052

 アサギと緋音がアレクトルへ向かい残された奏真と雪音は鉱山都市クラスタードの坑道の奪還作戦に協力する。


 作戦の細かなことは既に伝えられ今は奏真、雪音含め支部の拠点内部にいた隊員たちが作戦の現場である坑道前にて集まっていた。


 山の側面に空いた大きな穴は木枠で補強され天井から吊るされたランタンの光で見える内部も入り口と同じような木枠が等間隔で配置されている。とは言え木も古く所々つぎ足すように更なる補強が加わっているが大きな衝撃を与えれば今にも崩れそうだ。


 へたな衝撃の拍子に通路が塞がれるように崩れれば生き埋め。最悪落石諸々で即死する可能性すらある。その中での戦闘は危険なこと極まりない。

 皆命の危険を感じてか、作戦開始までまだ時間はあるにも関わらずひりついた空気が場を支配していた。


 奏真は瞑想するように両目を瞑ってただ突っ立っているがそれに比べて雪音には明らかな動揺が見られた。それは皆と同じような命の危険という不安ではなくこの作戦において奏真と共に行動出来ないから、である。


 奏真は魔力が低くあまり期待されていないこともあって女王の討伐隊には選ばれず脇道のどこかを徘徊していると思われる数多くのエルツスパイダーの処理へと回された。

 奏真はそのことに不満はないが、雪音は戦力として十分に活躍出来ると女王討伐に選ばれ奏真もアサギもいない中で戦うことを強いられた。


「…………」


 援護は望めず、最悪足を引っ張る。

 嫌な想像が頭に浮かぶ。


 雪音の心情を察した奏真は本作戦の指揮官であるクルガに雪音は魔力を使いこなせていないことを伝え外してもらうと試みたが魔力の供給をしてもらえればいいと断られた。いわば充電池みたいな感じだろう。


(………さすがに道具みたいにして扱うことはないだろうが)


 気が乗らないが仕方ない。

 私情で独断行動して作戦を乱すわけにはいかない。今回は自分や雪音の命だけではなくその他隊員たちの命もかかっている。


「雪音、出来るだけ早めに殲滅して向かうから自分で考えて行動しろ。いずれ一人で動かなきゃならない時が必ず来る」


 少し早いがそのための予行練習、と言ってはあれだがその程度で構わない。

 そう伝えるも雪音の不安そうな表情は消えることはない。


 そして、時間は過ぎていきとうとう作戦実行の時刻になった。






 光源は吊るされたランタンのみで入れば日の光は届かず薄暗い。


 作戦通り三か所に別れそれぞれ役目を全うするために散開。

 一番隊員の多いグループはまっすぐ女王の元を目指し他隊員たちは各々三人一組のチームで片っ端からしらみつぶしにエルツスパイダーの撃破に向かう。


 爆発や水系統の魔法は禁止、坑道の壁を傷つけるような攻撃も控え確実に当たる時のみ使用可能という鬼畜戦闘。その為どうしても一体撃破するのに時間がかかりとても一人では相手できない。その為の三人一組。


 その中の一つのグループに混じる奏真は初対面の隊員二人と組み、今は既に接敵していた。

 攻撃役のガーディアン第四支部の男性隊員あずまと、同じく第四支部の回復支援担当の女性隊員、高野。奏真も支援をメインに立ち回るが如何せん坑道は道幅三メートル程度と狭すぎる。人数有利を生かした多角的な攻撃は勿論、即席で組んだチームでは上手く立ち回ることは出来ない。


 そんな三人は防戦一方を強いられていた。


「くそ、防御に手一杯だ。それにこっちの攻撃は全く効いてねぇぞ!」


 東は盾と片手剣を携えた攻防バランスの取れたアタッカー。防御役がいないこのメンバーでは東がそうせざるを得ず奏真の魔力と高野の魔法では硬い体を持つエルツスパイダーには一切攻撃が通じない。


「このままじゃあ魔力切れになっちゃう………」


 回復をかけ続けている高野の息が先ほどから上がり始めている。

 戦い始めてものの数分。消耗が激しすぎる。

 心配なのは魔力だけではなく東の装備、体力の消耗もすぐ限界が来る。


(クソ、予想はしてたが俺の魔法じゃあどんなに攻撃に魔力振っても傷一つ着きやしない。雪音にあんなこと言っておいてこのままじゃ………)


 三人とも犬死もいいところ。


 一度ゼロ距離で奏真の持てる最大火力の魔法をぶつけたが効果は薄い。

 一度は隙をついて接近したが意外とエルツスパイダーは賢く警戒心が強い。脅威になりうると想定、その瞬間に距離を置いて戦い始めた。なのにまだ余裕がある。


(考えろ、考えろ…………相手の防御を下げる魔法?そんなもんありゃあ使ってるっての。魔法による防御ならまだしもこいつのは生まれつき体の特性だ)


 奏真は何か有効な魔法がないかと探る。


 今まで地形環境、仲間の力を最大限引き出して戦ってきた。それが奏真の強みでもあり、得意な戦い方。個人でも無限の魔力を生かして初見殺し、持久戦を狙って魔力切れを誘うなど幾度となく戦闘を乗り越えてきたが今回の敵は、


 地形環境の変化は不可

 仲間はつい先ほどあったばかりの即席チーム

 未だ魔力を使わずに体のポテンシャルだけで戦う相手

 初見殺しの魔法はどれも火力不足


 正直詰みという言葉が頭に過る。


 魔力コントロールを乗っ取って相手の魔力を暴発させるという手もあるがそれは既に試していた。だがエルツスパイダーは異様に魔力のコントロールが上手い。

 時間を掛けてゆっくり行えば乗っ取ることも可能ではあるがそれには直接触れなければならない。

 距離を置いた敵にはもう届かない。


 消耗と相手の手強さに徐々に焦りが生まれ始める。


(ヤバイ、このまま焦って自滅が一番の負け筋だ)


 それは頭で理解していても少しずつ、少しずつ焦りが動きとなって表れ始める。

 更に追い打ちを掛けるようにして作戦前により渡されていた無線から支援要請の声が響いた。


『こちら女王討伐隊、回復役が思ったよりも足りていない。来れる奴は出来るだけうちの部隊に合流しろ』


 全体に届けられたメッセージ。応答など待たず切れる。

 どこも人手が足りていない。


(こんなところで使い潰してるのは間抜けだな………なら)


 奏真は高野の近くで声をかけた。


「高野さん、魔力に余力は?」


「六割ってところだけど………こいつ連れていくわけにはいかないでしょ?団長には悪いけど他の人に………」


「俺が足止めするよ」


「え?」


 高野はその意味が分からず聞き返した。

 聞いていた東もそれに耳を疑った。


「どういうことだ?」


「俺はこのままじゃあ足引っ張って二人を犬死させるだけだ。それに俺は足止め、時間稼ぎの方が得意だからな」


 むしろそうした方が奏真の強みは生きる。

 だが。


「何言ってんだ?三人でもじり貧だってのに時間稼ぎとはいえ一人で相手するなんて正気か!?」


 未だ本気ではないエルツスパイダー。

 もし仮に本気を出したとするならばどれほどの強さになるのか想像もつかない。


「三人でじり貧ってことはいずれ削られて致命傷を負うことになる。なら生かせる駒は生きる盤面に向けた方がいいだろう?」


(それに俺は………エルツスパイダー《こいつ》を倒さなきゃ先に進めないような気がする)


 もし死ぬならばまだ他の盤面で役に立てる東や高野よりも奏真一人死ぬ方がいい。

 なんて偽善は言わない。

 死ぬつもりなど奏真には一切なく、なんなら倒す気ですらいる。だが倒すならば一人の方が圧倒的に立ち回りやすいというのが本音だった。


「迷うだけ時間の無駄だ。あっちも連絡してくるくらいだ、相当キツいはずだ」


「「………!」」


 東と高野。

 東も残り高野だけ行かせ奏真と一緒に戦うことも可能だがそれだと高野が危険にさらされる。仮にこれで他のエルツスパイダーと接敵し、殺されでもしたらチームをわざわざ分断した意味がない。

 なので足止めは絶対に一人となる。


 奏真の言っていることが分からない訳ではない。むしろそれが一番合理的で正しい判断だとすら思っているが東も高野もまるで奏真を見捨てるようでなかなか行動に移せない。

 そうしている間に更に消耗していく。


 痺れを切らした奏真は強硬策に出た。

 ナイフの分身を数メートル後方に投擲、すぐさま東と高野の腕を掴んで【空間移動魔法】によって強制的に離脱させる。


「な!?」

「え!?」


 突然移動したことに驚いているがその隙に奏真は軽く天井を魔法で攻撃する。そのわずかな攻撃で天井の一部が崩落し奏真と二人の間に壁が出来上がる。

 これで奏真も二人のところに【空間移動魔法】すれば三人で離脱することも出来るがそれではこのエルツスパイダーがフリーになり、他の部隊に向かう可能性もある。迎え撃つしかない。


 退路を塞ぐ形になってしまったが端から撤退する気はない。


「エルツスパイダー《こいつ》を倒したら俺も向かう」


 その後壁越しに二人の声が聞こえてくる。


「ふざけんな!絶対だぞ!」


「生きてなかったら許さないからね!?」


 ものの数十分だったが命を預け共に戦ったからだろうか、少々熱い展開にさせる。

 あまりこういうのに慣れていない奏真は少し嬉しさを覚えるが正直なところもう一度顔を合わせられるかどうか………そう思う。


 やがて二人が離れていく足音を聞き、一息ついた。


「しんがりってところか………囮って言われるよりはましだな」


 皮肉にも思い出したくない過去と重なる。

 だが、今回は違う。自ら買って出て託された。だがあの時は―――――――。


「………まあいいや、攻略開始だ」


 両手に二本のナイフを構えいざ。

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