051

 姿を消した姉妹を探す中で通信機による通話で「ガーディアンの中に裏切り者がいるかもしれない」と話すと奏真からは可能性は高いと即答。

 

 実際のところ奏真は早い段階からそのことについて少し考えていた。

 これまでやっていることは鼬ごっこだったがその面影すらパタリと消え、更には学院の事件が起こるまで危惧はしていたが対策が追い付いていなかった。

 隊員に優秀な者とそうではない者がいたとしてもガーディアンという組織は国からも認められている組織だ。間抜けなわけはない。


 裏切り者がいる、とそう結論づくまでにおおよその時間はかからない。


 言わずともすぐに気が付くだろうと、そう思っていたのともう一つ。


「この件に関しては俺たちが疑われるだろうな」


 他人からしてみれば突如現れた第三の勢力。

 絶滅したと思われたエルフ族を味方につけガーディアンではカバーしきれない小さな厄介ごとを片付ける何でも屋の請負人。今でこそ支部としてガーディアンに属しているとされているがそれを知っているものからは時期もだいたい同じということもありその裏切り者と疑われるは至極当然。

 できれば自らその話題には触れたくなかった。


 最近は厄介ごとばかりだとため息をつく奏真。

 そんな奏真の目にエルフ二人の姿が映る。


「ああ、いたいた」


 良くも悪くもその紫色の瞳は目立つ。

 少し離れたところから奏真とアサギの方へと歩いてきているのが見える。


「よかったよかった、変な奴に絡まれてはなさそうだな」







 鉱山都市クラスタードのガーディアン支部、通称第四支部。都市を囲む城壁のような囲いの四隅に建てられる高い塔、その一つが支部の拠点であったがそれは過去のもので今現在は都市の中心部へと移っている。


 新支部の広さはそこまでないが高さはこの都市の中でも高い方でその最上階は部屋まるまる一つを使った作戦指令室。


 曲がりくねったアリの巣のようなマップが映される正面の大きなモニターに目を向けるのは最上階を埋め尽くさんばかりの人数のガーディアンの隊員たち。

 彼らはこの第四支部の隊員たちで検問所と城壁周辺を警備するものを除く全隊員が終結している。中にはちらほらと第四支部の隊服ではない者が混じっているがそれは奏真と同じく他から呼ばれた隊員たち。


 その中に奏真たちは遅れて駆け付け四人が来ると早速話は始まった。

 モニターを凝視していた者の中の数名が目だけ奏真たちを睨むように見るがモニター横に立つ第四支部、支部長クルガの一声によってまたモニターへと戻る。


「今回の作戦を伝える」


 モニターに映るアリの巣はこの都市の鉱石産出源である坑道、数か所からの入り口からなり映る地図を見て分かるがかなり入り組んでいる。それも立体的に映されているのだ、その複雑さはまさしく迷路。


 モニターの表示が追加される。迷路のような坑道の三か所を除いて赤い色でバツ印がつけられる。


「この三か所を除いて通路は基本的に閉鎖されている。これは本作戦、撃破対象のモンスターを外に逃がさないためだ」


 続いて表示が迷路から蜘蛛のようなモンスターの画像へと切り替わる。


「撃破対象は蜘蛛型モンスター、通称〈エルツ・スパイダー〉。こいつらの撃破、殲滅が本作戦の根幹だ。エルツスパイダーは見ての通り体のおおよそが鉱石と一体化し体の表面は非常に硬い」


 鋼のような色の体、見た目通りの硬さを有しただの剣は通らずそれどころか傷の一つもつかない。また高出力の魔法を除き非常に硬い体には魔法も無力化するという。


「特に硬いとされているのは腕。ブレードのようにして攻撃する他壁などに突き刺し掘るといったことも確認されている。つい先ほどのマップになかった通路はそれで出来たものだと考えられる」


 話を聞く中で奏真の表情が微かに曇る。

 思い出すのは硬く体がデカいあの大蛇。いままで通用してきた攻撃は通用せず結局今回はアサギに助けられる形で事態は収集したが自分一人での解決策は未だない。可能性としては低いが仮に今回単独行動だったとしたら倒せるのだろうか、と疑問が浮かぶ。


 それを横目で見ている雪音にも気づかずに。


「奴らは貴重な鉱石から岩盤まで喰らう。この都市の収入源である鉱石の不足、坑道及び鉱山の崩落が危険視されている。仮にそれを許せば大災害に繋がる」


 急速な対策が必要と言うが自身の支部だけではなく他の隊員たちを集めている辺り既にもう余裕はない事が伺える。


 それほど手強い相手。

 

 聞いた感じや見た目にそれほどの脅威度は感じないのは確かに化け物と比喩するほど強くはない。

 それこそ奏真たちが対峙した大蛇の方が賢く、体の大きさも相まって手強さで言えば今回のとは桁違い。

 それでも今回は状況が大きく違う。

 人とモンスターの手によって掘られた狭い通路がそこら中あるアリの巣状。下手に突撃すれば気付かぬ内に囲まれて袋叩きもあり得る。


 各隊員各々行動の把握と連携が必須になってくる。


「作戦は女王であろうと推定される個体が確認されたところに戦力を置く。その他は通路の内側と外側に配置し陣を狭めて制圧していく」


 注目されるモニターの表示が再度切り替わる。


「人員の配置はこれでいく」


 いよいよ討伐開始、皆に力が入るそんな瞬間だった。

 突如一本の電話が鳴り響く。

 作戦指令室に置かれる電話が鳴り響く理由、それは本部からの緊急連絡の他にあり得ない。


 鳴る音はそこまで大きくないのにも関わらずシンと静まり返る部屋にはよく響く。

 数秒間鳴ったままそれが止むことはなく間違いで鳴った訳ではないことを告げる。


 電話の受話器をクルガが手に取った。

 その瞬間、まるでスピーカーを通しているほど大きな声が聞こえた。


『こちら、アレクトル!!現在大規模な侵略を受けています!!至急―――』


 いきなり切れる声。

 それだけで今どんな状況なのか想像がつく。


 こちらの声を届けることも出来ずに一方的に切れた電話の受話器をクルガは静かに置いた。


 ここにいる全員に動揺が伝播する。

 ざわざわと周りが賑やかになる一方で奏真とアサギは二人して顔を合わせた。


 声には出さないが「裏切り者の仕業か」と。

 まだその電話の言葉が本当であると確信がないが嘘であるという確信もまたない。

 見て見ぬふりは出来ない。とはいえこちらはこちらの事情で人手があまりにも足りていない。


「どうなるんだ?」


 一時的にでもこちらの案件を保留にするのか、それともアレクトル側の方を無視するのか。はたまた別の選択肢を取るのか。

 尋ねるアサギに奏真は視線をクルガの方へ向ける。


「さあな、今回の作戦は俺が指揮する訳じゃないからな。さすがに部隊を半分に分けて………なんていう愚策は取らないと思うが」


 ここで部隊を分ければこちらの対処に追い付かなくなる。

 把握されているマップだけでも相当広いのにその上、今もなおモンスターが新たな穴を開け更に広げているかもしれない。時間が立てば立つほど不利になっていく。


 それは部隊の人数が減れば減るほど状況はそっちに偏っていく。

 頭数が減ればそれだけ一度に探索出来る範囲が狭まり戦力も単純に見積もって半減する。


「聞け、指示を出す」


 一喝するクルガ。

 電話が来る前のような静けさに戻りクルガは作戦の変更を伝える。


「先ほど聞いて分かる通り本部がピンチだ。とはいえ実力者が揃っている以上陥落するという心配はない。そこで本部、アレクトルには少数精鋭で向かってもらう。抜擢されて抜けたところ同士で臨時部隊を組み――――――」


 クルガが大きな声で説明する中、奏真がアサギに小さな声で言う。


クルガあいつが許可を出すならお前が行け。洞窟じゃお前の力は発揮出来ないだろ?」


というのもアサギの持前の武器は狙撃。

 曲がりくねってほとんどの通路が直線ではないのは既にマップを見て把握済み。それならばアサギの強みが生きる屋外で戦わせる方がベスト。奏真が指示を出せるわけではないのであくまで許可が下りたら、と一応伝えておく。

 

「確かに。そうすれば部隊を分けて臨時部隊をつくらずに済むな。よし」


 人をかき分け早速クルガのもとへと向かっていった。

 それを見て緋音が口を開いた。


「私もあの人に同行します。洞窟では同じく力を出せないでしょうから」


 返事も待たずただ言ってアサギの背中を追いかけていく。


「あ………まあいいか」


 待て、と止めようとする奏真だったがよくよく考えてみると高火力の攻撃を誇る緋音は確かに洞窟などの閉鎖的環境よりも外の方が適している。

 なら雪音も行かせるべきかとも思うがアレクトルの方は乱戦状態だろう。悪魔がいるとはいえ自衛の術がない雪音を行かせてアサギの負担になることを恐れる。


(二手に分かれるのは………いや、本当に自分の力だけで戦えるか試すいい機会だ)


 不利な敵にでも戦えるか。

 ほんの実験のようにただ軽くそう思う奏真だったがこの選択が後に災いする。

 それを知るのは雪音に憑りついている悪魔のみ。雪音しか聞こえない声でひとりケタケタと笑う。

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