最終話 闇に踊る

「私はね、ああいうの、好きなの。とても。いけないことだけど……どうしようもなく、惹かれるの」


「時々、お金も貰わずにやることあるよ」


「意外とすっきりするんだ。背徳感というか、罪悪感がごちゃ混ぜになった感じで」


 春海さんは色々言っているけれど、僕には届かない。春海さんには、いや、春海さんだけでなく、全ての人はどこか綺麗な存在でいてほしかった。マリア様やお母さんみたいな、清く透き通った人でいてほしかった。


「幻滅した? 」と彼女は云う。


 幻滅したかと言われたら、幻滅したとしか答えられない。あの時の春海さんは不快で、汚い。

 僕は頷く。春海さんは「そうだよね」と軽く笑った。


「でもね、人間、案外こんなもんなんだと思うよ。どこか汚いところや嫌なところがあると思うんだ。それを器用に隠すか、不器用に見せつけるかの違い。結局は、どっちも自分」


 春海さんはそう言って乾いた地面をなで、僕に見せつける。右手のひらに付いた土汚れが妙に馴染んでいた。


「それで、彼は元気? 」


「……知らない。暫く出てきてない」


「話すことは? 」


「ないよ。何も」


 僕は段々と苛立ってきた。久しぶりに会った春海さんはすっかり変わっていて、彼の肩を持っている。それがめちゃくちゃに嫌だった。


「じゃあ、彼は———」


「うるさい! 」僕は叫んだ。


「何が、『どっちも自分』だよ! 僕はあいつのせいで、色んなものがめちゃくちゃになったんだ! 春海さんにはわからないよ。自分じゃない自分がいる苦しみなんて」


 言葉がとまらなかった。怒りが溢れて、頭をぐしゃぐしゃにさせる。


「いなければ良かった。何度もそう思った。あいつがいなければ、僕は今みたいな日々を最初から過ごせたんだ! 」


「夜を知らなくて、周りから嫌な目で見られて、死にたくなって、でも死ねなくて! 」


「あいつが起こしたことが全て僕にかかって、僕が僕として見られなくなって、苦しくて! 」


「いなければよかったんだ、あんなやつ! あいつがいなければ……」


 僕は叫び続けた。声が枯れるまで言葉を発した。頭も身体も感情にただ任せた。

 でも、春海さんが返したのは、たった一言だけだった。


「じゃあ、どうして泣いてるの」


 そう、僕は泣いていた。怒りに任せたはずなのに、とめどめのない悲しみが僕を襲った。彼を否定するたびに心が苦しくなった。


「その涙が、きっと彼なんだよ。彼も、君なんだよ。……もう、自分を否定しなくてもいいんだよ」


 何も言えなかった。涙が止まらなくて、嗚咽しか出なかった。胸が痛い。喉が熱い。でもそれ以上に、頬を伝う涙が僕にいろんなことを伝えてきた。二人分の感情が一つの身体にやってきて、そうして、僕はその温かさに気づいた。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 あれから、僕は集会には行かなかった。あそこに行くと、また彼を否定してくる気がしたから。

 周りの「姉妹」からとやかく文句を言われたけれど、僕は気にしなかった。僕は僕の判断で決めた、それだけで十分だった。

 春海さんとは時々会ったりする。といってもまだ彼女に慣れてなくて、ちぐはぐな会話だけど。それでも互いに笑って話せてはいる。

 そして彼は、あまり出てこない。夢で会うぐらい。その時は二人で色んな遊びをする。踊ったり、話したりする。悪いことが起こった日に限って、彼と夢で会って、僕が独りじゃないって気づく。

 

 そして、今夜も僕と彼は暗い路地裏で踊る。明かりも疎らで、彼も僕も光と闇を交互する。でも、構わない。彼が僕を守るように、僕は彼を守る。二人だけの秘密の場所で、僕らは闇に踊る。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闇に踊る 五味千里 @chiri53

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説