42話 キス

「……殿下?」


 青白い顔をした殿下は答えない。意識が無いようだ。


「殿下は体調不良をおして、後方で指示を出していたのです。が、ブライアンさんが倒れたのを見て飛び出して……」


 殿下を運んできた兵士が唇を噛みしめて私に伝えた。


「大丈夫よ」

「真白さん……」

「私に任せて。傷口の治癒……『エキナセア』『セントジョーンズワート』のポーション」


 辞典が輝き、私の手にポーションが現われる。それを振りかけると傷口が塞がっていく。


「フレデリック殿下……」


 私は彼の名を呼びかけた。しかし、彼は動かない。まさか……もう……。私は彼に覆い被さるようにして口元に耳を近づけた。


「息……してる……」

『血を失いすぎたのでは?』


 頭の中にリベリオの声が聞こえた。そうか、腹部からの出血が多くて意識を……。


「では貧血に効く『レモン』『ヤロウ』『ペパーミント』のポーション!」


 取り出したポーションを私は手に取った。いつだって常識外れの私のポーション。これなら体の内側から新しい血液を作り出すくらいの事はやってのける。きっと。


「飲んでください」


 私はフレデリック殿下の口元にポーションを注いだ。……しかし、意識のないフレデリック殿下の口からはポーションがこぼれ落ちてしまう。


「殿下! お願い飲んでください……!」


 ああ、どうしよう。握りしめた殿下の手は冷たい。このまま殿下は死んでしまうの?


「そんなのいやです!」


 私はポーションを自分で口に含んだ。そしてフレデリック殿下の頬を包む。そしてそのまま……私は殿下の口に自分の口を重ねた。閉じられた唇をこじ開けて、ポーションが彼を癒してくれる事を願って。


「……殿下……殿下……」


 私はいつの間にか泣いていた。泣きながら何度も殿下の名前を呼んだ。お願い……目を覚まして。その時だ。殿下がうっすらと目を開けた。


「……真白……?」

「殿下!」

「これは夢かな。それともあの世か……真白がいる……」

「私ですよ! 殿下の側にいたくて飛んできたんです」


 私がそう言うと殿下はまだぼんやりとした顔で呟いた。


「やっぱり夢だ。真白がキスしてくれるはずない」

「え、あの……」


 私はなんとかポーションを飲ませようとして、結果口づけをしてしまったことに気が付いた。


「あの……夢じゃないです」


 私は真っ赤な顔をしてなんとかそう言葉を絞り出した。するとふっとフレデリック殿下は微笑んだ。


「そうか、じゃあもう少し近くで顔を見せてくれ」

「……こうですか?」


 すると思いも寄らぬほど強い力でフレドリック殿下は私を抱き寄せた。そうしてびっくりしている私の唇に……殿下はキスをした。


「ああ。確かに本物の真白だ」

「……フレデリック殿下」

「すまない。心配をかけたね。またあえて良かった」

「はい……!」


 私は殿下の首元に縋り付いた。その体は新しく血が通い、温かかった。殿下が命を取り留めた喜びで、私は涙が止まらなかった




 整列した騎士団。その先頭のフレデリック殿下の馬上に……私も座っている。


「あの……ちょっとこれおかしくないですか?」

「なんにもおかしくない」


 あれから怪我を癒した殿下とブライアンさん、そして瘴気酔いから立ち直った兵士達総掛かりで魔物は討伐された。小山みたいに巨大な熊だった。そして……今、まるで殿下に抱きかかえられるようにして私は馬に乗っている。


「あの、私後ろの馬車に……」

「駄目だ。こうしてないと真白はどこかに行ってしまいそうだから」


 フレデリック殿下はどうしても許してくれそうにない。そのまま騎士団は王都を目指した。


「みなさーん!」

「マーガレット!」


 途中で瘴気酔いではぐれた兵士さんとマーガレットを回収して私達は王城へと凱旋した。もうね、すごかったわ。王都に入った途端の私への視線が。


「それでは、凱旋パーティでまた会おう」

「はい……フレデリック殿下」


 それをなんとか乗り越えて、私は家にたどり着いた。


「真白様!」

「……クラリス」


 家についた途端にクラリスが胸に飛び込んで来た。


「突然いなくならないで下さい! どんなに探したか!」

「ごめんね……」


 後先考えないで私がいなくなって、彼女はとても心配しただろう。


「クラリス、凱旋パーティの準備をお願い」

「……もう! わかりました!」

「今回は大広間のパーティに出るので……華やかに」

「……! お任せ下さい!」


 クラリスが準備に走ったところで、私はようやく部屋にひとりきりになった。


「……ずいぶん長いこと出かけていた気がするわ」


 そして息を吐くとリベリオを呼んだ。


「リベリオ、明日。……明日私は帰るわ」

『わかった、心しておこう』


 ふう、とため息をついて私はベッドの上に転がった。


「……様、真白様」

「ん……」


 どうやら居眠りをしてしまったみたい。揺り動かされて目を覚ますと、クラリスが私を覗き混んでいた。


「お疲れの所申し訳ございません。ドレスのご用意が出来ました」

「うん」


 クラリスの用意したのは青いドレス。騎士団の団服にも似た色のドレスだった。


「こちらを」

「わかったわ」


 青いドレスに身を包み、髪を高く結い上げて私は凱旋パーティに向かった。

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