君の感傷に絆創膏

君の感傷に絆創膏

著・飴月

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917911301


 絆創膏でつながる、心の傷が見える根岸さんと毎日全身傷だらけの優等生柳くんの物語。


 読後、ホッとするようなお話だった。

 現在過去未来のお話の流れで書かれている。

 冒頭のやり取りから、いつものように予鈴ギリギリで登校してきた柳くんは今日も傷だらけで、いつも敬語で話し、彼の星座が天秤座なのを主人公の根岸さんが知っていることがわかる。

 わかるけれども、冷静に考えて色々おかしい。

 なぜ彼は身体中ボロボロなのか。

 そんな彼に彼女は、なぜいつもどおりだと言って、占いの話をしたのか。いくらラッキーアイテムだからといって、絆創膏一枚では身体中ボロボロの彼の傷は防げないではないか。

 ようやく尋ねようとするも、なんでもないと質問を引っ込めてしまったのはなぜ? 

 そもそも「今日も傷だらけ」って、彼は毎日誰かと戦って生傷が絶えないのだろうか。

 彼はいくつで、この物語は異世界なのだろうか?

 いくつもの疑問を読者に抱えさせ、続きを読まそうとする展開はすばらしい。

 読み進めると、二人のやり取りをみていた噂好きの友人が、もしかして好きなのではと期待して声をかけてきた。

「違うよ」と振根岸さん。「私と柳くんね、誕生日近くて星座が一緒なんだ」と答え、占いが最下位だった日のラッキーアイテムがいつも絆創膏なので彼女は善意で彼に絆創膏をあげていると話し、「ところで、今日の英語の課題やった?」と話題をそらす。

 課題を忘れていた友人が自席に向かった後、彼女も自分の席に戻って「占いなんて見てないけど」とつぶやく。

 今日の占いで天秤座が最下位は嘘、そもそも見ていない。しかも、彼女の星座は天秤座ではない。すべては彼に絆創膏を渡すための口実だったのだ。

 不健康そうな真っ白な肌に分厚いメガネをかけた柳くんは、大人しくて真面目な優等生である。一時期地味系イケメンといわれていたこともあったらしい。彼には特定の友達はなく、誰にでも敬語で話し、自ら一人になって耳にイヤホンをつけた状態で本を読んでいることが多い。

 彼のその姿を「柳スタイル」と名付け、彼女は愛でて楽しんでいるかといえば……違った。

「……何回見ても、やっぱり『感傷』が増えてるんだよなー……」

 彼女の目にだけ、柳くんがいつも全身傷だらけでボロボロにみえていることがわかる。

 誰しもどこかしらに傷があるのに、誰も気がついていない。物に感じて心を痛める「感傷」という言葉を、彼女にだけみえる傷の名前につけたのだ。

 怪我をしている人がいたら声をかけるのは普通だが、心の傷は誰にも見えない。物心つく頃からみえている彼女は、感傷を持った人を見付けると気遣っていたが、誰しも傷ついているのが当たり前。次第に見て見ぬ振りが得意になったという。

 なぜか?

 根岸さんは、感傷とは人が見られたくない傷だと考えた。秘密にしている傷を、見えてしまうからといって見るのはいけないことだと思い、見えていない振りをしてきたのだ。

 心を覗けるような能力だけど、なにを考えているのかはわからない。何かに傷ついていることはわかる。痛いのか苦しいのか嬉しいのか、それすらもわからず漠然と傷がみえるだけでは対処のしようがなく、見えていない振りをしてしまうのも無理からぬ事だ。

 ところが、高校生になって柳くんと会ったとき、あまりの傷の多さに「大丈夫ですか、通り魔ですか、事故ですか、119番ですか?」と声をかけてしまった。

 おまけに傷口からは透明な液体が流れ続けている。涙と血の成分は同じだと聞いたことがある彼女は、感傷から流れている透明な液体は涙だと思ったのだ。

 血液は、血漿という液体の成分が五十五パーセント、血球という細胞成分が四十五パーセントからできている。骨髄で作られている血球は「酸素を運ぶ赤血球」「最近やウイルスから体を守る白血球」「傷口を包み治す血小板」から成り、血液から血球が取り除かれたものが涙である。ヘモグロビンが含まれていないため、透明な色をしているのだ。

 孤高の柳スタイルでいる柳くんが、根岸さんの目には心が傷ついて痛い痛いと泣いているように思えたのだ。だから、変な人だと思われても構わないから、せめて絆創膏を渡しているのだとわかる。

 ひどい言葉なら切り傷、どうにもならない状況に傷つくなら痣ができる。だが彼の身体の傷は「見本市みたいに切り傷から痣から何でもある」のに、原因がわからない。

 彼は何に傷つき、なぜ日に日に増えていくのか。

 数日後、彼の頬に刃物で切ったような生傷があった。どうしたのかと聞いても「転んだだけなので大丈夫です」と答える。

 転倒して怪我をする場合、普通はかばい手が先に出る。顔から落ちる人はまずいない。もしいるなら、手を土俵についたら負けの相撲取りだ。相撲取りでなく顔から転げ落ちるとすれば、酔っ払っているときだが、さすがに飲酒はしないだろう。分厚い眼鏡をかけていて目が悪そうだから、電信柱にでもぶつかったのだろうか。

 それより、頬に傷をつけたまま治療もなく登校するだろうか。登校途中の怪我だとしても、傷口が小さかったとしても、出血は簡単には止まらない。

 だとすると、故意につけた傷かもしれない。

 なぜそんなことをするのだろう。

 絆創膏を渡すと断られ、

「今まで根岸さんに貰った絆創膏、いっぱいありますから」

 丁寧に日付つきで綺麗にカードファイルに収納されていた。

 なんと義理堅く、几帳面で律儀なのだろう。

 それだけ、根岸さんは毎日彼に絆創膏を渡していたことになる。さすがに、彼も占いの嘘に気づいているのではないか。毎日のように天秤座が最下位になることなどありえない。

 少なくともこのときにはすでに、彼は彼女の嘘に気づいていたことになる。ただ、どうしてそんなことを彼女がするのか、理由までは彼にはわかっていないはず。わからないけれど、ずっと彼女のことは気になっていたに違いない。

 自分で貼れずにいる彼のかわりに、彼女が絆創膏を貼ってあげる。

 彼はいったい何に傷つき、何に苦しんでいるのか。

 それでもはやく傷が治るようにと思い続けているから、せめてこれ以上ひどくならないようにと、持っている絆創膏を全部あげる。

「見えないけど、柳くんにこれ以上傷ついて欲しくないから。柳くん、傷ついてもそのまま放っておきそうな気がするから、先にあげとこうと思ったの」

 翌日、柳くんから伴奏子を渡される。

 本当に天秤座が占いで最下位だったらしく、ラッキーアイテムが絆創膏だったのだ。もらった絆創膏を、彼とお揃いにしようとはろうとするもうまくできない。

 貼ってもらったあと、絆創膏を上げた理由は占いだけでなく「僕も、根岸さんに傷ついて欲しくないって思っただけです」彼と照れながら言い切った。

 寡黙な彼が本音を見せた瞬間だ。

 根岸さんは自分の気持ちが伝わった気がしてふわふわし、同時に彼に心を傷つけらられたと気づく。「『感傷』と呼ぶには、あまりに切なくて嬉しい、まるで否定されたら死んでしまいたくなるようなこの気持ちを」人は恋と呼ぶ。

 根岸さんは、柳くんにも自分と同じ消えない傷、自分に対する恋心をもってくれたらいいのにと思うのだった。

 ここまで読めば、柳くんの身体中ボロボロに傷ついている理由が推測できる。

 彼は、いつも誰かに恋をしているのかもしれない。

 その恋はうまくいっておらず、いつも傷ついてきた。

 たとえば片思いだ。

 あるいは、友達がほしいと思いつづけてきたのかもしれない。

 思いながら話しかけられず、いつも傷ついてきた。

 その相手は、彼女かもしれない。

 願わくば、二人の恋がうまくいきますように。

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