平均的なイケメン

 なんてことだ。『がっかりイケメン』はいい奴じゃないか。

 鈴木は感動に言葉を失っていた。性格まで良いなんてずるいじゃないか――そんなひがみさえ生まれない。

 イケメンすぎる。圧倒的にイケメンすぎる。

 そうか。自分が生徒指導室を出てから、わざわざ、大崎の誤解を解いてくれていたのか。あ「第二ボタンをください」と大崎に口走ってしまった自分をカバーするために、あれは大崎に憧れる女友達(実在するとは到底思えないが)のためだった、とかなんとか言って。

 助かった。もう少しで、思わぬ形で平均越えを果たすところだった。

 ああ、いい人だ。いい人だ。藤本曽良は最高のイケメンだ。曽良と並んで廊下を歩きながら、鈴木はまるで夢心地だった。一緒に歩けることを誇りにさえ思えた。

 ちらりと横目で曽良を見る。もはや、後光が見える。

 自分は今、『がっかりイケメン』を尊敬している。カリスマだ。彼は『カリスマイケメン』だ。


「えりちんかぁ」


 三年の教室への階段をのぼっていたときだった。ふいに、曽良がつぶやいた。

 えりちん――坂本恵理のことだろう。よっちゃんこと、リーゼント・ラガーマンの想い人。どうやら、曽良と同じクラスの女子らしく、ラガーマンたちによれば、曽良に憧れているようなのだが……。


「藤本くんは、その気あるんですか?」


 階段を上りつつ、鈴木は遠慮がちに訊ねた。


「その気って?」

「だから、好き、とか、付き合いたい、とか……」


 鈴木は口ごもり、三年間履き続けている上履きに視線を落とす。自分で言ってて虚しくなった。言い慣れない単語の羅列に、つくづく自分とは無縁の話だと改めて思い知らされた。

 鈴木、十五歳。女性との交際経験はない。それで、学校のアイドルとどうにかなろう、と夢見るなんてやはり身の程知らずなのだろうか。


「ないよ」


 きっぱりと答えた曽良の声に、鈴木はハッとして顔を上げた。そして、思わぬものを目にする。悩ましげな曽良の横顔だ。


「藤本くん? どうかしたんですか?」

「いいや」ぽつりと言って、曽良は最後の一段をのぼった。ようやく三年の教室が並ぶ三階だ。「えりちん、俺に憧れてるのかぁ」


 廊下を前に立ち止まり、ぼんやりと曽良はひとりごちた。

 不穏な空気を感じて、鈴木は顔をしかめる。


「それが、どうしたんです?」


 いつものことじゃないのか、と鈴木は思った。女子からの憧れの眼差しなんて、曽良にとっては日光のごとく注がれる当然のもの。慣れっこのはずだ。なのに、なんだろうか、この曽良の雰囲気は? まんざらでもないような……。いや、そんなはずはない。たった今、付き合う気はない、と答えたばかりだ。

 戸惑いつつも最後の一段をのぼって、鈴木は曽良の横に並んだ。

 そのときだった。


「誘ったら、オッケーしてくれるかな」

「は!?」


 三年の廊下に、鈴木の驚愕の一声が響きわたった。


「誘うって、どういうこと……」

「えりちん、結構かわいいんだよ」


 曽良は腕を組み、にんまりと笑む。


「ちょ……」あまりに困惑して、ちょんまげ、と言いそうになった。鈴木はぶんぶんと頭を振って、気を取り直す。「ちょっと、待ってくださいよ! 興味ないんでしょう、坂本さんに。かわいいから、なんなんですか!?」

「ええ?」と曽良はジト目で鈴木を見つめ、むっと口をとがらせる。「そりゃ、かわいかったら遊びたいじゃない。付き合う気はなくても」

「付き合う気はないのに、デートするってことですか!? 相手の気持ちを分かってて!?」

「相手の気持ち?」


 わざとらしく小首を傾げる曽良に、鈴木は頭に血が上るを感じた。


「坂本さんは藤本くんのこと好きなんですよ!? それでデートなんてしたら、相手に期待させて……」


 鈴木はそこで言葉を切った。――なに語ってるんだ。そこまで経験ないくせに。


「とにかく、だめですよ!」

「遊ぶだけだよ~。なに、ムキになってるのサ」

「遊ぶだけ、て……じゃ、なにする気なんです?」


 確かに、過剰反応しすぎかもしれない。鈴木は高ぶる気持ちをぐっと抑えた。

 同じクラスの女子なんだ。ボーリングとかカラオケとか――自分には経験はないが――友達として行ったって不思議じゃない。

 つい、イケメンだから、と遊び人と決めつけてしまう。だめだよな。曽良はいいイケメンなんだ。カリスマイケメンだ。まさか、遊び人なんてこと、あるわけが……。


「あんなことや、こんなこと、さ」


 はっはっは、と悪代官のように怪しく笑って、曽良は歩き出した。


「あ、あんなことや、こんなこと……!?」


 鈴木の顔が真っ赤に染まった。あんぐりと開いた口がふさがらない。

 ぴしっと何かがひび割れる音がした――気がした。


「さっそく、探して誘おう。六時に、駅前の公園で待ち合わせかなぁ」


 遠ざかっていく曽良の背中。そこに、もはや後光はなかった。鈴木は愕然として、その背中を見送った。

 なんてことだ。自分は間違っていたのか。


「結局……ただのイケメンなのか?」


 『がっかりイケメン』――その意味がようやく見えた気がした。

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