第12話 闇夜の客には気をつけろ


 懐かしい一階のフロアで俺たちを待っていたのは、騒動の後に漂う不穏な気配と仏頂面でテーブルの間を歩きまわる警備員たちの姿だった。


「――おい、お前たち」 


 エレベーターを降りてフロアに足を踏み入れた俺たちを、大柄な警備員が呼び停めた。


「見慣れない顔だな。どこの班だ?」


 俺は相手の横柄な態度にうんざりしつつ、口を開いた。


「あれえ、ご存じありませんか?我々は毒の海所属、金品強奪班です」


「なんだと?」


「あ、それはそうとこんな物が落ちてたんで、お渡ししときます」


 おれはポケットからマジックの小道具に似た赤い球体を出すと、警備員に手渡した。


「なんだこれは。どこに落ちてい――」


 警備員が言い終わらないうちに球体がまばゆく輝き、フロア全体が閃光に包まれた。


「すんません、今日は早退ってことで」


 俺とギランはどよめく客たちを押しのけるようにフロアを突っ切り、出口を目指した。


「くそっ、逃がすな、追えっ!」


 背後で喚き散らす警備員を尻目に、俺たちは回転ドアを潜り抜けて店外へと飛びだした。


「おいクライ、見ろよ眩三の車がないぜ」


 俺に先んじて店の裏手に回ったギランが、悲鳴にも似た叫びを上げた。半歩遅れて後に続いた俺も、トレーラーがあるはずの場所がただの路地になっているのを見て愕然とした。


「どういうことだ、いったい。この後に及んで悪い冗談はよしてくれ」


 俺たちが天を仰いで嘆いていると、暗闇から溶け出すように複数の人影が姿を現した。


「やはり騒ぎの首謀者はきさまか。さっきはよくも俺の勝負を台無しにしてくれたな」


「お前は……」


 俺たちの前に立ちはだかったのは、さきほど俺がイカサマをばらした男性客だった。


「どうも見慣れねえ奴だと思っていたら、最初から悪事を働くつもりで紛れ込んだコソ泥だったか。汚い鼠野郎め」


「義賊といってもらいたいね、イカサマの師匠。まあでもお前さんのお蔭で潜入に成功したんだし一応、礼くらいは言っておくよ」


「ふん、何を盗んだかしらんが、俺をコケにした代償としてお宝をこっちに寄越してもらおうか」


「別に何もなかったよ。裸の王様が一人、いただけさ」


 俺がとぼけてみせると、男の眼差しが険しくなった。


「とぼけるのはよせ。盗みに失敗したのなら、持っている金目の物を置いて行くんだ」


「こちらも旅を続けるための軍資金が必要なんでね。丁重にお断りさせていただくよ」


「これを見てもまだ同じことが言えるかな……おいっ」


 男が首を捻じ曲げて号令をかけると、闇の中から人相の悪い二人組の男たちとロープで捕縛された眩三が姿を現した。


「眩三……」


「不覚だった。車内に居れば安全だろうと高をくくっていたところを、不意打ちされた」


 眩三ががくりと項垂れると、男が「しょせん盗人は盗人だ」と嘲るように笑った。


「おいおい、イカサマだけかと思ったら、次は人質を取って脅迫と来たか。ひでえ客だな」


 俺が強がってみせると、男は「ところでこいつは何だ?」と小さな物体を取りだした。


「あっ……」


 俺が絶句したのを見て男は「やはりこいつが取引の鍵か」と口の端を吊り上げた。


 男が俺に見せたのは、バッドガイザーの起動キーだった。眩三に預けてあったものをどうやら強引に奪い取ったらしい。


「大して価値があるようにも見えんが、お前たちがお宝を渡すのをあくまで拒むというなら、この男を殺してこいつを毒の海に放り込んでやる」


「どこまでも下劣な客だぜ。……お前のような奴にはそもそも勝負をする資格はない」


 俺が時間稼ぎの口上を並べつつ劣勢を覆す一計を案じていた、その時だった。「ぐっ」というくぐもった呻き声と共に、眩三を見張っていた男たちが立て続けに地面に崩れた。


「なっ、何事だっ」


 男がそう言って背後を見ようとした、その時だった。どすっという鈍い音とともに男の上体がぐらりと揺れ、膝からその場に崩れ落ちた。


「警戒心が足りないわね。本物の勝負師は敵だけじゃなく、味方にも気を許しちゃ駄目なのよ」


 倒れた男の背後から現れたのは、電撃系の武器を手に携えたパートナーの女性だった。

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