第2話 「サタン」は泣いている

 時々、夢を見る。といっても、夢というにははっきりしていて、そこではもう一人の僕が暴れている。


 昨日も、夢を見た。もう一人の僕が大声をあげて相沢先生に飛び掛かる。髪を掴んで、頬を張る。相沢先生は驚いて、もう一人の僕の肩を抑えるけど、彼は収まらない。手足をバタバタさせて先生を傷つけようとする。

 暫くしたら、異変に気づいた周りの生徒達が駆けつけて、もう一人の僕を三人がかりで相沢先生から引き剥がした。それを面白がった男子があと数人、もう一人の僕を囲む。そうしたら、彼の右足が誰かの腹に当たって、そこからは乱闘騒ぎ。暴れる彼と、抑える生徒、やり返す男子、そこに割って入ろうとする相沢先生、笑いを堪える人と、恐怖を感じる人。


 その間、僕は、もう一人の僕を眺めながら、必死に耳を塞ごうとした。でも、僕に身体はない。耳を塞げない。色んな声が反響する。僕がいくら謝っても声は止まらない。その中で一番大きく響くのは「サタン」の声。


「僕を見ろ!」


 彼は泣いていた。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕の夢に主はいない。いるのは「サタン」だけ。彼はいつも泣いている。彼は独りで泣いている。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 目が覚めると、太陽の声。僕がリビングに行くと、お母さんが座っていた。今日の朝食は、サラダと目玉焼きとご飯。綺麗な部屋に二つの目玉が煌めいている。

 お母さんは相変わらず柔らかい笑顔で僕を出迎えた。でも、僕の後ろめたい気持ちが顔をこおばらせて、口をついた。


「お母さん、一つ、聞いてもいい?」


 「なあに」と返すお母さん。笑顔はまだ柔らかい。


「お母さんは、サタンが嫌い?」


「……嫌いよ」


 お母さんは表情を崩さず答えた。でもその微笑みとは裏腹に、僕にはその言葉が酷く冷たく感じた。僕は笑顔を返して、お母さんの祈りを聞く。そして僕が「アーメン」と告げると、舌先が少しピリッとして、僕の心を少しざわめかせた。

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