第5話 夜は綺麗で……

 女性は、春海はるみさんという名前だった。僕は、春海さんに少しずつ、事情を話した。僕の病気のこと、それが一日に一回出てくること、お母さんの宗教のこと。全て話してみれば、意外と大したことのないような、そうでもないような奇妙な心地になった。

 けれども前みたいに死にたい気持ちは無かった。それは、多分、春海さんが僕の話を黙って朗らかに聞いてくれたからだと思う。

 春海さんは言った。

 

「つらかったね……」

 

 春海さんは泣いていた。その綺麗な顔立ちに清らかな涙がすぅっと流れて、僕の心をざわつかせる。僕は思わず訊いてしまった。

 

「なぜ泣いているの?」

 

 春海さんは答えなかった。その代わりに少しはにかんで、僕の右頬に左手で触れる。僕は少し戸惑う。春海さんの眼差しは優しい。

 

「ねえ、カナタ君。君は、もう一人の君をどうしたい?殺したい?無かったことにして、やり直したい?」

 

「……わからない。けど、彼は泣いている。泣いて、怒っている」


 日が段々と落ちていって、世界が少しずつ暗くなる。僕は慌てて言った。


「逃げて!彼が来てしまう!君を傷つけてしまう」


 でも、春海さんは僕の手をぎゅっと握って、「大丈夫」と一言呟く。


 そうして、世界は闇に落ちる。


 暗くて静かな世界だった。地上からは光が溢れていて煩いけれど、空の明かりは静かで優しい。

 僕は暫く空の優しさに身を委ねた。

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