新婚旅行という名の初デート

 新婚旅行という名の、初デートである。

 といっても、二人ともまとまった休みなんて取れなかった。

 国内でのんびりと。


 社長は便宜を図ろうとしてくれた。

 が、断る。仕事に穴は開けられないから。


 電車に揺られて、温泉旅行である。


 昼を駅弁で腹を満たし、景色を眺めながら。


「観光バスですね」

 ギャルゲーのプリントがされた痛観光バスが、電車の窓から見えた。


「あのバス、僕の友だちが乗っているかも」

「そうなんですか」

「実を言うとね、今から行くところは、オタ友だちから紹介してもらったんです」


『ギャルゲーの聖地巡礼しよう』と、バスツアーに誘われていたのである。

 もし、せっちゃんとの結婚話がなかったら、あのバスに乗っていただろう。


 今、僕の隣には生身の女性が座っている。


 まさか、同じ時期に巡り会うなんて。


「結婚の話をしたら、僕を快く送り出してくれたよ」


 てっきり、「裏切り者」と罵られると思っていた。

 けど、「ここで逃げたら、それこそ友だちを辞める」とまで言われたのである。


「あっちはあっちで、賑やかそうですね」

「きっと楽しいと思うよ」


 男性ばかりの車内は、笑顔で満たされていた。


「ゲームの子よりかわいくなくて、ごめんなさい」

「とんでもない。せっちゃんも素敵です」

「ありがとう」


 僕たちは、窓を閉める。

 二人で幸せになることを、改めて決めた。


 オタ友はオタ友で、幸せであることを祈ろう。


 観光地を巡って、茶屋でオヤツをいただいた。

 これから宿へ行くことを、先延ばしにするみたいに。


 ドキドキが止まらなかった。

 二人でいることが、幸せすぎる。

 

 旅館のベランダに出て、せっちゃんがしゃがみ込む。


「わあああ。内湯の温泉ですよぉ」

 せっちゃんが、ヒノキ風呂にたまったお湯に手を入れた。


「でも、二人ともハダカにならないと」


「うう……まだ恥ずかしい」

 せっかく入れた手を、せっちゃんは引っ込める。


「別々に入る?」

「ダメ! なんのためにお風呂付き部屋を借りたのか、わかんないです!」


 一緒に入りたかったのか。

 でも、裸を見せるのはまだ抵抗があると。

 それは、僕も同じだ。


「ですよね。下の温水プールで水着を売っていたから、買う?」

「ナイスです!」


 僕たちは、水着を着用して入浴した。

 もちろん、別々で着替えてだけど。


「だらしない身体ですいません」

 ビキニの下に乗っかってるプニプニ脂肪を、せっちゃんがつまむ。


「僕の方こそ!」


 こんなことなら、もっと身体を鍛えておけばよかったな。

 浮いたお金でジムでも通おうかな。


「ふわあ。水着越しでもあったかい」

「露天風呂だから、熱めなのがうれしいね」


「康夫さん」

 せっちゃんが、僕の腕にくっついた。


 より、体温が熱くなる。


「せっちゃん!」

 僕は、せっちゃんを自分の方へと向かせた。


 だが、ちょうどいいタイミングで、お腹が鳴ってしまう。しかも、二人とも。


「夕飯にしましょう」

「楽しみです」


 この日はお互い、猛烈にヤケ食いした。


 もちろん、初夜どころではない。

 何事もなく、新婚旅行は終了である。

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