第7話:歯車は錆びて朽ちるか

 世界は無情。世の中はあたしみたいなちっぽけな人間を社会の歯車の端っこに入れたところで、何かの拍子に欠けたとしても素知らぬ顔で廻り続けるのだから。

 人間は嫌い。だからといって動物が好きかと云われたらそうでもなくって、まあ植物は嫌いな方じゃないけどそれにたかる虫は人間の次に大嫌い。

 誰かが居るからあたしは孤独を感じる。

 誰かが居るから寂しくなって、自分の生存確認の為に誰かと関わらなければという使命感に駆られる。

 だから嫌な役目は何でもこなした。

 実際嫌な役目は「誰もやらないでぎゃーぎゃーするのが面倒臭いから引き受ける」だけの、あたしにとっては大して嫌ではない行為なのだが。

 まぁこんな風にしてどうにかこうにか社会の歯車であろうと必死にしがみついてる自分が何よりも誰よりも嫌いなのだけれど。

 そんな「ダウナー」な詩だか散文だかよく判らないものをあたしはノートの端っこによく書き散らかしていた。

 それはノートのみならず、暇な(と云ったら教師陣には失礼だけど)プリントの裏とかにも書き散らすことがあった。

 ある日、小論文の要約をする授業があった。国語だけは得意だと自負出来る自分は要約用のプリントの空白をさっさと埋めて裏っ返にした。

 人間なんていう存在程厄介なものはないだろう。

 生きてるって何かな。

 勝手に存在することを強要されて『生きる』線路の上を歩かされてる。

 横道に逸れたらどうなるの?

 世界の仕掛けから人知れず外れた小さな歯車はただ錆びて朽ちるだけなのかな。

 そんなことを書いてぼんやりと窓から見える何だか泣きたくなるような青い空を見詰めていた。

 書いたものの存在はその時点で忘れ去っていた。

 現代文の先生は少し……いや、カナリ風変わり。国語教師の癖に白衣を着ているし、そもそも何故だか髪の毛は淡いピンクだし。あたし以外の生徒、多分九割以上は現代文の先生を変人だと思っているんじゃないかな。

 プリントの集め方も独特で、一枚一枚自分の足を使って生徒の手からプリントを回収する。

 キチンと授業を受けているか確認する為かのように、表向きにして。

 だからあたしは裏面に綴った言葉を消すのを忘れた。それに気が付いたのは、次の授業でプリントが返ってきてからだった。

 要約にはA評価。やったねと思ってファイルにしまおうとしたら、裏に赤ペンが透けて見えて首を傾げる。

 裏っ返にして、衝動で綴った文章の存在を思い出した。

 ヤバイ。授業を真面目に受けていないのがバレるじゃないか。

 プリントに落書きをするな、とでも書かれているのかと思った赤ペンはしかし別の文字を連ねていた。

 残念だけど人生の歯車は錆びない。横道に逸れようとしても逸れることが出来ないのが生きるということだ。だからせめて出来るだけ自分に我儘に生きてみなさい。そうしたら世界の見え方が少しだけ変わるものだ。

 だってさ。

 何これ、アンサーソングみたいな? 意味判んない。意味判んないけど、どうしてだろう。目尻の縁が熱を持った。

 自分に我儘に、なんて判んないよ。どうすれば我儘になれるの? 見える世界が変わる、って。我儘になれたらもう少し人間を好きになれるの?

 判んない。判んないけど、落書きにわざわざ応えてくれたピンク頭はやっぱりどこか変だし、でもそんな現代文の先生のことが、あたしは嫌いじゃないなと思った。

 あぁ、世界の見え方が変わるってこういうことなのかな。

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