048

 大蛇に食べられそうになるのを見て肝を冷やした雪音。

 そんな雪音とは裏腹に憑りつく悪魔は盛大に笑っていた。


『ケケケケケケ、ゲテモノ食わされた次は自分がゲテモノになる番ってか!?』


 雪音はそれどころではなくあの咄嗟な判断と魔法に驚くがやはり心臓が痛い。

 それと自分が相変わらず何も出来ないのがとても辛い。

 この中で一番魔力を保有していて、それで一番保有していない奏真が命がけで戦っている。


 そこへアサギがやって来た。


「二人とも、ちょっと協力してくれ」


 奏真が一人で大蛇を引き付けているためこちらに大蛇が向かってくる様子はない。

 逃げるので精一杯、のように見えるが大蛇の攻撃によりひびが入る氷を補強しながら逃げている辺りそこまでしんどいようには見えない。

 ひとまずは平気そうだとアサギの話に耳を傾ける。


「見ての通り蛇の注目は奏真に向いている。その間に俺たちは安全なところからボコスカ攻撃を与える作戦だ。俺が―――」


 アサギがどういう動きなのかを伝えようとしたところに緋音が嫌々とため息をついた。そして魔法でふわりと自身を浮かせた。


「いい加減にしてもらえますか、いつも私を足手まといのように扱って舐めないでもらいたいですね……私一人で十分です」


 上から目線で奏真とアサギのこれまでの扱いに不満をぶつける。

 二人は雪音と同じく「弱い」ものとしていつもサポートや蚊帳の外として扱っていた。それが今になって腹立たしくなって不満をぶちまけた。


 緋音は学院でも飛び級で優秀な生徒として常に上位の方にいた。

 つまり実力は少なくとも学院で通用するくらいには持っている。それを使わない手はないが今まで奏真が勝手に一人で片してしまっていたので特に気にもしなかった。


 やる気も十分にあるようなので思う通りにさせることにした。


「なら任せるけども、雪音はどうする?俺に任せられるか?」


「だから言ったでしょう、舐めるなと」


 ムスッとこれまで以上に不貞腐れる顔をする緋音。どうするのかと思えば雪音を結界のような半透明な空間に包み込んだ。


「ほう?」


「発動までに時間がかかるのと中に入れば動けなくなるのが欠点ですが頑丈さは折り紙付きです」


 試しにアサギがこんこんと叩くがまるで鉄を叩いているような高音が響き中に入っている雪音にはその衝撃ひとつ伝わらない。確かにこれなら安全なこと間違いないだろう。


 自身を常時浮遊させ高密度の結界で他者を覆う。

 これだけで通常の魔力の持ち主なら攻撃に回せる魔力がほとんど空になり数分もすれば浮遊がままならなくなる。それ以前に自身を浮遊させる魔法など使えるものがいるかどうか。


「これは確かに有望だな」


「まだまだこれだけではありません。私の実力はここからです」


 浮遊する高度は更に高くへ。

 いつしか大蛇よりも上空に陣取り見下ろした。


 下では奏真が大蛇の攻撃を躱しながら自分の足場を造り器用に逃げている。

 それももうおしまい。ここからは一方的な緋音による蹂躙が始まる。


「まずはあいさつ代わりから行きましょうか」


 手のひらを下に向ければ瞬時に同時展開させる魔法。

 アサギたちよりも遥か上空に現れるは無数の炎。蛍のように淡く小さな光を灯す炎はやがて緋音の魔力により膨れ上がる。


 見上げているアサギと雪音。

 雪音はそんな姉の様子に言葉も出せず驚き、アサギは「こりゃすごいな」と素直に驚いている。


 一方、大蛇からの猛攻に一人でしのぎ切っている奏真の方からも上空に浮かぶ無数の炎の影を捉えることが出来た。


「あいつ、それ落とすつもりか?」


 なぜアサギではなく緋音が援護に回っているのかは知らないが戦力としては恐らく申し分ないと奏真もそこはアサギと同意する意思だが攻撃方法がアサギとは大きく変わり大胆というか大雑把というか。

 魔力という圧倒的力によるごり押し。さすがに奏真も戦慄を覚える。


 せっかく補強している足場が、俺がいるのに、周り森なんだが?などなどいろいろ言いたいことがあるが今ここで通信機越しに言ったところで「勿論あなたならどうにか出来ますよね?」みたいな言葉が返って来ることが想像に容易い。


 最悪大蛇にあまり効果的ではないとなった時、大蛇の猛攻プラスアルファで緋音の弾幕を処理しなければならない。むしろやることが増えている。


 奏真の心境など知らず奏真の想像通り「どうせどうにかするだろう」と任せ自分は発射準備を済ませる。


 手を頭上にあげ、振り下ろす。


 たったその一命令だけで無数の炎は一斉に真下に急降下を開始する。

 威力は【弾丸バレット】のほんの少し強化版程度だがその数の多さに離れた位置で見上げるアサギと雪音に映るその魔法はまるで降り注ぐ燈色の流星。


「おおー、綺麗だ」


 呑気な事を言いつつもアサギはちゃっかり結界の中にいる雪音の後ろに隠れ衝撃に備えている。

 

 落下地点ではドドドドドドドドと地鳴りのような音で着弾しそれが絶えず鳴り止まず響いていた。

 床として張られていた氷が、大蛇を、奏真を敵味方関係なしに襲う無慈悲な攻撃。


 だがやはりと言うべきか、硬い鱗のような皮膚を持つ大蛇にはあまりといいうか全く聞いておらず気分的にはちょっと熱い雨程度にしか思っていないのだろう、お構いなしに奏真を襲い続ける。

 一方奏真はひとつでも被弾すればまして当たり所によっては重症なので避けるまたは防ぐ必要がある。


「このっ」


 舌打ち。

 案の定というかなんというか。援護どころか全くもって余計なことをしてくれると内心悪態をつくが今はそれどころではない。


 相殺しようにもさすがに魔力に差があり過ぎてギリギリだ。一発一発を適格に捌けるならば話は別だがそうはいかない。

 氷という足場が炎で溶け水と化し足元をすくわれ、大蛇の猛攻は一向に止まない。

 ただ緋音の魔法を防ぐだけで魔力のキャパを割いている場合ではない。


 事前に保険として撒いていたナイフの【空間移動魔法】でテレポートを繰り返し使うことによって大蛇の攻撃と緋音の魔法を同時に避ける。

 【空間移動魔法】によって同時に使える魔力が著しく減ったがまだ何も出来ないという訳ではない。余った魔力で最低限の足場を造り何とか持ちこたえる。


 あっちこっちに瞬間移動する奏真に巨体では追いつけず目で追うことが精一杯な大蛇の動きは止まる。

 本来ならその隙をついて攻守逆転するのが理想だが勿論今現在は不可能だ。


 やがて炎の雨が上がる。


 凍らせ地面として活用していたはずなのにほとんどが水蒸気となり、沼地へと逆戻り。ある程度の足場は残っているがその面積は心もとない。


「あの野郎、魔力はそうだが体力は無限じゃないんだぞ!?」


 はぁ、と一度大きく息を吐き立て直しを余儀なくされた作戦をまた一から考える。


「手がない訳じゃないがな………」






 流星群を見ている感覚のアサギは奏真の苦労など知らず他人事のように同情。

 雪音は複雑な表情をしていた。

 アサギが動かない、ということはまだ奏真は無事で余裕なところすら見れるので問題もないのだろうと分かるが自身の姉がやったという罪悪感で心配よりも申し訳なさが強かった。

 そんな中でやはり悪魔は笑う。


『ケケケケ、あいつ今日は災難だな。疫病神にでも憑りつかれてるのか?』


 そんな悪魔の皮肉になど一切耳は貸さず、意識を逸らす為にアサギに自分だったらどうするかを尋ねた。


「アサギさんだったらどう援護するつもりだったんですか?」


 奏真も本来はアサギに頼んで楽に、素早く片を付ける予定だったのだろう。それが緋音の援護とも言えない攻撃に奏真は苦しんでいる。ではアサギならどうするのかただ純粋に気になった。


 先ほどの緋音の攻撃を見れば一目瞭然、威力の低い魔法は意味を成さず射線は通るがこの近さと距離では得意の狙撃も効果があるのか分からない。そんなのお構いなしにアサギの腕ならば当てるだろうがそんなことはするのだろうか、と。


 今は力になれない。だから今後同じような状況に立たされた時自分がするべきことを今から教わっておこうと、そう考えたが故の問い。


 その意を悟ったアサギはふっ、と小さく笑う。

 学院の時はあれほど動揺し、何も出来ないことに嘆いていた時から短い期間で成長しているな、と。


「どう援護するか、と聞かれたら魔法を使ったりするけどせっかくだから学院あのときの続きから話そう」


 本来やろうとしていた行動ではなく、雪音の為にアサギ流狙撃の基本を言葉で説明する。


「今回話すのは狙撃の意味と役割だ」


「役割、ですか?それは不意をついて攻撃することですよね?」


 学院の時にアサギから教わったのは「ここぞという時の為に身を潜め出来るだけ距離を取り相手の意識外から攻撃すること」という教え。その教えに従うならば役割など決まっている。

 だが、それだけではないとアサギは首を振った。


「よく奏真も言ってるけどこちらの優位の部分で戦う時に人数有利って状況がある」


 現在もそれに当てはまり奏真、アサギ、雪音、緋音の計四名と相手するは体こそ大きけれど蛇一匹。


「そして更に今みたいに距離が近くて射線が読まれてる時なんかは本来狙われるのは狙撃手だ。人数有利で勝ってるから本当だったら前衛に任せて距離を取って身を潜めるのが最善だけど下がれない、隠れられない状況だってある」


 アサギは銃を抜いた。


「相手がひとりかつ射線を読まれ、狙われていないという限られてはいるがこの条件ならばこういうことが出来る」


 あくまでも戦い方のひとつだが、と補足した後に引き金を引いた。

 パンッ、と乾いた音が響き直線が走った。向かう先は大蛇本体ではなくその真横を通過し生えていた木に着弾した。


「?」


 これを見た雪音はたまたまアサギが狙いを外したものだと思っていたが、そうではなかった。


 同じように何度も繰り返す。


 大蛇の右を左と、頭上を通り過ぎ一発も当たらない。見ている側としてはそもそも当てる気があるのかどうか。


「あの、これは………」


 騙されているのだろうか、そんなことすら過る。


「当てる気がないってわけじゃない。勿論当てる気はあるけど蛇が避けてるんだ。射線も分かるし居場所も分かるから当然だな」


 ならば何がしたいのか。

 それは単純な話。


「やることを逆にするんだ。普通だったら狙撃を当てるために近接担当がそのための隙を作る動きをするけどそれを狙撃手こっちがやる。相手の動きを制限するように撃って近接担当が動きやすいように戦況をつくる」


 一見ただ適当に、避けられる前提で数うちゃ当たる戦法のようにも見えるが戦局は見る見るうちに変化していく。


 そもそも大蛇が奏真を狙い、一方的な攻撃をして奏真を後手に回していたがアサギの銃撃によってそれが五分にまでなっている。アサギの狙撃を警戒することによって動きが鈍くなったのを見計らって反撃、という構図が自然と増えて来る。


 状況はまだいいとまではいかないが最悪な展開にはならず場合によっては優位な状況に持っていける。特に奏真ほどの実力があるならばここからどうにでも出来る。


 雪音は目を見開いた。


「まああくまでも戦い方のひとつだということを忘れるなよ?本当だったら即撤退、逃げの一手だ」


 手段のひとつ。何度もそう言い聞かせるのはこれが最善の策ではなくやれることを増やすための愚策と言ってもいい。だがその行動で今のように状況は一変することもある。場合を見極める判断能力が試される。


「さて、いよいよ本格的な反撃開始だ」


 アサギが目を向ける奏真と大蛇の戦闘、奏真にも大きな変化が見え始めた。

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