第3話

「いってきまーす。」


 一人暮らしでも、なんとなく家を出る時は「いってきます」。帰ってくれば「ただいま」。それに、「いただきます」「ご馳走さまでした」は、つい口から出てしまう。


 家から出て、ドアの鍵を閉めていると、お隣さんが出てきた。


「あ……、おはようございます。」

「おはようございます。」

「こないだは……すみません。」

「こないだ?」

「あっ……いえ!あ、すみません!」


 そう言うとお隣さんは、小走りに行ってしまった。黒髪で、やっぱり地味な感じの……OLさんなのかな?


「まあ、いっか?ん?」


 お隣さんの家の前に携帯が落ちていた。


「これ……不味いっしょ!」


 俺は、走ってお隣さんを追いかけた。すぐに追いつけるかと思ったけれども、なかなか見付からない。……多分、駅だよな?

 駅に付くと踏み切りが鳴る。踏み切り越しにお隣さんが、駅のホームに立っているのが見えた。そして、電車が到着して、電車にお隣さんが乗り、電車は行ってしまった。


「マジかよ……。」


 俺、今日大学の後バイトないし……みのりは確かバトン部のサークルあったもんな。今日は、真っ直ぐ帰ってお隣さんに携帯渡せばいいか。でも、なんか他人の携帯持ってんの嫌だなぁ。


『ティコンッ』


 お隣さんの携帯が鳴った。別に見るつもりは無かった。ただ、携帯が鳴ったからつい画面を見てしまったんだ。


「……え?ちょ……これって?……嘘だろ?」


ーーーーーー


 俺は、大学が終わってから真っ直ぐ家に帰って、俺はベッドに横たわり、携帯でゲームをしていた。夕方七時位、静かにしてたらお隣さんが帰ってくる音がした。耳を澄ましたら「あれ?やっぱりない!ど、どうしよう。」と、お隣さんのひとり言が聞こえてきた。やっぱりこの家、壁薄いな。

 そんな事を考えながら、俺はベッドから起き上がり、家を出て、お隣さんの家のインターフォンを押した。

 パタパタと玄関まで来る足音がして、暫くしてからドアが開けられた。


「あ……。こ、こんばんは。」

 お隣さんが、驚いた表情をして俺を見ている。

「こんばんは。」

「なにか?」

「朝、携帯落として行ったから。」

「あ……。もしかして!」


 俺は、ドキッとした。


「朝、駅まで走ってたのって携帯を拾ってくれたからなんですか?!」

「はい?」


 ……そっち?


「いえ。朝、駅のホームで電車に乗ろうとしたら、その凄い走ってきたの見えたので。遅刻でもしそうだったのかな、て思ってたんです。でも、もしかして、その私の携帯を拾って届ける為に?」

「ま……まぁ。」


 嘘ではない。


「あ、ありがとうございます!お優しいんですね!」

 お隣さんがふにゃっと笑った。地味だけど、笑った顔は少し可愛いかも。……いや!俺にはみのりが!とゆーか、みのりの方が断然可愛いし!


 それに、俺は優しくないと思う。


「俺、優しくないっすよ。」

「え?あ、そうなんですか?でも携帯……。」

 

 俺は、無言でお隣さんに、お隣さんの携帯を見せた。


「携帯……返してほしいですか?」

「え?」

「アンタだったんですね。」

「え?」

「誰もが知っているけど、知らない……正体不明の世界的文豪……“KEN”の正体は……アンタだったんですね!」


 お隣さんは、目を見開いて俺を見つめていた。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る