11話 王宮のロンド

「おお……隅田天美よ。休職になってしまうとは……このご時世だから『情けない』はダメかね?」

「そうですねぇ、私の場合、躁鬱ってのは誰でもかかる心の癖というか思考の固定観念というか……病院の先生言っていました。『隅田さんは心の休め方を忘れたんだ』って」

「ふぅん、現代人は大変だぁ……あ、元に戻すね」

「あ、元ネタのドラクエ3だと『ふがいない』みたいですね」

「では、改めて……おお、隅田天美よ。心の病気になってしまうとはふがいない。もう一度、機会を与えよう。隅田天美の経験値は……」

「普通、強さって数値化できないですよねぇ」

「……では、戦士隅田天美よ。お誕生日おめでとう命令」

「は?」

「フランス料理を食べに行ってくるのだ!」

「はぁ?」


 というわけで、車で二十分ほどかけて、小さなフランス料理屋さんについた。

 存在自体は知っていたが中に入るのは勇気がいた。

 だって、フランス料理である。

「お高いんでしょう?」と通販番組のようなことを言いたくなる。

 あと、ドレスコード?

 店の規模からみて少なくともTシャツとジーンズはNGだろう(勝手な思い込み)。

 なので装備を少し変えて(おしゃれをして)ドアを開けた。

「こんにちはぁ」

「あら、いらっしゃい」

 迎えたのは小奇麗なお婆さんだった。

 RPGのボスの城に入ったような緊張感。

「メニュー表です」

 水はワイングラスに入ってボトルで出てきた。

「ありがとうございます」

 さて、メニューである。

 直前にATMでお金をおろしたのでライフに余裕はある。

『○○コース八千五百円』

 いきなり、洗礼を受けた。

――欲しい万年筆が買えるお値段‼

――レベルが違い過ぎる!

――今から逃げる?

 思わず、逃げるコマンドを選びそうになった。

 その時、隣のページにこう書かれてあった。

『××コース二千五百円』

 これなら戦える。

「すいません」

「はい、お決まりでしょうか?」

「この××コースを下さい」

「前菜は何にしましょう?」

「鰯とじゃがいものマリネで」

「メインは?」

「牛肉のワイン煮込みで」

「はい、分かりました。食後は……」

「アイスティーを下さい」

 メニュー表が下げられ、私は水を飲む。

 異世界だ。

 そう、この異世界感がたまらない。

 ナイフやフォークが準備され、白いお皿に切り身の鰯とじゃがいもの乗った前菜が来た。

 ナイフで切って鰯を食べてみる。

 寿司のようなきつさはなく、酸味はあるけど鰯のうま味や油が楽しめる。

 じゃがいもも微妙な火加減で美味しい。

 そして、意外と量があった。

「牛肉の赤ワイン煮込みです」

 来た、メイン。

 さしずめ、門番と言ったところか……

 肉にナイフを入れる。

「やわらけぇ……」

 思わず、呟く。

 刃がすすっと入る。

 フォークで刺して食べる。

 口の中でとろける。

 肉の繊維がほどける。

――うめぇな、これ

 思わず心の中でつぶやく。

 おまけのバケットも程よく焼けていて美味しい。


 食後の冷たい紅茶が出てきた。

 レベルの差を見せつけられた。

 その時、一組の男女がやって来た。

 慣れた足取りで奥の席に案内されお婆さんに注文している。

『この人たちのレベルはきっと高いんだろうなぁ』

 そんなことを思う。

 邪魔しないように席を立ち、この場を去った。

 もちろん、お会計はしました。

 税込み二千五百円の冒険。


 車に入ると雨が強くなっていた。

「いやぁ、レベルが上がっていると思っていたけど、まだまだだなぁ。まあ、その前に、復職だよなぁ」

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