41話 魔力だまり

「痛ぁ……」


 私は泥の中から起き上がった。水たまりは大して深くはない。リベリオは? あわててあたりを見渡すと近くに倒れていた。


「リベリオ!」


 泥の中から、私はリベリオを抱き上げた。彼は少しぐったりしている。


「大丈夫……?」

『僕もなんともない……と言いたい所だが……』


 リベリオは体を起こすと、お腹のあたりをさすった。


『真白、僕の中の扉が繋がった。樹の予想した通りだ。暴走もない』

「良かった……」

『ああ、だが結果論だな。焦りすぎた……すまない真白』

「ううん。リベリオが無事で良かった、ってことよ」


 私はリベリオの肩を抱き寄せた。するとリベリオは首を傾げた。


『真白……真白はなんともないのか……?』

「うん、泥だらけになっちゃったけどね」


 私は笑って立ち上がった。


『こんな濃い瘴気の中で平気な顔を出来るなんて……あ……』

「どうしたのリベリオ」

『魔力だまりが……消えて行く……』


 リベリオは私には見えない魔力の流れを目で辿る。


『まるで真白に吸い込まれていくみたいだ。真白が瘴気酔いを治せるのは……魔力が低いからって訳じゃなさそうだ』

「どういう事?」

『触れてもいいか?』 


 リベリオが手を伸ばした。私はその手を握り返す。


『今の僕なら分かる。……魔力だまりの魔力が真白を通じてあっちの世界に流れ込んでいる』

「それって……大丈夫なの?」

『元々魔力の存在しない世界だ。ごくごく無力なほどに薄くなってる』


 こちらとあちらの世界の入り口が体内で繋がったリベリオには、それが分かるようだった。


「じゃあ……こうしていたら魔力だまりは消えるってこと?」

『そうなるな』

「ってことはこれ以上瘴気酔いの人を増やさなくて済む!?」

『……ああ、おそらく』


 私は思わず泥の中に座り込んだ。


「……冷たい」

『別にその中にいなくてもいいんじゃないか。ほら、もうすぐ消える』


 そう言われても私には見えないんだってば。リベリオが魔力だまりの消滅を確認して、私は近くの川の水で顔と髪についた泥を洗い流した。


「絶対見ないでよ。あと周り見張っていて」

『はいはい』


 そして背の低い茂みになんとか隠れながら泥だらけの服を着替えた。


「さあ……じゃあ、魔物のいる所に行きましょう」

『ああ、こっちだ』


 私はリベリオの指し示す方向に向かって歩きだした。




「あそこだ……」


 だだっ広い湿原に天幕がいくつかあるのが見えた。


『あそこが前線基地だな』

「行こう!」


 私は着替えたばかりのワンピースに泥が跳ね上がるのも構わずにそこに向かって走った。そして、一番大きな天幕の入り口を跳ね上げた。


「みなさん、大丈夫ですか!!」


 そこには兵士、回復術師の区別無く動けなくなった者が横たわっていた。


「真白……さん……?」

「ザールさん!」


 聞き覚えのある声に私は振り返った。なんとか半身を起き上がらせようとするザールさんに私は駆け寄る。


「すみません……大口叩いたくせに……この体たらくです……」

「じっとしていてください!」

「妙な魔力の気配がずっとしていて……進むごとに人々が倒れていきました……。ポーションも効きません。もうどうしたら良いのか……」


 私はザールさんの手を握った。


「これは『瘴気酔い』というのだそうです。もうこのあたりの瘴気はおさまったはずなのでじっとしていてば治ると思うのですが……ほら」

「……眩暈が……真白さん、まさか……」

「この世界の人間でない私なら治せるみたいです」


 瘴気酔いの治まったザールさんは起き上がった。私はその姿に安心して腕まくりをした。


「さ、片っ端から治してやりましょうか!」

「真白さん、兵士から順にお願いします! なんとか動ける兵士が……今、魔物に立ち向かっています」

「……それは」

「はい、フレデリック殿下やブライアンもです。早く応援を送らなくては」

「わかりました!」


 私は団服の兵士達の手を握って回った。


「真白さん……?」

「ああ、やっぱり来てくれた……」


 戸惑う兵士に別の兵士が発破をかける。


「おい! ぼやぼやしている場合じゃない。早く殿下の元に向かうんだ!」

「おお!」


 動けるようになった兵士から次々と戦場に戻っていく。


「じゃあ次は……」


 後方支援の回復術師の皆さんだ、と私が彼らに近づいた時だった。天幕の入り口が開き、兵士が入ってくる。


「き……急患です……ブライアン大隊長、脚部と腕に裂傷! ……そして……」


 ブライアンさんの怪我が告げられ、天幕の中にどよめきが走る。だが、それでは終わらなかった。


「フ、フレデリック殿下……腹部に深い裂傷……!」


 さらなる大きなどよめきが湧く。私はスッと自分の血の気が引いていくのを感じた。


「早く運べ!」


 バタバタと担架が天幕の中に運びこまれる。腕と足から血を流しているブライアンさん。そして……青白い顔をして目を瞑るフレデリック殿下。その腹部は血で赤黒く染まっている。


「大丈夫ですか!!」

「真白……か……?」


 うっすらと目を開けたブライアンさんがこちらをみた。


「すまない……殿下を守るのは俺の役目……なのに……逆に殿下が俺をかばって……」

「ブライアンさん、早く治療しましょう!」


 傷口は何か尖ったもので貫いたようだった。魔物の牙かなにかだろうか。そして痛みを堪えながら私に謝るブライアンさんの言葉を私は遮った。それでもブライアンさんは続けて言った。


「先に……殿下を……俺はいいから……」

「真白さん、ブライアンは意識もあります。こちらで対処します!」


 ザールさんが私の肩を掴んだ。


「殿下を……どうか救ってください……!」

「はい。はい……ザールさん……」


 私は担架の上に横たわるフレデリック殿下に近づいた。

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