13話-4 沼を進む 匠の技

 私の住む群馬県高崎市で一番有名なインド料理屋さんと言うと「あー、あそこね」という店がある。

 国道沿いにあり客が絶えないインド料理屋である。

 存在は知っていたが他の用事とかで入ることは無かった。

 

――まずは、手堅いところから攻めるのがセオリーね

 やかまし男が言う。

 私は愛車のアルト(二代目)に乗ってお店に向かう。

 距離は近めだが車線が違うので少し大回りになる。

 駐車場に車を止める。

 日差しが暑い。

 店に入る。

「いらっしゃいませー」

 日本人の店員さんが席へ誘導してくれる。

 冷房の効いた部屋に香辛料の匂いが異国感を出す。

「海老カレー下さい」

「ご飯とナン、どちらにしますか?」

『ナンって小麦を練って焼いたヤツ?』

――まあ、本場インドでもめったに見ないレアな主食だね。

『どういうことよ?』

――要するにナンを焼くタンドリー窯ってのはそんなに一般に普及してないのよ

『あらまぁ』

――日本のご家庭全部にオーブンがないとの一緒ね

「じゃあ、ナンを下さい」

「かしこまりました」


 料理を待っている間、私は店内を見ていた。

 ふと、視線を感じた。

 その視線を辿ると透明のガラスの向こうで白い物体を台に打ち付けているインド人(たぶん、インド人)のオジサンが私を見ていた。

 インド人はよくおおらかだとか親切とか言うが、このオジサン。

 すさまじく不愛想。

 なお、私も不愛想である。

【日本人であるお前に俺の作るナンの味が分かってたまるか!】

『ほう、そこまで言うのなら食わせてもらおうじゃねぇか!』

 などと脳内で会話して(ほぼ妄想)いると注文の品が出てきた。

 

 まず驚いたのはナンが巨大である事。

 私は目測は苦手だが、それでも三十センチ以上ある。

『ふん、量で攻めようったって私はそこまで甘くねぇぞ』

 そう思い、不愛想オジサンを睨みながら(オジサンはほぼ無視している)少しちぎって食べる。

「うまっ!」

 思わず呟く。

 単に小麦粉を練っただけのナンが美味い。

 焼きたててパリパリふっくらで、これ単体でもいける。

 不愛想オジサンに向かい私は何度か頭を下げた。

『あんたの勝ちだ!』

 その時である不愛想オジサンがほんの少しだけ笑って同じように一回うなずいた。

【当然だ】

 何故か、オジサンの(イメージした)声が故・大塚周夫さんなのは見た目がチャールズ・ブロンソンに似ているからだろう。


 さて、カレーに戻ろう。

 ナンにつけて食べてみる。

 まず、香辛料の香り、味がはっきりしている。

 激辛っというわけでもなく、普段の母が作る甘口カレーのような甘さもない。

 ただ、ナンとよく合うし、体によさそうだ。

 海老もぷりぷりでたくさん入っている。

 容器も欧風の魔法のランプみたいな入れ物ではない。

 銀色の綺麗な入れ物だ。

 

 夢中で食べた。

 そして、気が付いた。

『ナンが余る!?』

 カレーに対してはペース配分できるが、生まれて初めてのナンはペース配分が出来ない。

『オジサン(イメージボイス・大塚周夫氏)助けて!』

 視線をあげるとオジサンは休憩に入ったのか、調理場に誰もいない。

 孤立無援。

 半分以上残るナン。

 四分の一ほどしかないカレー。


 結果から言うと全部食べました。

 記憶は吹っ飛んでいます。

 ただ、ナンって胃に溜まります。

 お会計して、調理場を見ると不愛想オジサンが再びナンを作っていた。

 ドアに手をかけて最後にオジサンを見た。

 私と目線があった時、オジサンは大きく頷いた。

【また、来い】

 少し泣きそうになる。


 

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