第4話 激レアの技はマグロ

『こんにちは、サクラです。今回はマチルダ・シティの闘技場ガチャ画面からお送りしています』


 パソコン画面から流れ出す、サクラの――声優さんのイケメンボイス。俺はそれを、自分のベッドに横になって聞いていた。

「ちょっとお兄ちゃん、こっちで見てよ」

 俺のパソコンの前で、椅子にふんぞり返っているのは当のサクラである。早速、出来上がった動画を投稿して、俺に見せようとしているわけだ。

「……落ち込みそうだから遠くから聞いてる」

「何で? 可愛いってば。自信を持ってよ」

「そんな自信いらんわ」


 本気で寝に入ろうと考えて、俺は掛布団を自分の身体に巻き付け、それでも視線は怖いもの見たさでパソコン画面へと向かう。さすがに遠いので、ぼんやりとしか解らないものの、録画編集した後のガチャ画面、アバターの動きは何となく解る。

 俺はそっとため息をついてから、枕元に投げてあったスマホを手に取った。

 適当にネットニュースなどを読んではみたものの、やっぱり意識は動画へと向いた。


『闘技場イベントを控えていますので、今回はガチャを回してみます。わたしより、妹のアキラちゃんの方が引きが強いので、本番はそっちです。わたしは……まず、十連回してからアキラちゃんに任せますね』

 サクラのイケメン魔人アバターが、パソコン画面の中で妙に格好いい仕草を見せつつそんなことを言っている。

 そして、最初の十連。つまり、ガチャ券十枚を使ったわけだ。


『爆死って言わないように』

 まあ、いいのが出ないのはお決まりだよね、というような口調でサクラの声が響いて、俺はサクラが引いたガチャの内容を思い出していた。

 職業ガチャ、必殺技ガチャ、武器ガチャ、と色々あるが、今回の狙いは必殺技だ。魔人アバターで使えるやつを狙う。しかし、世の中の無常と言うか何と言うか、大抵は元々持っているものが出やすい。

 なかなか狙い通りにはいかないが、それでもサクラが欲しいと考えていたものは出た。

『とりあえず、わたしが引いたガチャ結果はこんな感じです。この魔人アバターで三段ジャンプができるようになりました。今までは二段ジャンプしかできなかったから、これは当たりだよね。少し前にドラゴン召喚攻撃はできるようになったけど――』

 とか、色々説明した後。


『はい、アキラちゃん、挨拶して』

『えっ、そんないきなり』

 明らかに挙動不審な黒髪ツインテールの吸血鬼少女が、おたおたしつつ画面の中で頭を下げている。ああ、それが俺だよ。急に話を振らないでくれ、どうしたらいいか解らないから。


 元々、ガチャ画面は別撮りだ。そこに、アバターで解説を入れている。だから、ある程度の打ち合わせはしているし、慌てる理由なんかないんだけど、やっぱり慣れていないせいか、上手くはいかないものだ。


『あの、よろしくお願いします。アキラです』

『ごめんね、妹は小心者だから。でも、マチルダの闘技場では結構元気がいいよ。見かけたら声をかけてあげてね』

『えっ、遠慮します。逃げる、逃げますから』


 この動画を最終的にどのくらいの人が見てくれるか解らないが、それでも他人のガチャ動画というのは他人事だし面白い。当たりが出れば凄いと驚き、何も出なければ同情する。

 でも、派手なガチャ画面と、サクラが編集して格好いい音楽と組み合わせ、さらに盛り上がるような感じにしてくれていた。


 この後のとんでもない展開を知っているから、つい俺の口元がにやけた時、持っていたスマホがぴろんと音をたてた。


『アキラ、動画見たけど! 何、ネタぶっこんできてんの!』

 メッセージを送ってきたのは、当然のことながらカオルだ。顔は見えないのに、浮かれているだろうことが解る。

『ネタ言うなよ、まあ、ネタだけど。でもあれ、お前にプレゼントな。俺は使えないし』

『おう、もらうもらう! 早速使うわ』


 俺がメッセージのやり取りをしている間にも、パソコンから動画の音声が流れてくる。サクラが編集した、驚きの演出、効果音。


『何だろうね、これ』

『必殺技っていうか武器みたいですね……』

 サクラと俺の苦笑交じりの声。

 それもそのはず、というか。

 必殺技ガチャから出てきたのは、『ブルーフィン・アタック』とかいう名前がついていて、攻撃時に巨大な――マグロだか何だか解らん巨大魚で相手をぶん殴ったりするやつである。明らかにネタ技だろう、マグロなだけに。

 どうやら装備できるのはモンスターアバターだけらしいから、吸血鬼である俺も魔人のサクラだって使えるが、見た目的に何のジョーク……うん、猫獣人のカオルに任せるわ。


『っていうか、これでも激レアの必殺技なんだね。よくこんなの引いたね、アキラちゃん。びっくりしたわ……』

『むしろ、こんなのが激レアでないと困ると思いますが、サクラさん』

『お姉ちゃん……じゃなかった、お兄ちゃんと呼んで』

『この技、発動時に無敵時間が六十秒ついてますね』

『ちょっと、聞いてる?』


 そう、明らかにネタ技だと思われるものだったが、その技を発動した瞬間から六十秒、敵からの攻撃が完全無効になる。六十秒はかなり長い。ほぼ無敵じゃないか、これ。見た目はアレだけれども。


 さらに、俺の神引きは続く。

 元々、こういったガチャ関連はとんでもなく引きが強い傾向にあった俺。よく、他のユーザーが『ガチャでぼろ負けした』と嘆いているのを横目に、次々に目玉を引き当ててきたのだ。

 今回も、色々と当たりを引いた。

 無敵時間つきの技、俺用とサクラ用にもゲット。

 俺はジャンプじゃなくて、短い時間だけど空を飛べるようになったし、短距離なら空間転移もできるようになった。

 サクラはとにかく派手な必殺技を使いたがるから、氷の柱を地面から突き立てるような技をプレゼント。

 ありがたいことに、激レア祭りであった。


 これ、本当に闘技場で上位狙えるんじゃないだろうか、という必殺技を当てまくり、この動画はその後、結構な再生数を叩きだしたらしい。

 後で動画のコメント欄を見ると、「アキラちゃんすげえ」「余った技、欲しいからプレゼント企画カモン!」とかいうのが結構並んでいた。お蔭様で、マチルダの闘技場で俺の吸血鬼アバターを見かけた知らん奴からフレンド登録しないかというメッセージが飛んでくる祭りもやってきた。

 すいません、俺、人見知りコミュ障だし怖いからお断りします。


『まず、イベント前に技の練習しておこうぜ。技はプレゼントで送っておくから、確認しておいて』

 俺はカオルにそうメッセージを送った後、何だか急に――何か忘れているような気がして考えこんだ。

 何を忘れているんだろう。カオルに関係したことだったろうか、と思わずメッセージの履歴を遡って読み直してみた。

 でも、『俺の代わりにガチャ回しておいて』みたいなメッセージ以外には気になるものもなかったし、思い違いだろうか、と眉根を寄せることになる。


 この時から、違和感はあったんだ。

 何かが起きそうだ、という予感。

 ガチャの引きも強いが、勘も鋭い俺。外を歩いていて、何かここ厭だな、と思うとそこで事故が起きたり、虫の知らせみたいなものを感じることが子供のころから何度もあった。

 意味の解らない胸騒ぎ自体はそれからも続いて――そして、イベント当日を迎えることになったのだ。


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