最終章 一匹狼は群れたがる

第1話 誘拐


 窪崎くぼざきがいつまで経っても戻ってこないため、二人の少女は流石に待ちくたびれてしまった。


「先に帰っちゃおうか?」

「伝言を残しておけばいいかしらね」


 事務局を覗き込み、事務長の坂崎という女性に顔を見せると、彼女は真友まゆの顔を見て本当に喜んでくれて。そして、二人は前回来た時、聞こうと思っていたことを思い出し、あの謎のマスコットについて質問してみた。


「あらまあ、覚えてらっしゃいませんか。そうですね、まだ三歳でしたもんねえ」

「え? 私が関係あるの?」

「お嬢様が描かれたキャラですよ、あれは」

「えーーーー!?」


 病院に子供達のためにマスコットキャラを、という事になったときに、清楓さやかがこれがいいと、描いて持ってきたイラストを、プロの絵本作家に清書してもらったという。


「じゃあ、結局アレは何の動物なんだろう」

「お嬢様がわからないとなると、誰もわからないでしょうね」

清楓さやかったらもう」

「頑張って思い出しておく……」


 坂崎は優し気に微笑みながら、清楓さやかに告げる。


「この病院は今年で創立十八年。それだけでもう、院長があなたをどれだけ、大切に大事にされているかおわかりでしょう? スタッフもみんな、お嬢様のこれからの健やかな成長を見守ってますからね」


 慈愛に満ちたその顔を見て、少女は思う。なぜ自分は、一人ぼっちだと思ったのだろうと。両親がおらずとも、今までどれだけ周囲に大切にされてきたか。当たり前のようにあるものというのは、あって当然になってしまって、逆になかなか気づけないものだと、清楓さやかは、やっと理解した。


 祖父とはまた改めて、しっかり話をしてみようと思い立つ。一緒にご飯も食べに行きたいし。



 坂崎に、院長室にいる窪崎くぼざきが帰る時、二人は先に帰宅したと伝えて欲しいと頼み、少女達だけで駅に向かって歩き出した。

 時刻は夕暮れ。冬の夕焼けは赤くて美しく、影は黒く濃い。西に向かって歩いているので、とにかく眩しくて、太陽を見ると緑の残像が見えてしまう、そんな時間帯。


 歩行者に配慮するように、隣をゆっくり走っていた自動運転車のスライド式のドアが突如開き、清楓さやかは一瞬でその中に引き込まれた。悲鳴を上げる事もできず、真友まゆが目の前で起こった出来事を理解したときには、車はスピードを上げて走り去ってしまい、逆光でナンバーを見る事すら叶わなかった。


「え!? え、清楓さやか!?」


 数度まわりをキョロキョロ見たが、追いかけるすべもなく、真友まゆは、病院に向かって引き返し、走りながら富沢とみざわに電話をかけた。すぐに出てくれた事に、安堵しつつも叫んだ。


「おにいちゃん!! 清楓さやかが、連れていかれたの! 車に無理やり引きこまれて」


 すぐに対応するという返事をもらいながら、必死に病院に駆け戻り、その事を坂崎に伝えると、彼女は慌てて院長室に内線を入れた。窪崎くぼざきと院長が急いで事務局に降りて来たのを見て、窪崎くぼざき真友まゆすがりついた。


「ごめんなさい、私、隣にいたのに、何もできなくて」


 わーんと、子供のように泣き始めた真友まゆを慰めながら、男は院長と顔を見合わせるしかなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「未成年の誘拐事件発生、緊急配備を要請する」


 警察の協力を要請し、管理局でも超能力関連の誘拐事件として、すぐに各種対応を指示する。一通りのやるべき事を終えると、真友まゆ窪崎くぼざきの待つ、柏ひなつこども病院に向かった。

 

 公務員のような国の手足となっているだけの自分が今までずっと嫌だったが、このような時は、組織の存在と公務員という立場が心強くて頼もしい。

 ずっと、纏わりつくしがらみと考えてしまっていた事が恥ずかしくなっていた。

 組織が組織として動くには、ある程度の縛りは必要不可欠なのだ。



 真友まゆはしくしくと泣いていて、富沢とみざわの姿を見つけると駆け寄って抱き着き、わんわんと泣きじゃくる。彼は少女の長い髪を静かに撫でて慰めながら、傍にいた窪崎くぼざきに目線を向けると、彼は蒼白と言っていい顔色で、するべき事も思いつかずという体たらくであった。


「彼女が攫われた理由に、心当たりは?」


 真友まゆを胸元に置いたまま、顔は窪崎くぼざきに向けて問いかける。


「もし、犯人がライザ達なら、心当たりはある」

「どういう理由だ」

「あいつらはAランクを作りたがっていたが、薬は見た目だけの一時的なものだ。手っ取り早くAランクのデータを集めようとして、ヴィルケグリム症候群の患者の、脳内の超能力細胞の多さに気付いたのだと思う」

「あの子を実験台にするつもりなのか!?」

「可能性はある。現在の患者のほとんどが薬で進行が抑えられていて、薬の効かない重症患者はすべてこの病院に集約されていたが、清楓さやかは別の病院を受診してしまったから」

「あの病院から漏れたのか……」


 悔しそうに富沢とみざわは唇を噛む。


「身代金目的の誘拐と違って、相手からのこちらへのアクションは期待できないか」


 小樽阪上研究所の関連施設は湾岸倉庫しか見つかっていないし、小樽の方の研究所もすでに、誰もいない状態だという。

 今はとりあえず、警察の捜査網にかかるのを待つしかない形になってしまった。富沢とみざわはいったん局に帰り、対策を立てる事となり、窪崎くぼざきは病院に待機し、研究所の元同僚達の助けを借りつつライザの行方を追い、真友まゆには帰宅を促したが、断固として譲らず、彼女も病院で続報を待つ事となった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 車の中に連れ込まれた清楓さやかは、薬で眠らされている。

 ぐったりと眠る少女を膝の上に置き、ライザは前を見据え両脇を研究員の男が挟み込む。


「この子だけいても、どうにもならないわよ?」

「あんたはやたら、あの男にご執心みたいだが、薬のテストをするのに、理論はいらないからな。とりあえず今回はデータさえ取れればいい」


 流石のライザも、窪崎くぼざきの場合と違って、未成年を連れ去るのは、行きすぎだと感じていた。


「未成年を誘拐して、ただで済むと思ってるの」


 右隣の痩せ型の眼鏡の男が言う。


「早く結果を出さないと、切り捨てられるだけだ。今月中に結果を出さなければ、研究所への資金援助が打ち切られる事になっている。こっちは切実なんだ」


 それに中年の髭面の男が続ける。


「Aランクが、どのような能力なのかというデータが取れるだけでもリスクを冒す価値がある。今まで誰も調べていないからな。もう資金の話だけではない。この子供は、我々の知的好奇心を満たしてくれるはずだ」


 まるでカルト宗教の信者のように見開かれた瞳孔は、狂気を帯びていて、見ている者に寒気を感じさせる。

 説得は難しいと知り、ライザは考える。このままだと自分も犯罪者として逮捕されれてしまう。


――こんな計画に、私は無関係だ。


 目的地についたら、こいつらと別れてさっさと通報し、自分はこの犯罪に関わっていない事をアピールして、逮捕は免れたいと考えていた。


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