番外編
【後日談】 窪崎
「えーーー!!」
「三日前になってから言うなんて、ひどいの!」
彼女が高校三年になり、そのお祝いのデート。今日は水族館に行き、ジンベエザメの大きなぬいぐるみを買ってもらって、ご機嫌で帰宅したマンション前での出来事である。
送ってもらい、別れる間際になって、男は報告したのだ。
「半年なんて長いよ……」
ぬいぐるみを全力で押しつぶすように抱きしめて、少女は俯く。
「すまない、急に決まって」
決まったのは一か月前だったが、言い出しにくく。だが流石に黙っているのも限界で、今頃になってやっと彼女に伝えたのだ。
アメリカに行く。
その理由は、
彼女の病気の進行度、表見はしていないがAランクの超能力。それに対応したリミッター開発を、秘密裡に、かつ急がなければならなかった。
アメリカに戻ったライザが、母校である大学の研究室で環境を整え、準備をして待ってくれている。
少なくとも、半年はあちらに滞在する必要があった。
マンションの前を塞ぐように、いつまでもここにいる訳にはいかなかったが、このまま帰ってよい雰囲気でもなく。だからと言って、一人暮らしの彼女の部屋に行くのは、今の彼には厳しい。まだ彼女は十八歳になってはいない。うっかり手を出そうものなら、条例違反に法律違反である。だが、日に日に愛しさを増す彼女を前にして、我慢できる自信がなかった。
だが、そんな男の心情など、彼女に想像できるはずもなく、顔を上げた
「とりあえず、上がって? ちゃんと理由が聞きたいし」
拒否する事もできず、彼は諦めたように、自動ドアに向かう彼女の後ろについていくしかなかった。
部屋に入ると、
コーヒーを持って戻った
彼女はカップをテーブルに置くと、ぬいぐるみをパッと持ち上げ、対面ソファーに置きなおし、自らが
そっと
黒い瞳と、黒い瞳の視線が絡み合う。
「なんでアメリカに行くの?」
ライザさんがいるから? と、脳裏をよぎってしまい、チクリと胸が痛むが、口に出して頷かれたら、立ち直れない気がして、その言葉を飲み込む。
「今の研究に、どうしても向こうの施設が必要で。日本にはまだ入っていない機材があるんだ」
「そっか」
それだけ? と、思った。隠しごとをされているような気が、すごくする。その隠し事が何かわからず、不安が募る。
だがデートをすると、温度差を感じるのだ。自分の好きと、彼の好きは何かが違うと。
――子供っぽいのかなあ。
「
男は少し姿勢を変えて、少女に体の正面を向けた。
「俺の名前を呼んでみろ」
「へ?」
彼女は未だに、彼をポチと呼んでいた。すっかりそれで馴染んでしまい、今となっては変えにくかったからだ。
一気にその頬が染まる。そして口ごもる。
「……」
「言えないか?」
「ま……
もじもじと真っ赤になりつつか細い声で、彼の名を口にした。男はふっと笑って、彼女をぎゅっと抱きしめる。小さめの彼女を抱きしめると若干覆いかぶさるようになり、髪の香りが間近にする。
その髪に軽くキスをする。チュッと軽い音がして彼女は自分の髪にキスをされた事を知り、ピクッと震えた。
心臓がバクバクと踊りまくって、身体までも振動してしまいそうになっている。何故こんな状況になっているのか、何故こうされるのかわからなくてひたすら混乱する。また、誤魔化されるのか!? と、彼女は強く警戒した。
「俺の気持ちを伝えるから、受け取ってくれ」
腕に更に力が籠められる。と、同時に彼の言葉が送られる。
『愛してる、誰にも渡したくない』
言葉は発した瞬間空気に溶けて、若干薄まるという。だからありがとう等という感謝の言葉は、頭で考えている事の三倍を口にして丁度良いと言われる。
しかし接触テレパスの伝えて来る言葉は、薄まる事なくダイレクトに飛び込んで来るのだ。
熱い、と彼女は思った。灼けるように、彼の思いが熱い。そんな熱が自分の心の温度も跳ね上げる。
――ああ、あの温度差は。私の方が、低かったんだ。
彼女が見上げると、
「とまあ、こういう感じで……」
彼は少女から手を離し体を離す。
離れても熱が残ってる。彼の体温が。
心の熱はそのまま沸々と、
男は逃げる。
少女が追うを繰り返し、ソファーの隅に
大人の余裕を見せなければ。彼はそう思った。
―そうだ、素数を数えよう! 因数分解がいいかな!?
数学が得意中の得意のはずの
目を閉じて必死に別の事を考えようとしていたが、不意に彼女が体を離したので、恐る恐る目を開けると、
少女の顔は、あっという間に泣きだす顔に変わった。曇りのち、雨。
「離れ離れは、寂しいよ……今もあんまり会えてないのに」
ポロポロと涙が膝に落ちて行く。
「すまん……」
ひっくひっくと、しゃっくりを伴いながら彼女は泣く。
その様子は随分と子供っぽいが、愛おしい。とにかく、愛おしいのだ。
男は静かに
「ポチ……?」
「まだポチって呼ぶのか」
これ以上、ポチと呼ばせてなるものかと言わんばかりに、
これが
びっくりして目を見開いたまま。だが、涙は止まる。
「目ぐらい、閉じろよ」
混乱した少女は慌てて、今頃になって目を閉じる。
「なんだそれ、誘ってるのか?」
「ちがっ……」
悪い大人モードの
先ほどの優しい微笑みは何処へやら。ニヤリと笑うと否定しようとする彼女の唇を再び塞ぐ。
二度目のキスは大人向け、である。
しばらく
熱っぽい目で見上げられて、
「俺が戻る頃には、十八歳になってるよな?」
「……うん」
「待っていて欲しい。浮気、するなよ」
「それはこっちのセリフだしっ!」
ぷんすかという子供っぽい怒り方をする少女を見て、男は意地悪そうな微笑みを向け、もう一度口づける。三回目は、最初と同じ、触れ合うだけのキス。だけど。
『愛してる、心から。ずっとおまえだけでいい』
唇越しに熱い心を再び叩き込まれて、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます