虚言癖のある教室の窓を割ったヤベー人

ヘイ

先生は時々、人の話を聞かなかったりするよね

 僕はお喋りが好きだ。

 人と話すから好きと言うわけではなかった。

 一方的に話すことが嫌いでもなかった。

 別に僕が一人で誰かに向けて喋っていることも嫌いじゃない。

 時々、誰に話しているのか、話されているかも分からないなどと言われることがあったけど別に僕は気にしていない。

 そんな事はどうでもよくて、それもまた話のタネになるのだから。

 多弁、饒舌。

 話したがりの男子中学生。周りからの人気が欲しかったわけでもない。

 僕は学校で人気があるわけでもなかった。それでも誰かと話している事は多かった。交渉能力も、説得力もなかった。

 それでも僕が話す事を好きで居たのは、周りのみんなからの不安を取り除けたからだと思う。

 話している間、人は僕を否定しない。実際はわからないけれど責める様な目を向けられている気はしなかった。冷めた様な目を向けてくるのが大半で、僕は必死に面白おかしくなる様に喋り続けた。

 人は僕をマイペースな奴だと言っていたけど、実際そうなのかもしれない。

 子供ではないのだからと先生に叱られた事もあったが、僕からお喋りをとってしまったら僕はどうなるかわからない。

 別にどうにもならないかも知れないが、僕自身がそんな世界に耐えられるかが分からなかった。

「お得意のお喋りは、高校の面接の時は気をつけてね」

 担任の先生は僕にそう言った。

 放課後、面接対策の時間。僕はよく動く口と目を注意される。

 人と目を合わせるのが怖くて、そこから目を背けてしまう。

「失礼しました」

 逃げる様に僕は教室を出て、言い訳がましい独り言を呟いていた。何故この学校を志望したのか。家から近かったから、登校時間を使って勉強ができると思ったから。

 好きな教科は国語。

 英語に力を入れている貴校に入学する事で将来のグローバル化に対応できる様になりたい、などと。

 頭の中で思い浮かぶ言葉は嘘ばかり。とは言え、嘘をつくのは好きではないが、取り繕うのは仕方がない。

 面接の際は最大限に自分をよく見せたくなるのだからなどと、誰へと聞かせる言い訳だろうか。

「面接練習、どうだった?」

 僕が教室に戻ろうとすると、友達に声をかけられた。次の面接を受ける様で、僕はため息を吐いてから答える。

「別にいつも通り。あ、でも長すぎる答えもよくないみたいだね。それで怒られちゃった。あとは口だけじゃなくて、目がぐらぐら揺れるもんだからそれがダメだっても言われた。でも、あの部屋結構寒いし身体ガッチガチに冷えちゃうんだよね。緊張するとかそう言う問題でもない気がするんだけど」

「そうか。で、待っててくれんの?」

「別にいいけど、どれくらいで終わるかな。取り敢えず玄関で待ってるから」

「二十分くらいか。でも、冬だぞ。外寒いだろ?」

「気にしないよ。だって防寒具あるし手袋もあるし。教室にいる方が寒いし、僕は嫌だね。ほら雰囲気的に……」

「あー、分かるわ」

 今の時期に始まったことではないけれど、僕たちのクラスは男子と女子の関係が冷え込んでいた。どうしてかはわからないが、何故だかクラス内に置いて比較的発言権のある男女で言い合いをしているようで。

 面接対策のこの時間、放課後だと言うのに彼らは対立を繰り広げていた。

 僕はそんな場所にいるのも嫌だから早々に教室を立ち去るのだ。

「ま、頑張ってよ」

「おう」

 廊下をすれ違えば、すぐ近くに教室がある。僕はバッグを教室の中に置いてきていたし、それを取るくらいの時間なら問題ないと思っていたわけだ。

 扉を開いた瞬間、冷たい風が身体を包んだ。

「寒っ!」

 雪も入ってきてる様で、どうしたのだろうと窓の方を見れば、余りにも無残な窓の姿が。簡単な話、割れていた。

 内側から外側に向けて割れているものの、破片の幾つかは内側にも残っている。誰が割ったのかは分からない。

 ただ、僕が机に置いといたバッグは姿を眩ませていた。

 防寒具や手袋、首巻きは残っている様でバッグだけがすっぽりなくなっている。

「ええと、僕のバッグは?」

 気になっていた事を尋ねても誰も答えない。議論がヒートアップをしていく中、僕は仕方がなしに防寒具だけを着て、窓の外を覗き込んだ。

 やはり、と言うべきか。

 僕のバッグらしきものが雪に埋もれたグラウンドの中にあった。

 雪ツボの中を進むのは嫌だけど、取りにいかなければならない。

 別にそれはどうでもいい話。

 さっさと取りに行こう。

 玄関に向かってブーツを手に取り、ウチばきを下駄箱に入れる。玄関からグラウンドに向かうには一度、靴を脱ぐ必要がある。

 僕はブーツを持ってグラウンドへつながる扉を開けて、ブーツを置き、適当にそれを履いた。

「何で人のバッグを投げるんだか。まあ、手頃な石を投げたくなるのは分からなくもないけど。水切りする時も自分の石とか言わないわけで。窓割りする時も、自分のバッグとか言わないもんね。って、そんな時は普通はないと思うんだよね」

 愚痴を呟きながら僕がバッグを取るとガラスの破片が乗っかっていた。触らない様に、怪我をしない様に持ち上げる。

「全く。あ、教科書忘れたなー。取りに戻るか、宿題もあった気がするし……」

 とは言ってもあの教室に戻るのには勇気がいる。何て考えてみても、数十秒我慢すれば済む問題なのだから気にする必要はない。

 宿題やらなきゃ卒業させないとか言うような先生だし、平気で居残りもさせるような人だった。

 そう考えたら、取りに行くべきだろう。後々に起こる面倒を考えても、そうすべきだと脳内の全僕が肯定した。僕一人だけの決定だから僕の拒否で全てが否定されるんだけど。

「うわっ、靴ん中ベチョベチョだ。全く最低だな。気分悪いよ。面接で先生にも色々言われるし」

 校内に戻って内ばきを取りに下駄箱まで向かうと濡れた靴下の跡が廊下にくっきり残ってしまう。

「気にしなーい、気にしなーい」

 見なかったふりをしてさっさと内ばきを履いて教室に行って、教科書を取って玄関で待っていよう。

 どうせ乾くだろうし。

「ひっひっふー」

 階段を駆け上がって教室まで駆け足。途中、階段、廊下は走らないと言うポスターが見えたけど。急いでるから見逃して、なんて誰に言っているんだろうか。

「おいしょー」

 扉を開ければ。

「ん?」

 何だか人数が増えている。

 先生が一人、二人。

「来たか、木崎きざき……」

 『き』が多いな、何て考えても意味ない話。どうやら先生、社会科の教師の村上むらかみ先生は僕を待っていたみたいだ。

「えっと、どうしました?」

 何が何だか分からないや。

 すっとぼけのつもりはないけれど。まあ、説明を求めたい。どうして僕を待っていたのか。もしかしたら、彼らの内の誰かが僕のバッグを投げた事を名乗り出たのかも。

「待たせたみたいで?」

「木崎、お前は俺の隣に来い」

 いつもは私と堅い言葉で話す村上先生がとても珍しい。俺だなんて、一人称の変化は国語だと感情の変化や、年齢の変化などで見えるものだと推測を立てていたのだけど、村上先生もそうなのだろうか。

 まあ、中学三年生、受験生にもなって窓を割るような不良学生には腹を立てても仕方ないよね。

「お前が窓を割ったのか?」

 おー、どうにも僕を疑っているみたいだ。全くもってそんな記憶はないけど。よくある話、先に言ったもん勝ちだ。先生の圧からは逃げられなくて、やってない事もやったことになってしまうのが世の常さ。

 僕は全くもってそんな覚えはないから、否定させてもらえるけど、いつも通りに振る舞えるのだろうか。

「僕はやってません。やる理由なんてありませんし。彼らが嘘ついてるんじゃないですか。自分のせいじゃないみたいな感じで」

「お前は自分のクラスメイトが嘘をつくと思っているのか?」

 だったら先生も、生徒疑ってる時点で同じですからね。なんて言ったら、僕は怒られてしまうだろうか。お口にチャック。

「僕が教室に入る前から割れてましたし……」

「それはいつだ?」

「えー、いつだって言われても細かく覚えてないですけど五分くらい前ですかね」

「正直に言え」

 正直に言ったとしてもどうだろうか。というか、正直に言っても「正直に言え」の問答の堂々巡りで、いつまで経っても認めない気がする。

 それが十分続けば、僕も時計を気にし始める。というか、あいつもこの教室に来るのか。

「あの、先生、僕じゃないですよ」

「証拠はあるのか?」

 証拠って。

 いや、確かに必要かも知れないけど携帯持ち込み禁止の校則もありますし、そもそも録音とか録画とかしてませんし。

 証拠を持っているのは僕以外だったら可能性あるわけだけど、口裏合わせて僕のせいにするだろうし。

 先生もみんなが言ってるんだからって理由で少数派の僕は追いやられるわけだ。

 これは酷い。

 知らぬ存ぜぬは無理があるらしい。本当に何も知らないけれど。

「僕のバッグで窓が割られてました」

 と言ってみるが。

「自分のバッグ以外を持つことなど余りないだろ」

 と、まあ、結論は出てしまう。僕もその通りだと思う。窓割りで警察沙汰もおかしな話ではあるし、これ以上は無意味ということで、僕にはどうにもできなくて後日校長室に来るようにと話がついた。

 全く大人の圧って怖いものだね。子供じゃ太刀打ちできなかったよ。

 結局、気まずさからか誰も僕に謝りに来なかったし、どちらかと言うと男女の対立ムーブを醸すことに熱心なようで。

 ギスギスと、お前らが悪いんだろみたいなオーラを感じた。僕は巻き込まれただけだと言うのに、一番の悪人扱いさせられたことが腹立たしい。泣きたいくらいだ。

 誰も教室から出ない雰囲気だけど、結局僕は関係ないから先に帰ることにした。

 友達を待って、合流して一緒に歩いて帰ることにする。脚色混じりの愚痴を吐きながら。

 後日、無事に僕は校長室で校長先生のとても良い話を聞かされた。反省すべき点など皆無だと言うのに反省点を述べるようにと言われて、全くもって意味不明だったから誰だって分かる事を反省したフリをした。

 頭は下げた。それが誠意だとは全く思わないけど。

 ああ、そういえば校長は学校の長という漢字を書くのだから、先生と付ける必要はあるのか無いのか。中国では先生は敬称らしいけど、それは本当に必要なのか。

 まあ、僕に取ってはどうでも良い話。結局、校長に対する反抗精神の表れみたいな思考だったのかも知れない。

 学校では瞬く間に虚言癖の窓を割るやばい先輩だとかで噂になったらしい。弁明するのも面倒だ。

 どっかの誰かには、受験勉強でストレスでも溜まっていたんじゃないかと言われていたみたいだ。

 それのおかげで犯罪者予備軍扱いだ。ムシャクシャしてやったとか言いそう、などと小声が聞こえたりもして、残り少ない僕の中学生生活は最悪な事になった。

 友達のあいつは何だかんだ僕と仲良くしてくれてるけど、それ以外の人たちは皆んな僕の言葉を信じてくれないみたいだ。先生も。

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