【後日談】 清楓

 

 二人は走った、明るい方を目指して。


 とにかく、人目のある所に行くのが良いという判断だったが、なんだかどんどん人気のないところに誘導されているような気もする。

 二人はいったん道の脇の茂みに飛び込んで息を潜める。三人の男がその前を走って行った。


「お兄ちゃんに連絡する」


 真友まゆは手早くメッセージを打ち込む。

 すぐに返信が来た。


『護衛の三人と連絡が取れなくなったので、警察の応援を要請している。僕も向かっている。なんとか無事に』


 二人でそのメッセージを覗き込む。


「護衛ってなんの?」

「あなたのよ」

「なんで?」


 清楓さやかの瞳が少し揺れた。真友まゆはきゅっと唇を噛む。


「あなた、以前も誘拐されてるじゃない」

「あの人達、捕まったんでしょ?」

「後で説明するから、早く逃げましょう」


 二人は茂みから滑り出ると、元来た道を引き返すように走る。

 後ろから、聞き慣れない異国の言葉が聞こえた。


「ああもう、しつこいわね」


 走って逃げるより、どこかに隠れてやり過ごした方が良さそうだった。遠くから、警察車両のサイレンが聞こえる。

 建物と壁の間が狭い場所があり、二人はそこに潜り込むと、暗闇に身を隠す。だが、簡単に見つかってしまった。非接触テレパスがいるのかもしれない。二人は反対側にすり抜けると、ひたすら走る。潮の匂いがして、二人の足が止まった。


 行き止まり。その先は真っ黒な海。

 振り返ると五人の男達が立っていた。

 じりじりと距離を詰めて来る。


 真友まゆの脳裏に、過去の惨劇の残像が思い浮かんだが、その幻影を気合で振り払うと、ぱっと清楓さやかの両脇に手を入れて、彼女をえいっと持ち上げた。


「えっ!?」

「ごめんね清楓さやか、海じゃない事を祈って。先に家で待ってて」


 ふっと、少女の姿が消えた。真友まゆは物質テレポーター。距離半径二キロ範囲に、手で触れた物をランダムに飛ばす事が出来る。重量の最大値は、彼女が持ち上げる事が出来る重さまでだ。

 囲んでいた男達は悲鳴にも似た叫びをあげたが、気を取りなおすと別の手段を思いついたようで、真友まゆに向かって再びにじり寄った。



「……はっ、真友まゆ!?」


 清楓さやかは、何処かのビルの屋上、一メートル上空に転移し、そのまま降り立っていた。

 屋上からビルに入る扉は施錠されていたが、彼女はいつもの一メートルのテレポートで、扉の向こう側に移動し、急いで階段を駆け下りる。


「ここどこだろ、どうしよう、真友まゆはどうなったの」


 震える手でメッセージを打ち込む。既読は付かない。

 

「誰か、誰か助けて、どうしよう、私どうしたらいい、落ち着いて私」


 立ち止まり呼吸を数度ゆっくりすると、電話をかける。


富沢とみざわさん、助けて、お願い、出て」


 コール音が続く。十数回待ったが、反応がない。諦めて切ると同時に、メッセージの着信音がして、ビクっと体が震えた。


真友まゆ!」


 親友のアドレスから送られたそれは、彼女からではなかった。縛られ、床に転がされる長い髪の少女の写真と、一人でこの住所まで来いという指示。

 さーっと血の気が引いていくのがわかった。ふらついて、危うく階段を踏み外しそうになる。


「……行かなきゃ」


 頭を振って、ぎゅっと前を見据えると、再び階段を駆け下りる。

 清楓さやかにとって、真友まゆは特別だ。彼女以上の親友はいない。辛い時は支え合い、嬉しい事は分かち合って来た。二人で一人であるような、気さえするのだ。


 狙われていたのは自分なのに、彼女を巻き込んでしまった。自分を責める気持ちが、目の奥から涙を押し上げる。ポロポロと雫が落ちてしまうが構わず彼女は地図を見て、必死に目的地に向かった。


 周囲は知っているのに自分だけが知らない事がある、という事に少女は今更ながら気づいた。でも優しい皆が、意地悪でそうしていると思う訳がない。皆が自分を守るため気を配ってくれていたのだ。いつもと変わらぬ普通の日常を送れるように。


 でも……教えて欲しかった。


 真友まゆは来るなと言うだろう。だが、行かないという選択肢は彼女にない。

 警察車両のサイレンが聞こえる。助けは近くまで来てはいるのだ。


 目的のビル。四階建てのその上に、人影。

 その端に追い詰められている人物が見えた。


「と、富沢とみざわさん!?」


 彼は真友まゆのGPS情報を追って来ていたのだが、いつものように単独行動をしてしまったため、銃口を向けられ追い詰められるという失態を演じてしまっていた。

 もちろん、いくつもの運の悪さも重なって、だ。


 たとえば身を潜めて様子を伺っているタイミングで、清楓さやかからの電話の着信音が鳴ってしまった事とか。いつもなら切ってるのに、この時だけたまたま切り忘れていた。


「やだやだやだぁ! やめて!」


 清楓さやかの叫び虚しく、轟く銃声。

 体が、弾かれたように屋上から押し出された。


 少女はその場面に頭が真っ白に。

 何処を撃たれたのかはわからないが、この高さから落ちれば確実にそこには死が待ってる。


 その落下はスローモーション。


 そう見えるのではなく、実際にゆっくりだった。富沢とみざわの体は落ちるのではなく、まるで羽根が舞い降りるように下ろされる。やがて地面にフワリと横たわった。


 清楓さやかの能力は、”自身テレポート一メートル、念動力テレキネシス推定二キログラム、Cランク”、となっていたが実際は、最大値不明のAランク。彼女は無意識に力をフルに発揮していた。


 地面に倒れる男に向かって、少女は駆け寄る。

 彼は左肩を撃ち抜かれており、手で押さえ脂汗をにじませながら、起き上がろうとしていた。


「日夏君、君……!」

富沢とみざわさん、ごめんなさい、ごめんなさい」

「なんで君が謝るんだ、大丈夫だから泣かないで」

「これ、夕べのお礼とお詫びですっ」


 このようなタイミングで、小さい紙袋を押し付けられ、男は狼狽した。


「私、真友まゆを助けに行かなきゃ」

「ダメだ! 行くな、力を使っちゃいけな……」


 言葉は最後まで届く事無く、少女はテレポートした。一メートル先に彼女の姿はない。


「日夏君……! だめだ、だめなんだ、君はっ」


 体を起こす。激痛が走る。


「くぅ……っ」


 銃声を聞きつけ、警察官が集まって来た。


「僕の事はいい、早く救助に! あのビルだ」


 六人の警察官がビルに向かって走って行くのを見送りつつ、彼もなんとか立ち上がろうとしたが、残った警察官に抑え込まれ制止されてしまう。


 清楓さやかは屋上にテレポートしていた。突然現れた少女に、男達はぎょっとしたが、即、銃口を向ける。彼女は一切怯まない。


真友まゆはどこ?」


 男達は目配せをし、そのうち一人がビルの内部に消えたと思うと、縛られた少女を連れて来た。銃口は、長い髪の彼女に向けられる。


「とりあえず、リミッターを付けてもらおうか」


 男の手には、手錠型のリミッターがあった。清楓さやかは大人しく、腕を差し出す。

 猿ぐつわを噛まされた真友まゆがモゴモゴと、「だめ!」と言ってる。

 少女の細腕に手錠がかけられ、リミッターが作動した。男達は笑って、二人の少女を連れて行こうとしたところ、警察官が到着した。

 舌打ちをした男は、改めて銃口を真友まゆの頭に押し付け、警察官に顎を使って、「どけ」と指示する。警察官も銃を抜いていたが、少女の命が優先である。素直に道を開けた。


 清楓さやかは非接触テレパスの存在を警戒し、ずっと心を無にしてチャンスを待っていた。階段は狭い。二人が並んで通るのがやっとだ。銃を持った男は、真友まゆと並んで清楓さやかの目の前を歩いている。その男が階段を数段降りた所で、彼女は渾身の蹴りを、男の後頭部に見舞った。

 男は異国の言葉の叫びをあげながら転げ落ち、手から離れた拳銃は更に下の階に向けて落ちて行く。


 続けて彼女は、親友に覆いかぶさるように庇うと同時に、腕に付けられたリミッターを吹き飛ばす。彼女の力は、この程度のリミッターでは抑え込めないのだ。


 キッと強い眼差しで顔をあげると、少女は他の男達をAランクの超能力で押さえ付けた。持ち上げる力があるなら逆方向、地面に向けて抑え込む事だってできる。彼女はとにかく超能力の使い方が器用だったから。

 重力が何十倍にもなったのか、それとも天井が落ちて来たのか。男達は見えない力に押しつぶされ、床や壁に苦悶の表情で張り付けられた。


 警察官が急いで降りてきて、抑え込まれた男達に次々と手錠がかけられて行く。

 全員が警察の制圧を受けた事を確認してやっと、少女は力を抜いた。

 続けて親友の縄を解く、彼女につけられたリミッターも壊して外した。


 少女二人はそのまま抱き合って、わんわん泣きながらお互いの無事を確認し合う。二人とも、何に対してなのか、ごめんねごめんねと謝り続けながら。


 ひとしきり、泣きながら抱き合っていたのだが……。


 やがて清楓さやかの腕の力が緩み、体重が真友まゆにかかる。


清楓さやか……?」

「……あたま、いたい……」


 長い髪の少女は蒼白になった。

 恐れていた事態だった。


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