【怪奇暴き】マジカルステップ、最初の一歩(お題:踵の高い靴)
「へぇ、その靴がいいのかい」
「まぁ、はい。なんとなくですけど」
「いやいや、いいんじゃないかな? 踵が高いことで」
「……?」
「お洒落って意味さ。……あれ、そんなに面白くないかな」
時計の針はもう、十字を指していた。四本の針がその図を描いたということは、僕の退勤時間も近い、はずだ。未だにこの職場の時計の読み方には自信が持てず、気が付いたら(店外でいうところの)二日間働きづめだったと言われてもおかしくない。
艶のある黒髪をくるくると弄りながら、そんな奇怪な時計を戴くこの空間の主、『ボス』が考えこむ。彼女は一般的には美人の部類なのだけれど、どうも普段の振る舞いが不安定である。突然、半オリジナル慣用句を言い、リアクションが悪ければ悩みだす、なんてことはまだ分かりやすい方だ。
僕は、放っておいたらこのまま思索の袋小路に突入しそうなボスの肩を言葉で掴み留める。
「で、ボス。この靴、もらっていいんですか?」
「あ、そっか。その話だったね」
「まったく……」
僕は呆れながら、彼女が陣取るカウンターへ靴を持っていく。「この箱の中から好きなものを持って帰っていいよ、目利き仕事の訓練だと思って」と言ったのは、ものの数分前だったはずなんだけれど。
ボス曰く、怪奇なる物品もまた目で見分けることができるらしい。忌み物といっても、所詮は物体である……だから、よく見れば形状が歪んでいるとか、紋様が狂っているとか、内部から溢れる蒸気が薄い靄を纏っているとか、そういう違和感を感じ取れるようになれ、とのことだ。
そんなわけで、僕が選んだのは飾り気のない、けれど高級そうなブーツ。僕の趣味じゃないけれど、それでもなんというか、説明のできない違和感はあったので、これにした。
「さて、さて……助手くん。さっき、私は何て言ったかな?」
「えーと、『目利きついでに護身具にしなさい』」
「違う。『踵が高い』って言っただろう」
「……その話はピンと来てません」
今日は不屈の詩人ロールの日らしい。と思ったものの、どうも今度はこちらが的外れだったようで、ボスは靴を取り上げてくるりと裏返す。その靴底は、妙に光沢があるように見えた。
――と、言うよりも。
「わかったかな」
「宝石……? あ、『踵が高い靴』……?」
「うむ」
その踵は、確かに光を放っていた。照明の加減や気のせいとは思えない、確かなその輝きは、無論、アクセサリーとは比べ物にならないほど静かだけれど、だからこそ重みが感じられた。
「これはだね、踵にだけ特別な仕込みをした靴だよ。貴金属を溶かし込み、呪文を何層にも刻みながら重ねて、その上で見た目は普通に見えるようにしている」
「なんで、そんな」
「所謂暗器のひとつだね。脚を振るうだけで長文詠唱みたいなことができるし、単に金属というだけあって蹴りも強くなる。ついでにトレーニングも出来るぞ、健康的でなによりだ」
以前の山の調査では山道を歩かなかった女がうんうん頷く。納得がいかない。
そして納得がいかないのはもう一点。
「そんなにいいなら、何で踵だけ」
「そりゃ、助手くん、こんな高度な仕込みを靴底全体にするなんてことは並大抵のことじゃない。そんなことができる職人は、私の若いころにしかいなかったよ」
「若い頃って……ボス、あんた」
「さぁ、この忌み物、履けるものなら履いてみなさい! ね!」
ボスは僕の質問を遮るように、箱ごと、どころか体ごと身を乗り出して靴を押し返してきた。散々色々言っていたが、この靴を俺にくれるのは本当らしい。
「まぁ、今の君にはこのブーツの魔術的な力を引き出すことはできないだろう……」
「え、護身にならないじゃないっスか」
「今は、ね。だけど、君は『踵の高い靴』の少年だろう?」
そう言って、ボスは呆気にとられる俺の鼻先でウィンクをひとつ。
「『背伸びしたがり』の少年、早く成長して私に楽をさせてくれ」
「……了解、ボス」
この素敵に怪奇な女性の隣に、地に足を付けて並べるようになるのは、いつのことやら。
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