終焉

(十二)



 核ミサイルが南極の氷を破壊し、大洪水を起こす様子を、巨大なスクリーン上で観賞しようとしていた水の都プロジェクト・計画アクアポリスのメンバーたちは、その目論見がもろくも失敗したことを知った。とくに、特等席で見物していたスペンサー博士は、怒りに我を忘れていた。


「ガキめら……私の計画を邪魔するとは……。許せん!」


 彼は、兵士たちに命令を下した。


「マーヴェリックに向けて、攻撃を開始しろ! なんとしても、やつらをこの海の底に沈めるんだ!」


 パーティーをはやばやと終えた彼らは、博士の指示に従い行動を開始した。




 バーニィはコンピュータルームにたどり着くと、マノンの姿を探した。しかし、部屋の中には人影はなく、シャッターの前にはマノンの服とブローチが置かれているだけだった。


 バーニィはブローチを手に取ると、彼女の名前を呼んだ。


「マノン!」


 バーニィの呼ぶ声に、マノンはシャッターの奥から返事をした。


「ここよ、バーニィ」


「君が、クジラたちを集めたんだね?」


「うん、みんな来てくれて、よかった……」


「君のおかげでミサイルも撃ち落とせたよ。さあ、早く出ておいでよ、マノン」


「うん。でも私……」


「どうしたの?」


「いま、はだかなの」


「え、ど、どうして?」


 足元にたたまれた服を見て、ようやく気づいたバーニィは、あわてたように言った。


「マーヴェリックに私の脳波を完全に同調するには、直接全身の肌を触れさせた方が効果的なの」


「そ、そうか。……そりゃ、ご苦労様だったね……」


 シャッターの向こうを思わず想像してしまい、真っ赤になるバーニィ。


「ごめんね、バーニィ。ちょっとあっち向いててくれる?」


「わかった。……大丈夫、絶対見ないから」


 そのときである。強烈な轟音と振動が、彼らを襲った。スペンサー博士らの攻撃船が、マーヴェリックに向かって魚雷を放ったのだ。


「うわああっ!」


「きゃあああ!」


 魚雷は次々と命中し、船体に深刻なダメージを与えた。

 バーニィは、マイクで発令所のクリフを呼び出した。


「何があったんだ、クリフ?」


「魚雷の攻撃を受けた。おそらくミサイル撃墜を知って、スペンサー博士が戻ってきたんだ」


 クリフは、マーヴェリックの被害状況を調べはじめた。


「バーニィ、すぐに戻ってきてくれ。このままだと、このふねは沈む恐れがある」


 危険が迫っていることを知ったバーニィは、マノンにそれを伝えた。


「聞いた? マノン、早く出てくるんだ。このふねを脱出しよう!」


 だが、マノンはバーニィに悲痛な声で答える。


「ダメよ、バーニィ。さっきからずっと開けようとしているんだけど、どうしてもシャッターが動かないの」


「何だって? まさか、さっきの衝撃で故障したのか?」


 バーニィはシャッターに手をかけ、開けようとするが扉はビクともしない。マノンのブローチを取り出し、シャッターにかざしてみたが、やはり反応はなかった。


「マノン、マノン!」


 拳を握って何度もたたきつけるが、バーニィの努力は一向に報われることはなかった。




 メインタンクに被弾したマーヴェリックは、少しずつ沈みはじめていた。バーニィを心配したクリフたちが、コンピュータルームへとやって来る。


「何をしてるんだ、バーニィ。このふねはもうすぐ沈むぞ!」


「クリフたちは、ハンスを連れて先に脱出してくれ! 僕はマノンを助け出したあとで、ここから出る」


「そこにマノンがいるの? 私たちも手伝うわ!」


 エミリアの言葉に、バーニィはかぶりを振った。


「ダメだ。君たちはすぐに出るんだ、早く!」


「でも……」


「エミリア、マノンは僕が責任持って助けるから」


「ほ、本当に大丈夫? バーニィ……」


 心配そうなフリッツに、バーニィは、自信を持ってうなずいた。


「さあみんな、急いで!」


 バーニィは次の攻撃があることに備え、一刻も早く彼らを脱出させようとしていた。それは、艦長としての自分のつとめだと考えていたのである。


 結局、クリフたちはバーニィの指示に従い、艦橋セイルの脱出口へと向かった。




 スペンサー博士は、マーヴェリックに魚雷が命中したことを確認したあとも、攻撃の手をゆるめようとはしなかった。すでに彼は、復讐の感情によってのみ支配されており、マーヴェリックの完全なる沈没を見届けようとしていた。


「もっと撃て、撃つんだ! ヤツを沈めろ!」


 いつもの冷静沈着な彼とは別人のような、その異様なまでの言動に、兵士たちは困惑の表情を隠しきれなかった。


「博士、あのふねはもう沈みます。もうここを離れましょう!」


「何を言っている、この私の命令が聞けんのか! もっと近づくんだ!」


 そのとき、スペンサー博士の搭乗している船が突如攻撃を受けた。ここに来て、ようやくアメルリア海軍が南極に到着したのである。


 マクマリーン基地にたどり着いたアニスたちからの通報を受け、今回の事件の首謀者を捕らえるべく行動が開始されたのだ。


「動くな、スペンサー博士!」


 周囲を完全に取り巻いた海兵隊員が、銃を向けて博士に警告を発する。


「この私を逮捕しようというのか、陸の上の薄汚い市民ものどもが……。くっ、やめろ、触るな、私の体にさわるなあぁ!」


 だがスペンサー博士は、そのまま海兵隊員たちに取り押さえられる。


「こんな無茶な遊びは、もうこれっきりにしてくれよ、博士」


「やめろ……さわるんじゃない……やめろぉ」


 結局、水の都プロジェクト・計画アクアポリスの一味は、さしたる抵抗をすることもなくアメルリアの艦隊により制圧された。計画の破綻により指揮系統を失ったテロリスト集団の、その最後はあまりにももろくはかないものだった。




 時を同じくして、アニスとジオはアメルリアの軍用大型ヘリに乗り、マーヴェリックの救出に向かっていた。スペンサー博士の攻撃を受けたマーヴェリックの被害は想像以上に甚大で、その運命はもはや沈没以外にあり得ないことは、誰の目にも明らかだった。

 先に脱出したクリフとハンス、エミリア、フリッツは救命ボートによってマーヴェリックの船体付近を漂っていた。彼らはすぐに、大型ヘリによって全員が無事に保護された。


「みんな! バーニィとマノンは?」


 アニスの問いかけに、エミリアがかぶりを振って答える。


「マノンがまだ、ふねの中に閉じ込められているの。バーニィは彼女のそばにいるわ」


「そんな……バーニィーッ!」


 その言葉を聞くと、アニスは大急ぎで救命ボートに乗り込んだ。


「君、あのふねは危険だ。戻りなさい!」


 警告を発する海兵隊員を振り切り、アニスはマーヴェリックの方へと向かっていった。


「あたしが行く前に、死んだりしたら承知しないんだからぁっ!」




続く


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