなることだろうね。

 もし、また進級が危ないとなれば、ほんの数ヶ月前のときのように、仕方ないですねとアイツが俺の尻を叩いて回るのだろうか。


 『私は心配していませんよ。……アナタなら、大丈夫です』


 進級の懸かった試験を目前に、手を貸してくれたお節介な顔を思い出し、煙で輪っかを作りながら、自嘲気味に笑う。

 もしかしたら、ストレスなのかもしれないな。思い通りに行かないことが増えちまって、もうちょっと上手に立ち回れる人間だと、自分では思っていたからさ。

 口にくわえたこの煙草も、高校に入ってから本数が増えたんじゃなかろうか。でもまぁ、ストレスだとか、暇だとか。そういったクサクサしたモノを潰すにはこれが一番なんだと、どうしようもない事を考えてしまう。

 実際、この学校という場所がよくよく俺には馴染まない。ガキの頃はそうでも無かったんだけどな。片親だからとかなんだとか、家庭環境のせいになんざ死んでもしたくねぇからさ、きっと、この悪い目つきと、でかくなりすぎた背丈が問題なんだろうよ。少しづつ周りの目がメンドクセェものになっていって、負けねぇぞと尖がってたら、なんだかんだで年を追う毎に、気がつけばこのざまだ。

 ひとり隠れて煙草をふかす。はっきり言ってカッコワリィ生き物になってしまったと自分自身呆れてしまう。

 いっそのこと、家に引きこもるというのもありか? いや、ダメだな。引きこもったところで同じくらいヒマなだけだ。何の解決にもなっちゃいない。

 そもそも、母ちゃんが頑張って稼いだ学費だ。うちは母子二人だけの貧乏暮らし。俺もバイトはしちゃいるが、それとこれとは話が違う。ダラダラと家で腐るくらいなら、初めから高校なんざ行かずに働けば良かっただろうという話。

 まぁ、俺としては中学卒業後なんて真面目に考えてはいなかったのだけど、なんで進学したかなんて、母ちゃんが行ってほしいと願った、それだけだ。


 『やりたいことがないんなら、高校くらいは出ときな』


 笑いながらそう言うもんだから、まぁ、しょうがねぇなと。

 よっぽどのクソバカなら親も諦めただろうに、真面目に授業を受けたつもりはないけども、中途半端に勉強が出来たのが災いしたのかもしれんね。

 煙草の吸い殻を、地面に隠すように埋めていく。手には園芸用のスコップ。それには大きく学校名と美化委員の文字が。

 そう。何を隠そう、俺は美化委員なのだ。煙で肺と大気を汚し、喫煙者という事で、学校の看板を汚す。おそらくこの先も、周りに煙と匂いと迷惑をまき散らしながら生きていくであろう、そんな自分が美化委員なのだから冗談がきつすぎる。

 今だって、委員会活動中なのだが、一番汚してるヤツがこんなところで油を売っているのだから我ながら呆れてしまう。

 なにやってんだろうね、まったく。

 一つだけ言い訳させてもらえるなら、どうせ迷惑かけるんだしな、俺みたいな輩、居ない方がマシだからと『サボりまーす。それじゃ』と言って帰ろうとした。したのだが、同じクラスの美化委員から無理矢理引っ張られてこのざまだ。

 先日の進級試験もそうだが、アイツはなんで毎度のように俺の世話を焼きたがるのかね? クラスを出たところで、手を広げて通せんぼしやがった。


 『ダメです。行きますよ』


 『うるせぇ、ばーか』


 『は? バカ? 』


 一応、逃げようとしたんだけどね。女子のくせに、綺麗に膝裏へローキック入れてくるもんだから敵わない。

 短い悲鳴と、崩れ落ちる俺。

 教室の入り口で、膝から下がなくなったかと思った。


 『いいですか? 次逃げたら両足もらいますので、どうぞよしなに』


 ついでに彼女の眼鏡の奥は笑っていなかった。しかも、人質のつもりか、俺の鞄を持って行ってしまうもんだから、足を引きずりながらもついて行くしかないだろうが。

 少し歩いてはチラチラと、着いてきているか盗み見しやがって、優等生の眼鏡女子は俺みたいなダメ男をどうしたいんだろうね、まったく。

 その日、アイツはどうも昼休み開けてから落ち着きがなかったような感じではあったのだが、まさか、ああも機嫌が悪かったとは。普段なら、もう少し辛抱強いヤツなんだけど、今日はちょっとした軽口で、膝裏に スパン! だった。

 委員会の活動中も、監視のつもりか俺の後を着いてくるもんだから、――俺は竜巻に手を突っ込むようなタイプではないんでね。触らぬ何とかに祟りなし。ヤニが切れたということもあって、ようやくさっき必死に撒いたところだ。

 困ったもんだと、ぐっと背伸びをしたところで、大きなあくびが出た。


 ――そもそもアイツが俺を美化委員に推薦した意図がわからないんだよな。


 いつぞやのホームルーム時、主な活動が校内の清掃活動だからな、不人気でどうしようもないそんな美化委員に手を上げたと思ったら、ついでのように俺の名前を挙げ、自分の相方へと推薦しやがるもんだから、閉口した。

 まわりも、自分達がやりたくないもんだからどいつもこいつも俺の意見なんか頭っから無視。あれよあれよという間に、当事者置いてきぼりのまま、はれて美化委員決定となったわけで。

 もしかすると、どうしようもないはみ出し者を自分の手で更生させようと努力しているのかも知れないね。

 今更、俺みたいなつまはじき者をどう更生させたところで、そりゃあ、先生たちの心証は多少良くなるだろうがさ、過剰に内申点が上がったり、大学の推薦が貰いやすくなったりといった、明確な利点は無いだろうに。それどころか反対に、変なヤツと仲が良いと妙な噂が立つのではないだろうか。

 ただでさえ、逆の意味とは言え目立つ者同士。そんな悪評なんざ立った日には、俺がどれだけ弁明したところで手遅れだぞ。

 下校時や休日などのプライベートならともかく、学校内での過剰な関わり合いは、アイツにとってデメリットしか生まないのではと、俺は常日頃から危惧しているのだが、きっと堅物なアイツの事だから、こんなロクデナシの俺の気持ちなんてこれっぽっちも理解してはくれないだろう。ったく、心の底から良い迷惑だ。

 廊下で起きた騒ぎを思い出し、左膝をさする。それにしても見事なローキックだった。


 『ね。もういいじゃん。コイツもう逃げないって、ね? 』


 と、明るい髪色のヤンキー女が間に入ってくれなかったら、俺はどうなっていたことだろうね。まさか、追撃が来るとは考えにくいけど、あのままマウントとられていれば一気にK.O.まで持っていかれていただろう。

 なんだか痛みがぶり返してきた気がするのだが気のせいだろうか。

 まぁ、あと三十分もすれば解散だから、それまでの辛抱である。

 こんなところでタバコをふかしているんだ、あのお節介焼きに見つかればどうなるか分かったものでないが、だが、この場所ならそうそう見つからない。だってアイツはここには近づかないし、絶対に近づけない。

 なぜならここは、この学校で一番、彼女の苦手な場所なのだ。

 なんせ、ほら見ろ出やがった。


 「――あの、わたし、もう帰らないと」


 「いや、キミが返事をくれるまでオレは離さないよ」


 「お願いします、離してください……」


 この場所は、所謂、吹き溜まり。暗くて、かび臭い、そして俺みたいなバカどもが溜まる、まっとうな女子たちにとって、あまり評判のいい場所ではないのだから。

 今も、可哀想な女子が絡まれている真っ最中。あの制服のリボンは一年か。尻尾みたいな短い一つ結びがよく似合う、可愛い女子である。まだ入学して一月ほどだろうに、可哀想にな。変なのに捕まってしまったようだ。

 相手のチャラい男は、三年の有名なクズである。

 顔は良いし、しゃべりも達者。学内でも目立つお調子者で、驚くほどに女癖が悪い。噂では学年問わず片っ端から可愛い女の子に粉をかけていくらしい。

 もちろん無理やり乱暴するような悪党ならば、とっくの昔にお縄になっているだろうが、そこまではいかないまでも、強引な手で女子たちに交際を迫るのがあのクズのやり口なのは有名な話。

 今回の被害者はこの子というわけか。どこからか言葉巧みに人気の無いこの場所に連れてきたのだろう。


 ……なんというテンプレどおりの迷惑なナンパだろうか。


 おい先生方よ、アイツは馬鹿みたいに明るい髪色で、ピアスなんて開けているんですが良いんですかね? 俺みたいなのをイジめたくなるのもわかるけどさ、ああいう手合いも何とかしろよな。

 そりゃあ、人を見た目で判断するのはよくない。世の中広いからな、俺自身を含め、ビジュアルで損している男なんて星の数ほどいるだろうさ。

 俺もそんなヤツの真剣な告白現場に遭遇したってなら、急いで耳を塞いで目をそらす。そして気づかれないように退散するだろう。

 だけどな。――このクソ男にはとんでもない前科がある。

 そもそも、あの二人がこの場所へ来たのはほんの1、2分ほど前だが、あのクズ野郎が無理矢理引っ張ってきたようにしか見えなかった。

 こんな日の当たらない場所で、強引に連れてきた下級生にいったい何をするつもりでしょうかね。

 愛の告白? 冗談だろ。嫌がられた時点で諦めろってんだ。

 スコップを地面に突き立てる。去年の事を思い出し、沸々と怒りがこみ上げてきた。

 見てみろよ、あの顔。クズは誰も居ないだろうと高を括って下品な顔で笑っている。

 一年女子も真っ青な顔で、こんな人気の無い場所で何をされるのかと怯えて見える。

 ちょうど一年前の春に全く同じ事をして、その際、ある程度のお灸を据えたというのに、どうしようもないヤツめ。あのクズはまったく反省していないようだ。

 やはりあの時バチバチに締め上げておくべきだったか。

 俺としては数発ぶん殴ってやろうと構えたんだけどね、『暴力はいけません』なんて彼女が止めるから、その震える手に免じて、しぶしぶ見逃してやったというのに。そういえば、アイツが護身術を習い始めたのもそれくらいの時期と言っていたか。ローキックは護身術ではない気がするが、とりあえずその疑問は後日尋ねるとして、今は、あの子を助けるとするか。

 ったく、クズの相手は面倒なことで。

 だが、見て見ぬふりは出来ませんよと、アイツの泣き顔を思い出しながら、――つまんねぇもん思い出させやがって。――唾を吐き、俺が重い腰を上げたときだった。


 「――そろそろ戻ろうよ」


 男の声が聞こえたのは。



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