6話 決意

「助かります。このままですと私の魔力回復に時間がかかりすぎて、この間の邪竜退治で消費したポーションを補充するのも大変でした」

「ポーション?」

「瓶に触媒と魔力をあらかじめ封じ込めたものです。えっと……真白さんも使ってましたよね?」

「あ、ああ……」


 私は目を泳がせた。あれはそういうものなのか。


「すみません、記憶が無くて……」

「ああ、そうでしたね」

「でも必要でしたら私が作ります! 作り方は分かるんで!」

「本当ですか? では痛み止めのポーションを取り敢えず今日中に五個は作りたいのです。手伝って貰えますか?」

「もちろんです」


 やった、初仕事だ。私が辞典を手にした時だった。救護棟の扉がノックされた。


「おや、また怪我人かな」


 ザールさんは扉を開くとザッと一歩引いて頭を下げた。


「で、殿下……!」

「やあ」


 そこに現れたのはフレデリック殿下だった。


「使いの者をやったらすでにこちらに向かったと聞いて、様子を見にきた」

「す……すみません……」


 私が先走ってここに来たせいで手間をとらせてしまったようだ。


「どうだ、ここでやっていけそうかな?」

「え、ええ。そうだ、今から痛み止めのポーションを作る所だったんです」

「ほう……では見学させて貰おうかな」

「殿下……?」

「俺は直接、邪竜の毒を消した回復術を見ていないからな」


 そっか、殿下が来たのは毒消しを出した後だったっけ。それだとちゃんと使える物が出来るか不安よね。


「わかりました。では……」


 私は辞典を開いた。目次から『ローズマリー』を探す。そしてそのページを開いて絵の上に手を置いた。光が輝く。


「これはローズマリー。鎮痛作用があります。そして……」


 私はダンデライオンのポーションを出した時のように辞典にハーブを置いた。また再び光が湧き上がって、深緑の瓶に入った液体が現れた。


「出来ました」


 リベリオの言う通りなら、本来のローズマリーの何倍もの効果があるはずだ。私の体に異変も無いしノルマの五個は簡単にできそう。私が笑顔で瓶を取り上げると、フレデリック殿下は驚いた顔をしていた。おまけにザールさんまで。


「真白、その本は一体……」

「そんな簡単に……?」

「え……?」


 私はなにかまずいことでもしてしまったのだろうか。私が目を泳がせているとザールさんがようやく口を開いた。


「真白さん、普通一個ポーションを作るのに手際が良くても一時間はかかります」

「そうなんですか……?」

「ええ、素材の混合や抽出をするだけでも三十分は……」

「ああ……」


 私は手元の薬草辞典を見た。私が元の世界でハーブの化粧水やチンキを作る時もそうだった。下手すれば数週間かかる。


「この薬草辞典、魔法の本なんです」

「魔法の本……?」

「これが多分その過程をやってくれているみたいです」


 私のその説明を聞いて、フレデリック殿下とザールさんは顔を見合わせた。


「ザール、そういうものなのか?」

「……いえ。不見識にて聞いた事ありません」

「試しにお前が使ってみたらどうだ」

「はあ……分かりました。抽出まで終わった低級の痛み止めポーションの素材があります」


 ザールさんは奥にひっこんでビーカーに入った茶色い液体を持ってきた。


「スナマタ草の抽出液です。魔力を流してポーションにすれば軽い腹痛や頭痛くらいには効きます」


 ザールさんはそれを本の上に置いてみた。……なにも起こらない。


「うーん、魔力が通れば薄いピンク色になるのですが」

「真白、お前がやってみろ」


 私は王子に促されてビーカーを本の上に置いてみた。


「……うーん」

「何も起こりませんねぇ……」


 リベリオはこちらの植物はちょっと違うと言っていた。その所為かもしれない。


「ここから出した植物なら出来るかもしれません『ローズマリー』」


 私は本からまたローズマリーを取り出した。それをザールさんに渡す。ザールさんは戸惑いの表情を浮かべながらそれを本の上に置いた。


「……私では駄目なようです。それにしてもこんな薬草見た事ない……」

「そうですか、私の居た世界では一般的で料理にも使うんですけど」


 私がそう言うと、また二人は不可解な顔でこちらを見た。……うん?


「『私の居た世界』とはなんだ? それはどういう意味だ?」

「……あっ」


 ああ、しまった……! 記憶喪失という事にしていたのだったっけ。うっかり口を滑らせた事に後悔したがもう遅い。フレデリック殿下は矢継ぎ早に私を問いただした。


「あ、あの、落ち着いて……えーと、ああそうだ『ラベンダー』」


 私は自分も落ち着けるようにラベンダーを辞典から取り出した。爽やかなフローラルの香りがほのかに部屋に香る。その香りの中で私は素直に事情をフレデリック殿下とザールさんに話す事にした。


「私はこことは違う世界から来ました。日本という国に暮らしていました。だけどこの辞典に呼ばれてこの世界にやってきたのです」

「にわかには信じがたいが……日本という国は知らないな」

「気が付いたら、あの邪竜の毒にやられた兵士の前に居たのです。そしてこの本の力でその人達を助けました。ですが呼ばれたものの帰り方が分からなくて」


 フレデリック殿下はそこまで聞くと聞き返してきた。


「帰り方が分からない?」

「はい、なんでもこの本は回復魔法は使えても召喚術は専門外だと言われてしまって」

「ふーむ……」


 フレデリック殿下は目頭を押さえて考え込んでしまった。


「あの……ご迷惑ならどっか別の所で仕事を探しますので……」

「いや、真白には大恩がある。むしろ仕事などしなくても構わない。問題は……」


 殿下の空色の瞳が陰った。ああ、そんな顔しないでください。


「きっかけが邪竜のせいであったなら、この国の……我らにその責任がある。真白もこことは違う世界とやらに生活があったのであろう?」

「はい、まあ」

「ここにいる間の面倒は見るのでそこは安心して欲しい。あとは……」


 フレデリック殿下はちらりとザールさんを見た。


「この不可思議で異常な回復魔法の事だ。……ザール、この事は内密に。出来るか?」

「はっ、もちろんです。この事を触れて回ったら騒ぎになりそうですから」

「ああ」

「そうですかね?」


 これだけポイポイとポーションが出来るなら役に立ちそうなものだけど。私が首を傾げていると、フレデリック殿下は首をすくめた。


「過ぎたる力は癒やしの業でもトラブルになりやすい。この王宮も一枚岩ではないのでな。あまり大っぴらにする事ではない。なにしろ真白はここに来たばかりだし」

「そう、ですか……」

「ザール、真白を助手としてここに置くが良からぬ輩は追い返せ」

「はっ……」


 回復魔法でも、人の争いの元になったりするのかしら。うーん……でも悪い人はどこにでもいるからなぁ……。


「……うむ。長居をし過ぎた。私はそろそろ行こう」


 フレデリック殿下はそう言って踵を返し、ドアを開いた。私は慌ててその後を追って外に出た。


「フレデリック殿下……!」

「なんだ」

「あの、気を……遣ってもらって……」

「真白も見知らぬ土地で不安だろう。帰るまでは心やすく過ごせるようにするよ」

「……ありがとうございます」


 ああ、駄目だ。泣きそう。バタバタしていたから不安なんて紛れていたのに。こんなに優しくされると……。


「心配だからしばらく二、三日に一度くらいは様子を見に来るよ。不便があれば言ってくれ」


 フレデリック殿下はポン、と私の頭に手をやって去っていった。


「……決めた」


 父さん、母さん。私決めました。そっちに帰るのはいつになるか分かりませんが、それまではこの王子の役に立ってキチンと恩を返します……!

 私は殿下の後ろ姿が見えなくなるまで見送って救護棟に戻った。


「……ふう」

「真白さん」

「あ、ザールさん。ザールさんにも気苦労かけます」

「いいんですよ。それより……」

「ん?」

「その本、もっと調べましょう!!」


 ザールさんはわきわきと手を動かしながら笑顔で答えた。その目は爛々と輝いている。


「は……はい!」


 うわぁ! 研究者気質を刺激しちゃったみたい。なんだか怖いんですけど!

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