恋茄子殺人事件

三谷一葉

あるルポライターの記事

 偉大なる劇作家、舞鶴まいづる聖天しょうてんが殺害された事件のことを、読者諸君は覚えているだろうか。

 無実を訴えながら処刑されていく男の悲嘆を描いた『いろは唄の末裔』、正義の使者が実は二重人格の殺人鬼であった『血塗れた警察手帳』、身分違いの恋に狂った女が心中を迫る『もし本当に愛しているのなら』────血みどろの悲劇作家として名を馳せた彼は、しかし1990年に発表した『或る男の告白』の大ヒットを最後に、酷いスランプに陥ってしまう。

 スランプから脱出するために、天才劇作家はより過激な刺激を求めたという。覚醒剤や、手首を切るなどの自傷行為、殺人映画スナッフフィルムに夢中になるなど、舞鶴の足掻きは彼の作品と同じように血みどろであった。

 そんな状況下で行われたのが、「恋茄子マンドラゴラの声を聴く会」である。

 恋茄子。マンドラゴラ。古代より薬草として使用された、実在する植物である。

 紫色の花を咲かせ、赤い果実を実らせる。最も有名なのは、その根だろう。

 マンドラゴラの根は、人の形をしているものがある。引き抜くと身の毛もよだつ悲鳴を上げ、その悲鳴をまともに聞いた者は発狂してしまうのだという。

 覚醒剤でも、自傷行為でも、殺人映画スナッフフィルムでもスランプから脱出できなかった舞鶴は、マンドラゴラの悲鳴に救いを求めた。しかし、その「恋茄子マンドラゴラの声を聴く会」で、舞鶴は何者かによって殺害されてしまうのである。

恋茄子マンドラゴラの声を聴く会」には、舞鶴の他に三人の参加者がいた。

 舞鶴聖天の正妻────早川タツ子。

 劇団「聖天」看板女優────星宮麗華。

 劇団「聖天」新人女優────成島ひかり。

 当日の状況から、犯人はこの三人の中に居るだろうと思われた。

 そして、奇妙なことに、正妻早川タツ子と大女優星宮麗華は、二人揃ってこう主張したという。


「彼を殺したのはわたくしです。さあ、早く逮捕してくださいな」

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