第33話 修学旅行

 冬が終わり、もうすぐ春がやってくる。そんな原句呂高校はもうすぐ修学旅行シーズンだ。3月はこの学年で過ごす最後の月。そんな終末の月の最大の思い出作りイベントなのだ。

 城之内も関都も三バカトリオも勿論、慈美子もその日を楽しみに待っていた。修学旅行は高校生活で最も楽しいイベントと言っても過言ではないのだ。城之内・関都・慈美子・三バカトリオはいつも通り同じ班である。


「いよいよもうすぐ修学旅行ですわね!」

「楽しみだな!」


 教室の隅で関都も城之内も楽しそうに騒いでいた。しかし、慈美子はそれを遠い目で静観していた。無論、慈美子も修学旅行自体は楽しみにしている。しかし、慈美子はそれ以上に、修学旅行に固い決意を胸に秘めていた。

 そして、いよいよ修学旅行当日。まずは大阪である。


「僕は新世界の神となる!」


 関都は新世界の通天閣でそう叫んだ。慈美子や城之内達も通天閣を眺めながら小さい子のように燥いでいる。


「あれが大阪ドームですわね!」

「あっちは天王寺動物園ね!」

「ここからの眺めだと人が豆粒のようですわ」

「みろ!人がゴミのようだ!」


 関都は通天閣から人々を見下ろしながらそう言い放った。関都はアニメや漫画の台詞を言いながらハイテンションである。そんな関都を見つめ、慈美子は感嘆の声を上げた。


「こんなにはしゃいでいる関都くん初めて見たわ…」

「わたくしもですわ…」


 城之内も慈美子も関都の意外な一面を目の当たりにし、うっとりしている。普段とのギャップもあり、ますます関都の事が好きになったのだ。

 そんな関都に見とれていると、「ぐぅ~」というお腹の音が聞こえた。関都は恥ずかしそうに皆に提案した。


「そろそろ飯にしようぜ!」


 6人はさっそくお好み焼きを食べにお好み焼き屋さんに行った。鉄板が温まると、関都が率先してお好み焼きを焼き始めた。「ジュージュー」と美味しそうな音が聞こえてくる。

 そんなお好み焼きを見ながら、慈美子がふと呟いた。


「切り方はどうするの?」

「もちろん、格子状ですわ!」

「ええ~!放射状の方が良いんじゃない?平等に6等分できるし…」

「ここは本場のやり方に合わせるべきですわ!『郷に入っては郷に従え』と仰いますでしょう?」


 慈美子と城之内は言い争いを始めた。三バカトリオはおろおろしながら2人を見回している。

 一方、関都は「?」と吹き出しが出そうな不思議な顔をした。


「何を言っているんだ?1人1枚ずつ食べるんだろ?」

「そうね。それがいいわね」

「そうですわね」


 2人の議論は一気に沈静化した。6人は1枚ずつお好み焼きを綺麗に平らげ、その後も大阪見物を楽しんだ。

 次の日は、奈良県見学である。6人は奈良の大仏を見物して、前や後ろから撮影した。そして、その後、公園にシカを見にいった。慈美子はシカに近づき歓喜の声を出した。


「まぁ可愛い!」

「気を付けろ!蹴られるかもしれないぞ!」

「怒らせなければ大丈夫よ!」


 関都と慈美子はシカを近くで眺めていた。関都は動物への警戒心が人一倍強く、シカを慎重に見つめていた。一方、慈美子はシカ煎餅を上げてシカを手懐けようとしていた。

 そんな2人を遠くから眺めていたのは城之内である。


「シカは臭くて不潔で近づきたくありあませんわ!」


 そんな城之内はある悪戯を思いつく。城之内は三バカトリオたちにシカ煎餅を買いに行かせた。


「ご苦労様ですわ!100点満点中120点を差し上げますわ!」


 三バカトリオからシカ煎餅を受け取った城之内は慈美子に近づいた。そして、髪を切る様に慈美子の髪の毛を掴んだ。


「地味子さん!髪の毛にゴミが付いていますわ!」

「あら!ありがとう!」


 そう言いながら城之内は慈美子の髪の毛に砕いたシカ煎餅を塗り込んだ。慈美子も関都も全く気が付いていない。一仕事終えた城之内はその場から逃げ去って行った。


パク!


「きゃあああ!」


 慈美子の三つ編みの髪の毛にシカが噛みついた!慈美子は慌てて髪の毛を振り回し走って逃げ回った。しかし、慈美子の髪の毛染み込んだシカ煎餅を狙いシカたちは追いかけてきた。


「いやあああ!!!」

「大変だぁ!やっぱりシカは危険なんだ!」

「ほほほほほ!そうですわね!」

「すぐに助けを呼んでくるからな!」


 関都は急いで公園の管理人を呼びに行った。慈美子の遅い足ではシカから逃げきれるはずもなく、慈美子の髪の毛にシカがかぶりついている。


「いやあ!離して!離して!」

「ほほほほ!関都さんの忠告を無視するからですの!」

「何言ってるのよ!あなたが私の髪の毛にシカ煎餅を仕込んだんでしょ!」

「ほほほほ!そうですわよ!ボサッとしてるのが悪いんですわ!」


 シカたちは慈美子の髪の毛をしゃぶり回っている。慈美子は髪の毛を振り回し、シカたちを振り払おうとするがシカたちは離れる気配がない。

 それから数分後、刺又を持った管理人を連れて、関都が戻ってきた。


「慈美子~!大丈夫か~」


 シカ煎餅を食べ終えたシカたちはもう居なくなっていたが、慈美子の自慢の長い三つ編みはシカのよだれでべとべとになっていた。


「いや~ん!」

「ほほほ!いい気味ですわ!」


 結局、慈美子はその後べとべとの髪のまま奈良を見物するのを余儀なくされた。その夜、慈美子は髪の毛をお風呂で入念に洗うのであった。

 次の日は、いよいよ京都見学である。今日が修学旅行の最終日だ。帰るのは明日だが、明日はホテルをチェックアウトしたらすぐ帰りに新幹線に乗るのだ。つまり、実質最終日は今日なのである。

 まずは金閣寺だ。純金のように輝く金閣寺に6人は釘付けになった。慈美子は金閣寺の眩さに目を奪われながら呟いた。


「金って綺麗よね~。私は2番目に好きな色だわ。赤の次に好きな色」

「わたくしもですわ。赤の次に金色が大好きですわ!」

「僕も金色が大好きだな。僕は自転車も金色のスプレーで塗ってキンピカにしている。まぁ本物の金ではないが、気持ちだけ」


 6人は金閣寺をバッグに記念撮影をした。その後、京都見学を一通り済ませた。

そして、最後は清水寺だ。6人は清水の舞台に立って記念撮影をした。その後、6人は清水の舞台から景色を眺めた。その絶景に関都は感激する。


「いい景色だなあ!」

「ふふふ!そうね!」


 慈美子はこの日この瞬間を待っていた。慈美子はある企みを決行に移す。慈美子は清水の舞台の手すりに腰を下ろしながら、皆に諭すように語り掛けた。


「みんな!知ってる?清水の舞台から飛び降りると願いが叶うのよ!」

「ん?うん。聞いた事がある。清水の舞台から飛び降りて助かると願いが叶うって」

「そんなの迷信ですわ!」

「迷信かどうかは分からないがそんな危険な真似は誰もしないだろうな」

 

 関都はそう言いながら清水の舞台を見下ろした。ここから落ちたらきっと助からない、自殺行為だ。そう思ったのだ。

 そんな関都に慈美子は勇気づけるように話しかけた。


「でも私にはそんな危険な真似をしてでも叶えたい願いがあるの!清水の舞台から飛び降りてでも叶えたい願いが!」


 そう言うと、慈美子は清水の舞台の手すりの外に立ち上がった。関都と三バカトリオは慌てて慈美子を止めようとする。しかし、間に合わなかった!慈美子は清水の舞台から飛び降りてしまった!


「慈美子おおおおお!!!!」

「慈美子さあああああああん!!」

「いやああああああああああ!!!」

「慈美子さ~~~ん!!!」


 関都と三バカトリオは必死に叫んだ。しかし、城之内だけは違った。これで慈美子が亡くなってくれたら万々歳だとほくそ笑んでいたのだ。

 関都と三バカトリオは急いで、慈美子が飛び降りた先を見下ろした。すると4人の目には驚きの光景が目に入ってきた。


「イヤッッホォォォオオォオウ!!」


 その叫び声の主は慈美子である。慈美子は何と宙を舞っていたのだ!慈美子は無事である!

その姿をみた関都は思わず叫んだ。


「ウィングスーツだ!慈美子ったらあんなもの着こんでいたのか!」

「良かったわ…!」

「ええ!自殺したのかと思ったわ!」

「無事だったのね…!」


 ウィングスーツとはムササビのように空を飛べるスーツの事である。

 関都と三バカトリオは元気そうに宙を舞う慈美子の姿に安堵した。それと引き換えに、城之内はまるで舌打ちでも聞こえてきそうな苦々しい表情である。


(ふん!自殺してくれたと思いましたのに違ったんですのね!せっかく地味子さんが死んでくれるかと思ったのにがっかりですわ!)


 邪魔者が消えてくれると思っていた城之内は怒りと落胆が隠せなかった。しかし、そんな城之内の険しい表情は誰も見て居なかった。関都はすぐに清水の舞台の下に向かった。三バカトリオも後を追おうとしたが…。


「関都さん!親衛隊の皆様!行く必要はありませんわ!あんな女放っておきましょう!」


 その言葉に三バカトリオはフリーズした。しかし、関都は聞かずに慈美子の元へ向かった。三バカトリオも向かいたかったが、城之内の命令には逆らえなかった。

 一方で慈美子は関都が待ち受けている所に飛んで行った。関都は明らかに怒っていた。


「どうしてこんなバカな真似をしたんだ!」

「どうしても叶えたい願いがあったから…!」

「叶えたい願い?どんな?」

「それは『関都くんの恋人になりたいわ!』よ!」


 その台詞に関都は言葉を失った。突然の告白に何が起こっているか理解が追いつかないのだ。

 慈美子の願いとは関都と恋人になる事。そう。清水の舞台が飛び降りて関都に告白しようというのが慈美子の狙いだったのである。それが慈美子にとっての修学旅行の最大の目的だったのだ。

 関都は突然の告白にテレてしまい顔が真っ赤である。


「そんな!悪いが、そんな告白突然されても困るよ!」


チュドーン!


 なんと慈美子はあっさりフラれてしまった。慈美子撃沈!

 しかし、慈美子は諦めない。最後の望みを抱いて、関都に喰いついた。


「どうして?私の事嫌いなの?」

「そんな事はないぞ!ただあまりに突然ですぐには返答できないんだ。すまない。…一旦保留って事で良いかな?」

「ええ!勿論よ!いつまでも待つわ!オバサンになっても待ち続けるわ!」

「そんなに待たせないよ!でもそれなりに長い時間をくれ。少なくとも2ヶ月は考えたい」

「2ヶ月…」


 「いつまでも待つわ」と言ってみたもの、慈美子はそんなに長くは待ちきれなかった。しかし、その気持ちを噛み殺し、なんとか自分を納得させた。


「じゃあ5月ね!」

「ああ。今からちょうど2カ月後の5月20日に必ず返事を出す。それまでも今までと変わらず友達でいてくれるか?」

「勿論よ!これかからも変わらず普通に接するわ!例えその後フラれたとしてもね」


 それを聞いた関都は安心した様子だった。慈美子と関都はお互いに優しい表情になり、城之内達の所へ戻って行った。

 その後、慈美子は先生に滅茶苦茶怒られた。城之内が先生に言いつけたのである。あんな真似をしたのだから、怒られるのは当然である。しかし、慈美子には後悔はなかった。関都への告白についに成功したのだからである。


「ふふふ!今日も最高の一日だったわ!」


 慈美子は修学旅行にも持ってきている毎日欠かさず描き続けている日記を書きながら今日の告白を回想するのであった。


「うふうふ!返事が楽しみだわ!」

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