第3話 今度寄ってみるか?
『サクラちゃんって、配信で結構稼いでんの?』
スマホにカオルのメッセージが飛んでくるのを横目に見つつ、俺は動画配信サイトを同時確認中である。
サクラが動画を作成して投稿しているのは、Itube(アイチューブ)とかいうサイトだ。昔から、動画配信サイトというのは人気があったが、動画を作るというのは一般人には敷居が高かったと思う。しかし、動画編集ソフトも初心者に優しいものが増えてきて、一気に配信者が増えた。
外国の人間は、自分の素顔を動画で配信することに抵抗感がないようだが、日本人の場合は慎重になる人間が多いようだ。だから、自分の顔にモザイクをかけたり、可愛らしいアニメキャラクターとかを使っていたりする。
そんな中、急に人気が出てきているのがVtuberとかいう存在だろう。
元々、Itubeで動画を作成して配信している人のことをItuber(アイチューバー)と呼んでいた。
そして、Vはヴァーチャルの頭文字。コンピュータグラフィックスのキャラクターのアバターを使用して、動画内で自分の分身として発言していくという感じだ。
元々、アニメーションとか漫画の市場が広い日本だから、可愛らしいキャラクターが動画内で話すそのスタイルは簡単に受け入れられ、そのキャラクター作成ソフトも増えた。
Vtuberというのは、その二つを掛け合わせた呼び方。
そして、サクラのようにあまり動画作成に詳しくない人間でも、簡単にそれができるようになったのは、マチルダ・シティ・オンラインがItube用の動画作成のアプリを無料で出していたからだと言える。
マチルダとしては、自分のところのオンラインゲームに興味を持ってもらい、登録者を増やす目的で始めたこと。しかし、これが当たった。
Vtuberになりたいと思っていた人間が、マチルダ・シティ・オンラインに流れてきた。その人間が、マチルダのゲーム動画を投稿して、ゲーム課金者も増えた。
これがいわゆる、Win-Winの関係ってやつだろう。
サクラは自分がゲットしたSSSアバターを使い、動画を作って投稿している。その動画には、広告というものを入れることができる。企業とか商品のCMで、それが動画を見る人間が増えれば増えるほど、広告費が入ってくるという仕組みだ。
たまに、サクラは自分の通帳の表紙を俺にひらひらと見せてくることがある。
中を見たことはないが、結構稼いでいるようだ。
動画作成は簡単だとはいえ、見てもらうには動画を作るセンスが必要なんだとサクラは言う。音楽や効果音を入れたり、笑ってもらうようなネタを入れたり。
試行錯誤しつつ、動画を見てくれる人が増え、その結果、通帳にお金が入る。
もちろん、動画作成者には上には上がいて、一年に億単位の金を稼いでいる人間も増えてきた。
それに比べたら、小遣い稼ぎ程度の収入なのは間違いないらしいが、それでも素直に、俺の妹はすげえなと思った。
「稼いでるみたいだから、俺もたまにおすそ分けもらってるよ」
そう俺はスマホに打ち込んでメッセージを返すと、すぐにカオルから返事がやってきた。
『過去の動画見たけど、結構凝ってて凄いな。アキラも吸血鬼アバターで何やってんの。ネカマ? ネカマ?』
「うるせー。サクラが妹設定でやってくれって言うからだよ」
実は、俺もサクラの動画に参加したことがある。
動画の画面、左側にはサクラのアバターが立ち、右側には俺のアバターが立つ。
そして、会話しつつ動画の紹介をする、という感じのものを作ったことがあったのだ。
これも、マチルダの動画作成ソフトのお蔭だ。二人までなら簡単な設定でアバターを動画に入れられることができる。
そして、アバターに設定している声優の声で話すことができるのだ。だから俺の声も、有名な声優さんの可愛らしいながらもツンデレ属性がありそうなものだ。吸血鬼美少女アバターにぴったりの、いい感じのやつ。
最近の技術、どうなってんだか解らないが、とにかく凄い。
「ネカマって言うな。ネカマだけど」
ネカマ、それはネットでオカマ、ということ。女の振りをした男、である。
『サクラちゃんはネナベ? 』
ネットでオナベ。男の振りをした女。
で、視聴者を増やすために、と言われて俺に女の子の振りで参加してくれと言われて、サクラの妹になり切って演じた、と思う。しかしどうしても可愛い仕草が難しくて、あたふたしていたら視聴者から『人見知りアキラちゃん可愛い』とか書き込みがきて、死にたくなったのは秘密である。
そして、サクラ自身はアバターは男だけど、中身は女であることを公表している。その方が、視聴者が増えやすいんだとか言っていた。
つまり、生身が女である方が男性視聴者を増やしやすい、ということだろう。
……男って悲しい生き物である。
女の掌の上で踊らされやすい、んだろうか。くそ、妹め。
「まあ、見てろよ。闘技場イベントの前に、ガチャ動画作って出す予定らしいから。俺の引きの強さを見せつけてやる」
また俺がカオルにメッセージを送ると、すぐにぴろん、と音が鳴る。
『俺の分のガチャ券も渡すから、代わりに回しといて! 必殺技ガチャな! で、いいの出たらくれ! 俺は高級肉が食べたいんだ!』
その文字を目で追いかけて、つい口元が緩んだ。
カオルは随分前に闘技場イベントの上位に食い込んで、その時の賞品、高級ブランド米十キロをもらったことがある。あの時の栄光を忘れられないらしく、食べ物が商品になるたびに頑張っている。
だから、今回も焼肉セットに目の色を変えている。俺も同じだが、高級肉の誘惑は大きすぎるだろ。ぜひとも、焼肉祭りを開催したい。
任せろ、とスタンプを送ると、お願いします、というスタンプが返ってきた。
『話は変わるけど、最近、三峯の顔、見た?』
三峯、というのは俺たちと同じ大学に通う友人だ。俺とカオル、三峯は同じ高校出身である。
俺とカオルは高校よりも前、小学校からの長い付き合いだったが、三峯健吾とは大学からの付き合い。
「見てないけど、どうした?」
『最近、大学に来てないって言うから、病気にでもなったのかと思って。マチルダのあいつのホームも覗いたけど、不在らしくてあいつの家には鍵がかかってる』
「病気ってのはありそうだな。あいつの家、今度寄ってみるか?」
『あ、そっか。家に行けばいいんだ』
……うん、そうだな。
最近、ネットやスマホが便利過ぎて、家に遊びに行くという感覚が消え失せている。メッセージを送るだけですぐに返事が返ってくるという日常に慣れすぎてしまったんだろう。
会わなくても会話ができるって、よくよく考えると凄いことだ。
俺はそんなことを考えながら、パソコン画面でフレンド登録をしている三峯のホームにアクセスしてみた。でも、カオルの言う通り、ドアをノックしても『鍵がかかっています』というメッセージウィンドウが出るだけだ。
このゲーム内では日記を書く機能もあるが、三峯は俺と同じで筆不精。あいつの日記は一年前にぽつんと書いてあるだけで、他には何もない。
やっぱり病気の可能性大? なんてことを考えながら、俺は自分のホームへと戻る。
そして、パソコン脇に置いてあったヘッドセットを手に取った。
イベント前だし、闘技場で練習しておいた方がいいだろうと思ったのだ。
マチルダ・シティ・オンラインはVRヘッドセットに対応している。
ゴーグル眼鏡みたいなもので、それを付ければファンタジー世界のような光景が目の前に広がってくれる。仮想現実の世界として、三百六十度、どこを見回しても現実と変わらないような質感だ。
マチルダ・シティと言うからには、そこには街がある。
他のユーザーと交流するための街だ。
巨大な中央広場、レストラン、ショッピングのための商店街、闘技場と観戦席、出入り自由のお城、隠し部屋、実際に本が読める書店、ゲーム市場。
それが平面ではなくて実際にそこにあるように見えるのは、とても楽しい。見て回るだけで暇つぶしになるし、格好いいアバターを着ているだけで見知らぬ誰かに『いいねボタン』を押されたりする。
ここしばらく、マチルダにはログインするだけでゆっくり見て回っていなかったから、目新しいものが色々あって興味を惹かれた。
そうしているうちに。
何故か、俺は三峯のことを忘れた。
それは後に、俺も意外だと思った。そう簡単に忘れるようなことじゃない。心配したのも間違いない。
それなのに、俺も、そしてカオルでさえ。
三峯の存在を忘れたのだ。
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