カタナの男(お題:刀)

「なぁ、なぁ」

「なんだァ、てめぇ」


 蝋燭数本が照らす洞窟の中に、間の抜けた声と、ドスの利いた低い声が順番に反響した。

 男たちは一対一ではなかった。旅装束の男と、如何にも野盗といった柄の悪い男たちだ。しかし、数で優位の男たちは、普段の粗暴さは鳴りを潜めて、頭領以外は押し黙っていた。

 それはなぜか? ……旅人が、一切の武器を、構えを、殺気を、戦意を、からである。ただならぬ気配を漂わせず、子供が寺子屋へ通うような気軽さで、腕自慢の門番がいたはずのここまで辿り着いていたからである。


「あんたがお頭かい」

「応よ」

「……一応、穏便に済まないか言っておくのだが。ここらの村と街道で奪った金品、全部返しちゃくれねぇか」


 間の抜けた声で問いかけた男の目は、暗がりの中でも子分たちを黙らせるのに十分な圧を持っていた。けれど、あまりに無体な申し入れに、子分のうちの数人が各々の得物を握った。


「そりゃあ、無理だ」

「そりゃあ、残念だ」


 男は、挑発するように言葉をなぞった。それが功を奏して、先ほど得物を握ったうちのさらに一人が飛び出し――その一歩目で、倒れた。


「何しやがった」

「さぁ」


 蝋燭だけが照らす暗闇だからといって、転んだわけではないことは、その倒れ方から瞭然だった。あの旅人が何かをしたのだと明白に理解をして、それでもその何かを理解できず、野盗たちはただ焦りを腹の中で暴れさせた。


「……けれど、そうだなぁ」

「……あん」

「……旦那方、『鎌鼬』って、知ってるかい。知ってるよな、この辺の出なら」


 男の声は、蝋燭の灯りよりはっきりと脳に届いたのに、その影は、逆に明確な人の形を失っていった。


 / /


 その者は、剣豪である。ふらりふらりと、腰に佩いた刀を揺らしながら歩く昼行燈であるが、剣豪である。


 ある街の男が言うには、彼は破落戸数十人を相手取って、一人として殺さぬ慈悲の刀の使い手である、らしい。

 ある盗賊が言うには、名家から穴倉まで漁り、あらゆる命と刀を奪う蒐集家である、らしい。

 ある道場の長が言うには、己の刀を抜くことなく敵対者の刀を制する、よろずの刀に愛された剣士である、らしい。

 その他、神速抜刀、剛剣無比、神仏の首をも墜とす凶刃。土地ごとに伝わるありとあらゆる評判は伝聞であり、誰一人その現場を見ていないのであった。


 実体無き剣豪。その名だけが語られる男。――語名カタナの男。彼の抜刀を見たものは、いない。少なくとも、この世には。

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