第3話 新幹線三姉妹と、末の弟


 まず、下インナーにはハイレグ型のレオタードアンダーショーツを着用する。水着ではないので当然の如く、履く。


 次いで、オールスルーの強着圧パンティストッキングを履く。これは綺麗な脚のラインとしなやかさを演出するためのもの。バニーガールさんが網タイツの下に履く、極薄のパンティストッキングと同じ役割である。


 この上に、どこまで手を加えたらこんな風になるのか繊細極まるレース地の、これも網タイツと同様の分類になるのだろうか、そんな白のレースタイツに慎重に足を通し、最後に腰回りを整える。最後に数回つま先立ちをするのを忘れない。


 さらに、さらに。


 何をそこまで駆り立てるのか。新鋭被服デザイナーの、一番上の姉コダマが寝る間を惜しんで作ったとされる一着。いつどこで着るのか疑問しかない、背面部が生地の交差で腰までVの字にぱっくり開いた黒のサテンドレスを着用する。


 このドレス、元の素材は肩袖が愛らしくパフ状になった――、

 女児向けの黒バレエレオタードだった。


 背中がぱっくりと開いたデザインと今し方に書いたが、そもそも背面から腰にかけての生地はSAN値が直葬しそうな細微に渡るリバーレース地だった。


 視覚的には、ほぼ肌がすっけすけのシースルーの状態である。


 胴前部はこれまた鬼パラノイア仕様と表現してもなんら遜色のない、薔薇をモチーフにした刺繍がびっしり縫い込まれ、まるで何か呪術的な意味合いでも込めているのではと勘繰るほど凄まじい仕上がりになっている。


 これに多重構成になった、黒のチュールスカートを履く。


 元はバレエレオタードとはいえ、完全に用途不明ドレスへと転生している。

 なので、足回りはバレエシューズではなく十一センチヒール、ラメ入りリボン付き、精緻なダイヤラインストーンで飾った黒のパンプスを履く。


 コダマ姉さんのゲンでは毎日履くと生理が止まるレベルのハイヒール――って、そんな物を人に履かせるんじゃないよ。


 ちなみに当方の足サイズは、二十二センチである。


 姉は下から上へ舐めるように、むしろ鼻先が生地に当たってくすぐったいのだけれども、やがては満足気に頷いた。曰く。誕生日だし、今日は小悪魔系姫君で。


 さあ、次。


 髪は緩く左へと落とした、サイドダウンスタイルで。


 ここからはそろそろ自分と交代しろとゴネ出した二番目の姉ヒカリが手掛けてくる。注釈を入れるに、姉たちの外見上の違いは服装だけ。身長体形はおろか髪型に至るまで同じで、当然ながら顔立ちも同じ。さすが確率二百万分の一の一卵性三姉妹。


 ヒカリ姉さんは桐生製薬本社における化粧品関連部の、老練なわが一族の統括部長を『上手くだまくらかして』一部事業を社内分社化し、自分好みの権益をむしり取ってしまったやり手の若き経営者だった。


 自称、気鋭のメイクアーティスト。そんな彼女は当初は髪型は編みこみのアップが良いと譲らなかったが、衣装がすでに苦痛の域に達しているため髪型はせめて楽で自分で手入れできるものにと懇願し、緩いサイドダウンヘアにと落ちつかせた。


 代わりに総ブラックダイヤラインストーンでびっしりと構成された見るからに邪曲で、どう足掻いても用途目的がカオティックな連想しかたどり着けない、気品に溢れながらも禍々しいティアラを亜麻色の髪に差し込んできた。


 口には出さないが、小悪魔系姫君から魔界系姫君にでも昇格した気分だった。


 ヒカリ姉さんのターンはまだまだ続く。


 さらりとメイクエプロンをこちらの首に回したと思えば、やいなや鬼気迫る真剣な表情での化粧が始まった。


 基本的にナチュラルメイクではあれど、女は化けてこそ仕事をするとの自前の論法で一切手抜きはなされない。

 姉の解説では男が女の化粧についてナチュラルメイクを良しとする風潮は、自然な姿の女性が好きという意味ではなくすっぴんでも美人な娘が好きと言い換えているだけとのこと。しかし、だからこそ、女は化けるのだった。


 そうして、うっとりとした表情でため息をつき、ヒカリ姉さんはメイクエプロンをこちらから取り払った。

 吐かれた息の甘ったるいこと。危ない雰囲気。手鏡を渡してくる。


 うわ、と思う。


 すっきりとした目元の上品さ、それでいて儚げでしかも退廃的。

 手を加えているようで加えていないような――、

 あり得ないほど絶妙なバランスの稀有な美少女がそこに映し出されていた。


 姉曰く。魔王の花嫁いけにえみたい、とのこと。

 その発言、自分としてはもはや顰蹙ひんしゅく以外にないのだけれども。


 最後に三番目の姉ノゾミが。


 彼女は流通全般と趣味の古物商を営んでいる。……表向きは。


 女性ならではの華やかな美を追求する二人の上の姉たちとは違い、ノゾミ姉さんが表なり裏なりでどういう活動をしているのか、自分はあまり知らされていない。


 桐生の幅広い流通販路をわが物に、好き勝手に輸出入しているとだけ。どんなものを誰と取り引きしているのかはまったく不明。


 通販業者の密林倉庫をも優に超えるわが家の巨大倉庫、巷間では迷宮とも魔窟とも囁かれる資材置き施設に、なぜ八十年近く前にハワイ沖で雷撃処分にしたはずの伊号四百型潜水艦が鎮座しているかなど、事情説明を求められても答えられない。


 二〇一三年に海底で発見されたあの伊号潜水艦はなんだったのか、と。


 他にも試作エンジンを作っただけで終わったはずの六発型戦略爆撃機、幻の富嶽がなぜ隣で当然の如く佇んでいるのか。架空戦記物語世界に迷い込んだ気持ちだ。護衛に十二機の魔改造済み五十二型零式戦闘機まで配備されているのが小憎い。


 海と空とくれば、陸。しかし残念にも旧陸軍兵器は置いていない。

 だって、低性能な戦車とかいらないし。とのノゾミ姉さんのコメント。


 とはいえ想像を絶する旧日帝時代の戦略兵器と戦闘機群は、この姉の異常性を顕著にしていると言わざるを得ない。


 もはやノゾミ姉さんはテロリストか何かのようだ。が、さにあらず。


 ノゾミ姉さんの供述では、これら旧時代の兵器群はまったく実用性のない単なる趣味に過ぎないのだという。

 それよりも、どうもこの姉、日本政府公認らしいのだった。


 なんの公認なの? と聞かれると言葉に詰まり、武器商人的な? と、目を逸らして回答する。いや、政府公認で武器商人って。映画じゃないのだから。


 まあウィットの利いた冗談だとしておこう。ハイソなジョーク!


 それはともかく、思い切って尋ねてみたら真面目な顔でノゾミ姉さん曰く。

 桐生の七七七式量子コンピューターを使って、兵站をより強固にするシステムを民間側から政府公認で整えているのだという。簡単に言えば軍事である。


 国防をおろそかにした国は、事実上自国を放棄していると見なす。


 最近、近隣諸国がきな臭い。軍事増強に手抜かりがない。というのも、隣国とは、敵国の別名なのだった。本当に仲が良いのなら、国と国が一つになればいい。それができないのは、国家間において互いに我慢ならぬ何かを持っているため。


 来たる戦争に備えて。更なる次の戦争、そのまた次の戦争のために。


 今聞いたここだけの姉の話、開戦直後に衛星軌道兵器たる神の杖を、敵国の軍事施設と首都にズドンと落とすとか、落とさないとか。

 しかもこの斬首作戦こそもっとも双方の国の血を流さないとか。さすがに首都に落とすのはどうかと思えど、早期終結こそ最善らしかった。


 戦争上等の頼もしい姉さんである。

 そんな彼女は、鞄からあるものを取り出してきた。


 桐生二〇一九式自動拳銃。銃身バレルを二十二口径用に変更済み。

 二十二口径LR弾、コンバットロードにて九発。通常は八発装填。

 本来は、自衛官幹部護身用正式拳銃。弾丸は九ミリ。


 非力な女性でも扱えるよう改造した拳銃ではあるのだが……いや、言うまい。

 これを彼女はこちらのチュールスカートを捲り上げて太ももにホルスターごとセッティングしてしまう。姉曰く、淑女レディには棘がある、とのこと。


 さすがに銃規制が厳しい日本で、これはいかがなものかと思うだろう。だがわが一族は桐生である。世界をわが物にする無政府資本主義の、一族。


 ただ、さすがに今は、銃なんていらないよね。


 小首をかしげて困った感じを作り、上目遣い気味にノゾミ姉さんを見つめる。高ヒールパンプスを履いているので姉たちより背は高くなっているのだけれども。


 しかしそれはちょっとないほどの初々しさと色香の混じった少女独特の所作だったらしく、自分として三人の姉たちに望まぬ萌え成分を投下してしまっていた。

 ふぁーっと上気した彼女らはいつに増して鼻息の粗い不審者そのものとなり、なんというか、見るに堪えない。


 やむなく、三人から目を逸らす。現実逃避である。無意味だけど。


 とりあえず着替えのために外していた腕時計を左手首に取り付けて、ふう、と小さくため息を吐く。ああもう、姉さんたちをほったらかして自室に引き籠りたい。


 曰く、小悪魔系姫君。

 曰く、魔王の花嫁。

 曰く、棘を隠し持つ淑女。


 好き勝手に人をカスタマイズする三つ子の姉たち。


 だけど、自分は――。


「その辺でやめてください。僕は『本来は』男です。十七歳の誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけれど、いい加減やり過ぎです。これ、どこの黒ミサに出かけるつもりですか。禿山の一夜、でしたっけ。生贄とか嫌ですからね」


 僕は、目の色を妖しい紫色に変えてうっとりとする姉たちに苦言を呈す。


「えー、いいじゃん。可愛いし。こんな歳の離れた妹、欲しかったんだぁー」

「十年ばかり歳の離れた弟、オトコ、です。コダマ姉さん」


「宗家からの命とはいえ、女の子を完璧にこなすストイックさが滾るのよね」

「それが一族としての仕事であれば、です。不本意でも自分を使って性同一性者への理解を促す目的のこの姿にも甘んじますよ。ヒカリ姉さん」


「可愛いは正義。そして可愛いものには棘。はぁ、可愛いわたしたちの妹たん」

「たん、はやめましょう。たん、は。変態に磨きがかかります。美しいものには棘。薔薇の例えですよね、ノゾミ姉さん。あと、僕は弟で――」


 弟です、と言い切る前に三人の姉に僕は、それぞれぎゅっと抱きしめられた。

 そして頬や耳の横、額にちゅっちゅっちゅっとキスをされる。

 身内びいきかもしれないが、彼女ら三つ子姉妹は非常な美人揃いだ。


「「「愛してるよ、わたしたちのたった一人の大切な弟、レオナ」」」


 これが姉弟キョウダイでなければ、あらゆる男性から嫉妬されそうで怖い。


 僕は、十年ほど歳の離れた姉たちに、過剰に愛されている。

 父母は仕事に忙しく自宅にはほとんどいない。代わりに姉たち三姉妹が入れ代わり立ち代わり、僕を愛し育ててくれた。


 先ほども少し触れたように彼女らコダマ、ヒカリ、ノゾミは三つ子で、しかも確率では二百万分の一の、稀有な一卵性姉妹だった。

 その弊害なのだろう、彼女らの精神性は三人の中でそれぞれがときに『姉』であり、ときに『妹』でありと一定した感覚がないのだという。


 なので、年の開いた僕という存在は不可欠で、そうして自分たちが完全に『姉』であると自覚出来るのが嬉しいのだそうだ。

 理屈はわかるけれど、弄ばれる自分としてはたまったものではない。

 でも、この過剰の愛情もなければないで非常に寂しいものがあり、自覚していることに自分もかなり歪みのある弟、今は『妹』生活を送っていた。


 そういう珍奇な家庭事情を抱えたわが家。

 二〇二二年、五月三日。僕は、今日、めでたく十七歳とになった。


 ちなみに少し触れたが、姉たちは僕より十歳上で、結婚適齢期にも翳りが出てくるデリケートなお年頃である。


 年の離れた愛する姉たちに良縁が来て欲しくもあり、来て欲しくなくもあり。


 いやしかし。現実としてうかうかできない。

 良い人がいれば、ぜひこの姉たちを貰ってください。変態だけど。

 連絡、お待ちしています。

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