第25話
現在21時55分。消灯時間が過ぎて1時間近く経った。私は窓の前に立っている。
レイはペインティングを今夜中に終わらせると言っていた。だが消灯の21時になってもすぐには描こうとはしなかった。
灯りの消えた室内で、レイは昨夜同様床に直接座って携帯端末を構えて待機している。
「21時だと、影の向きがね、違いすぎるんだ」
22時00分になり、レイの指示が出た。私はナース服を脱ぐ。
レイの心拍数が100近くまで跳ね上がる。
夜空には月齢19の月が輝いている。
裸になり窓の前に立つと、レイの心拍数は平常値に戻った。
「キレイだ……」
レイがつぶやく。
「『月の光に濡れる』って表現があるけど、よくわかった。まるで湖底にいるみたいだ。すごく幻想的で……怖いくらい」
レイは、しばらく呆然とした表情で私を眺めていたが、やがて慌てて携帯端末にペインティングをはじめた。
「1時までには寝るから、怒らないでねマリア」
「了解しました」
レイはペインティングをしながら私に語りかける。
「マリア、僕はね、酷い状況が生まれた原因も、悪意があってそうなったんじゃなくて、善意が基にあったって思うんだ」
レイは咳込みながら話を続ける。
「たしかに、人は間違いをおかす。でも、人は基本的に善意で動いていると思う、そう信じたいんだ」
そう言って、レイはまた少し考えこむ。
しばらく無言でペインティングを続け、そして少しずつ自分の考えを話し出す。
「結果的に最悪の結果が出たとしても、最初から悪意で行動したわけではないんじゃないかなって、根っからの悪人はそんなにいないんじゃないかなって思うんだ」
またしばらくレイは沈黙する。何度か咳込みながらペインティングを続け、そして考えの続きを述べた。
「僕たちのこともそう。たぶんデザイナーベイビーも、最初は遺伝病の根絶を願って研究が始まったんだと思う。僕のお父さんもお母さんも、子供には苦労させたくなくて、できるだけ賢い子供を産んであげたい、そう思って選択したんだと思うんだ……よし、この色だ。これでいける!」
レイはまた無言になりペインティングに集中していった。そのまま時間が経過し、月の高度が上がっていった。
デスク上の固定端末から小さなコール音が鳴った。23時の看護師のモニター巡回の合図だ。
「しまった! すっかり忘れてた!」
レイは慌ててベッドに潜り込む。
そして窓際に立つ裸の私の存在を思い出し、大声で叫んだ。
「中入って! 急いで!」
私はレイが広げた毛布の中に入った。レイも一緒に毛布にくるまる。
私とレイは毛布の中でじっとしていた。数分間経過した。特に固定端末から通話はない。
暗い室内、私が壁際の椅子にいないことにも、脱いだ服は床にそのままだったことも、モニター巡回の看護師は気づかなかったらしい。
モニター巡回は終了したと推定されたが、レイは毛布の中、裸の私にしがみついたままじっとしている。
レイからの指示がないため、私は毛布の中に横たわったままだ。そしてレイは、私に抱きついて、理由は不明だが涙を流して震えている。
「マリア……マリア……」
レイがつぶやく。
「マリア……お願いがあるんだ……」
レイが依頼した内容、それは是非を判断する事が難しいものだった。
まず、私にその機能があるか否かが不明だった。
「あるんだよ、その機能が。なんでか理由はわからないけど。昨日マリアの裸を見て変だなって思ったけど、今日ログインしてわかった」
レイの依頼、それは私と性交をしたいというものだ。私はその行為が、法規、医療倫理、病院内規約、いずれにも抵触しない事を確認した。
私はレイに返答した。
「問題ありません」
翌朝、04時50分。
私は隣で寝ているレイの姿を見ていた。レイの顔に涙の跡を確認した。
私はベッドから出てナース服を着用する。
この夜の行為で衛生的な問題が私におきたとしても、この後の2時間のメンテナンスで私の筐体は全てクリアにされるはずである。
問題は何もない。
05時00分、私は無菌室の扉を開けて前室へと向かった。
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