第6話 冒険者


 院長室の中で、研究者と医師というそれぞれの立場と視点から、未開の地へ向かう冒険者は、モニター画面を見ながら長い時間、思索の旅をしていた。

 年の差はあれど、二人の目的地はどうやら、同じようだった。


「……そうなるとヴィルケグリム症候群は」

「この病気は、胎生期の神経幹細胞が、成長後も残り続けるものだ。つまり、細胞は分裂し続ける。通常の脳細胞が別の細胞に変性しているわけではなく、超能力に関わる脳細胞が増え続けて行く、ある種の癌のようなものかもしれない。分厚くなりすぎて、既に存在する皮質を圧迫するのだろう」

「では清楓さやかは」

「すでに運動障害が出ている、最終手段としては切除だが、難しいだろうな。厚みを増していると言っても、ミリ単位では」

「ここに、超能力を無理に使うと一時的に超能力に関わる脳細胞が焼き切れて減少する、という研究結果があります。もしや患者の脳内出血の原因はこれなのでは」

「ほう……これは君が調べたのかね」

「はい」


 窪崎くぼざきの研究データのバックアップのプロテクトはすでに彼の手で解かれ、今はそのデータを前に二人は議論していた。


「だがそうなると、今の清楓さやかの状態は、Aランクの可能性……という事はありませんか」

「可能性はある」

「その状態で、一気に超能力を使うと」

「大量出血するかもしれない」

「リミッターがいりますね」

「Aランクに耐える物がな。君は作れるか」

「作ってみせますよ」


 お互いが強い目線を交わし合った。


「出血しない程度にうまく超能力を使うように誘導して、脳細胞を焼ききって減らす事が出来るなら、移植手術なしでも、完治とはいかないまでも寛解させることは可能では」

「その方向性は良いが、時間がかかるだろう」

「最初の一歩がなければ、二歩目はありません」


 時間を忘れて議論を続ける二人の元に、検診を終えた清楓さやかの結果が届く。気になっていたのか、老医師は間髪入れずに、内容を確認する。


「しかし何故こんな急に、検診を受けたいと言い出したのだろうか、あの子は」

「昨日倒れて、救急搬送されたと聞きましたが」

「……何処の病院に運ばれただろうか」


 老医師の表情に、多少の不安の色が浮かぶ。


「今までうち以外では診せた事がない。超能力の脳細胞層が厚いという事がわかると、大抵の医師なら、Aランクの可能性を考えてしまう。患者の情報を外に漏らすような病院でなければいいが」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 河川敷に数人の警察官が集まり、規制線を敷いての後処理に追われていた。


 首輪型のリミッターは、回収直前に爆破されてしまい、一人の負傷者を出してしまっていた。あれが首に装着されたまま爆発していたと思うと、流石の富沢とみざわもゾッとする。証拠品は失ったが、破片の回収でなんとかなるだろう。

 と、言うか、何とかしてやろうと彼は考える。


「罪状に、公務執行妨害もつけてやるか」


 残りの処理を部下に任せて、局に戻ろうとしたところ、窪崎くぼざきからの連絡が入り、少し思う所もあったが電話に出ると、開口一番に聞かれたのは、昨日の清楓さやかが救急搬送された病院は何処なのかという。


「都立梅沢東総合病院だ。担当医師は大久保とか言ったかな」


 それを言い終えると、短い礼のみで電話は切れた。


「何なんだ、あいつ」


 しばらく電話を見つめてしまう。

 そこに部下が声をかけて来た。


富沢とみざわさん、湾岸倉庫の方ですが、すでに撤収が終わっていて、何も見つからなかったという連絡が入りました」

「随分とフットワークが軽いな。逃げ足が速い」


 次に行くべき場所は何処だろうかと考えている所に、再びの着信で、東京区内での暴走事故の連絡が入り、舌打ちをする。


「手の空いてる奴、次の現場に行くぞ」


 PSI管理局サイかんりきょくの少ない人員が、こんな事で振り回されていると、なかなか調査の方に時間が取れなくて困る。もしや、市中への薬のばら撒きは、それも狙っているのだろうかと。


「とりあえず薬物関連を片付けてしまえば、多少は平穏が取り戻せるだろう。もうひと踏ん張りだ、頑張れ自分」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 病院の待合室は、小児科という事でおもちゃや絵本の類がたくさん取り揃えられている。少女二人は病院に来ている小さな子供達の遊び相手をしながら、窪崎くぼざきの話が終わるのを待っていた。


 真友まゆは趣味の手品を子供達に披露したが、どうせ超能力なんだろと、子供達はその手技を認めてくれず、ちょっとおかんむりだ。

 まぁまぁと、清楓さやかは慰める。


「そういえば清楓さやか、検査結果は聞かないの?」

「今まで見せてくれたことないよ?」

「え!? そうなの? 意味無くない??」

「そ、そうかな。ずっとそうだったから気にしてなかった」


 真友まゆは少し悩んだが、自分が知っている事は伝えない事にした。病気であることを知ると、途端に病人らしくなってしまう人は多い。健康診断で癌が見つかった人等は、それまで元気いっぱいだったのに、治療が始まる前から、いかにも癌患者という衰弱をしてしまったりする。

 清楓さやかは体の動かし方が不器用だが、本人は自分が鈍いだけだと思っているし、進行してると聞いても本人には気を付けようがないのだから。そういう事もあって、あえて知らされていないのかと感じたのだ。


 真友まゆはずっと進路を悩んでいたが、自分の受けた手術の事もあり、医療の道に進みたいと思い始めている。できれば親友の、病気を治せる医師になれたらと。

 言うか言うまいか悩んだが、自分のやる気を引き出すために、勇気を出して清楓さやかに、医療の道に進みたい夢を伝えてみた。


「お医者さん? 看護師さん?」

「医師かな。清楓さやかは将来どうするの?」

「私、超能力の研究をしてみたいな」

「あの人の影響かしら?」


 少女の顔が、ボッと火がついたように赤くなる。もうそれだけで返事になってしまっていて、彼女は言葉では何も答えなかったが、親友はニヤニヤしている。こういうところがお嬢様らしくないのだが。

 そして、何かを思い出したように表情を改める。


「そういえば、おにいちゃんはどういう存在なの?」

「助けてくれる大人の人?」


 長い髪を揺らし首を傾げ、真友まゆは顎に手をやって考える仕草をした。


「あなたって、結構、罪深いわね」

「なんで?」


 きょとんとした顔をする清楓さやかに、彼女は満面の笑みを向ける。


「私、どっちにも渡したくないわ。清楓さやかは私のもの!」


 がばっと抱き着いて、猫のようにすりすりと甘えて来るから、清楓はくすぐったくて、けらけら笑ってしまい、通りすがりの看護師さんに叱られてしまったという。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る