死人に口なし

死人に口なし

著・四百文寺 嘘築

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921642975


 生きてる親に会うのが怖くて葬式巡りをしてきた捨て子の男が、偶然父の葬儀で会った少女と心の歪みをほぐす物語。


 読後は、霧が晴れたような気がした。

 だから喫茶店の名前は「Sunny Kiss」なのかと思った。

 嫌いと言いながら、自己否定で自己紹介を語るプロローグから始まる。親に捨てられた主人公は六歳まで養護施設で育ち、子宝に恵まれなかった初老の夫婦に引き取られ、不自由なく育ち幸福だと思っている。にもかかわらず、出生の異常から考え方がひどく凝り固まり、「年齢の割に大人びすぎていて気持ち悪い」と言われてきた。

 それは過去のことで、主人公は現在いくつなのだろうと考えながら読んでいく。

 現在過去未来という話の流れで書かれている。

 冒頭の読経シーンで、主人公が「中学生くらいの少女」とわかったのはどうしてなのだろう。このときにはすでに彼女と面識が会ったからだ。

 セリフで嘘をつけても行動では嘘はつけない。なので、読みはじめたときから主人公は大人だと思ったのだけれども、文章からは大学生ぐらいにしか感じられなかった。自己弁護的モノローグのせいかもしれない。

 描写があるようで説明的な感じ。

 受付の三人が「三十代くらいの男女と、五十代後半くらいの女」とあるけど、どこをみてそう思ったのだろう。

「あくまで堂々と受付へ向かう。よそよそしくする必要はない」と書かなくても、男の行動を描写すればいい。そうすれば歩き方の癖が読み手にもわかるけれども、その書き方を一人称でするのは難しい。工夫が必要。主人公が自分の癖を知っていて身体が左右に揺れてる自覚があるとか、ときどき深く呼吸するシーンをさりげなく入れておけば、女子中学生から部外者だと指摘されて焦りがわかりやすくなる気がする。

 ギクリとかズンズンとか、使われているオノマトペはシーンに適した表現なのか主人公が使うにふさわしいか、読みながら考えてみた。

 使い古された表現に感じる。ボキャブラリーが少ない主人公だとみることもできるけれど、年配に思えてくる。でも彼は三十歳。

 また、全体的にオノマトペの装飾が多いと幼稚さを感じてしまう。

 幼児さをもった三十歳でもいい。そんな彼は、老若男女が訪れるであろう喫茶店経営のオーナー。仕入れ業者は顔なじみで固定客は年配が多いだろうけど、接客業なので言葉遣いには気をつけているはず。仕事のオンオフを使い分けているかもしれないけれど、ふとした瞬間に現れてしまうのは普段の素の姿だ。

 異質ないびつさが、彼のひととなりをうまく表現できているかも知れない。

 葬儀は自分の父親「茶図真矢」のものだとわかったとき、葬式巡りをしてきた理由と彼の心の歪みが明らかとなる。

 亡父のかつての担当編集だった女性との会話からは、異質さを感じなかった。むしろ年相応に思える。自分の父親の葬儀だったことを知ってから特にそう感じた。元担当編集だった彼女の話し方が、彼を彼女より年下に思わせている。また、昔話を話すことで彼自身の心の歪みが解されていったのだろう。

 彼女も彼に話すことで、心のつかえが取れたに違いない。互いに好感を持ちながら仕事上の付き合いだけで結婚もしなかった。その思いは誰にも打ち明けられずにいたはず。

 こういう場面で女は泣かない。強いから弱音を吐ける。男は、弱いから強がって泣いてしまう。でも本当に辛いのは女だから、男は聞いてあげて褒めて励まさなくてはならない。彼はそれができている。つまり、このときの彼からは歪みを感じず、普通な大人に思える。

 彼と似た境遇の彼女、井熊友は彼が亡くなった父親の子供だったことを知っていた。葬儀巡りで現れた彼を見たとき、歩き方の癖が似ていたことと右目が一重で左目が三重、何となくの面影から気づいたという。以前から息子がいる話を知っていたから、気づけたのかも知れない。

 彼女が泣けたのは、子供だから。先程、泣いたのは彼だった。立場が変わって表現されている。

 このお話には表の主人公と裏の主人公が登場し、三部構成になっているのではないかと考えた。第一部は他人の葬式に出席する表の主人公について。第二部は表の主人公が過去を知る者から歪みを解いてもらう。第三部は裏の主人公が表の主人公から歪みを解いてもらう。二部と三部は繰り返しの構造だ。

 フランス哲学者ジョセフ・ジュベールは、「教えることは二度学ぶこと」だと言った。自らの知識・経験を他人に教えることは結局は自分が学ぶことに繋がっていく。

 教え学ぶの繰り返しで、歪みは解かれていくのだろう。

 いろいろ考えて作られている作品だと思った。

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