047

「このトンボ群もかなり厄介ではあったけど本命はこいつらじゃない」


 アサギは地に落ちたトンボ群の死骸をひとつ手に取る。既に雷で焼かれ死んでいるため動くことはないが見ていてあまり気持ちのいいものではない。

 雪音と緋音は明後日の方を向いて耳だけ傾けた。


「こいつらを操っている奴がいる」


 手に取るトンボの死骸をポイッと地面に投げ捨てる。

 何のために掴んだのかは誰も触れない。


「操るって………この膨大な量のトンボをか?魔力的に考えてそりゃあ雪音クラスのやつがこの先に潜んでいるなら分かるが………」


 魔法にもそういった類のものはいくつかある。奏真も知っているがそれだと全てのトンボ群にその魔法を一匹一匹にかけ、かつ指示していることとなる。

 そもそも操るだけで使用魔力がとんでもないことになる挙句に、複数の群れ単位を操るとなるととんでもない魔力を一度に消費する。現実的ではない。


 仮に雪音クラスがいたとしてもその膨大過ぎる魔力に嫌でも目に付くはず。今のところ奏真意外にも言った本人であるアサギですらそれほどの魔力を探知していない。


 なら一体正体は何なのか。


「固有型魔法を使う大蛇だ」


「ほう」


 奏真はピンと来ているがやはりと言うべきか雪音と緋音は「そうなんだ」とはならず緋音により待ったがかかる。


「ちょっと待ってください、固有型魔法を使うモンスター!?そんなもの存在するんですか?」


「「ああ、いる」」


 驚く緋音とは対照的に奏真とアサギは当然と言わんばかりに、それでいて既にあっていると言わんばかりに確証を持って頷いた。

 更にアサギは補足する。


「正確に言うならばそれは正しくなくてモンスターにはそこまで知能があるやつは稀だから、どちらかというと自身の身体や特徴に合わせて進化していった固有の魔法を使う、といった方が正しい」


 この先にいるという大蛇もしかり。

 一体どのような進化を遂げているのかは見てからではないと分からないこともあるがこうしてトンボ群を操り消耗したところを襲う、またはトンボ群を利用して誘い込む手段を取っていた可能性が高い。


 ゾッと背筋が凍るような寒気を覚える緋音。

 だが既にもう雪音も緋音も知っていると奏真は言う。


「もう遭遇してるぞお前らも」


「え、いやそんなはずは……」


 思い返すが心当たりはない。

 だが忘れているだけで奏真に言われて気が付いた。


「雪音に憑りついてる悪魔もその一体だろ。魔眼なんて言われてるだけで」


「………!」


 雪音に憑りついている悪魔。

 悪魔と呼称しているため分かりにくいがそれもモンスターの一種でありその例外ではない。


 雑談はさて置き。


「さーて、沼地に蛇か。厄介さはこれまでの随一だな」


 沼地はこちらが不安定な足場となり、相手の蛇にはあまり関係のないむしろ動きやすい足場。地の利は完全に蛇側にある。

 更に奥へと進めばほぼ水で埋め尽くされ足を入れれば脱出不可の底なし沼。

 ここは定石通り避けて通るのが賢い判断だろう。


「やっぱり遠回りするか?」


 ここまで来たが遠回りするよりも戦う方が時間がかかると判断、避けて通ることを提案する奏真だったが今更。


「いや、もう遅い。あっちからしてみればせっかく見つけたご馳走だ。早く食べたくてこっち向かって来たぞ」


 アサギの言う通り微妙に揺れる地面。だが姿はまだ見えない。


「地中だな、アサギ!」


 だが気配、魔力共に探知に引っ掛かる。

 その姿を捉えるのは今四人がいるやや斜め下。

 

 ぬかるんで柔らかくなった地面を掘り進めて来ているのだろう。この微弱な揺れはその掘り進めている時に起こる振動。


 奏真の指示に合わせてアサギは動きやすいように辺り一面を凍らせる。


「さて、これで動きやすくなったが………これで出てこれなければいいんだが」


 その期待も虚しく、氷には大きな音を立てて入る亀裂。


「四人纏まってると危険だな、散るぞ」


 奏真、アサギ、緋音と雪音の三方向に散る。

 それと同時に凍った地面から顔を出す巨大な頭。ぬるりと這い出る体は鱗のようなもので覆われ、その全長はまだ半分以上が埋まっているため大まかなことしか言えないがその大きさは三十メートル近くあるだろう。体の太さも大木どころではない。


「これは想像以上だ。どう考えても他のモンスターを操作するタイプじゃないだろこれ」


 圧倒的パワータイプの見た目とその大きさに奏真も苦笑い。

 加えてまだ分かり切っていない他モンスターを操作する力を持つ。それが人間にも有効なのかどうかで厄介さは更に変化する。


 大蛇は体を出した状態で奏真たちを観察する。

 もう既に雪音と緋音の圧倒的魔力を感じているはずなのでそれに臆することがないということは相当大物か。


「雪音たちの方に行かせるのはまずいな」


 緋音の強さがまだ未知数だが少なくとも雪音はまだ戦えない。鱗のような体にただの弓が効くとも思えない。


 悠然と観察を決め込む大蛇だが油断はない。むしろ四人の誰かが動くのを待っているかのようにも見える。


 大蛇を囲むように三方向に展開しているため誰かしらには背後を晒している。今現在でいうと雪音と緋音にそれは位置する。

 魔力の総量的に危険度は雪音と緋音の方へ向くので正面を向けるはずだが本能からか一向に奏真とアサギから目を逸らそうとはしない。


 奏真は警戒しつつも思考を巡らせる。


(操る過程で目を合わせる必要がある、とかか?いやこれは……)


 操るというワードに思考が引っ張られつつあるがあれだけのトンボ群を操っていたことからそれはないと一瞬で切り捨てる。


 そのわずか後に、時間にしてコンマ数秒後。

 奏真の背後で氷が割れた。そしてそこから蛇の尻尾が飛び出した。


「……!!」


 気が付くのがやや遅かった。

 咄嗟に防御態勢に入るが背後ということもあり完全ではない。

 奏真に巨大な鞭のようにしなる尻尾が横なぎに襲い掛かる。


 バチンっ、と響き渡る音。


 直撃を食らう奏真の体は衝撃で浮き上がりそのまま軽々と吹き飛ばす。


「………あっぶね」


 宙を舞う奏真のその先には大口を開け待ち構える大蛇。


「奏!!」


 雪音の悲痛の叫び。

 奏真も気が付いてはいるが吹き飛ばされた慣性をどうすることも出来ず、そのまま行けば口へ一直線。ナイフの投擲による十八番の【空間移動魔法】を使う暇もない。


 すかさずアサギがフォローしようとするがその心配は無用。

 食われると察知した奏真は背中に鋭く硬い岩のような刺を生やす。


 大蛇の攻撃による慣性を生かし、背中から生えた岩を口内へ突き刺すつもり。

 表皮は硬そうな鱗をしているが口内まではそうもいかない。吹き飛ばされた速さでそれが喉に刺されば最悪致命傷にもなる。

 最悪食われても確実にダメージを与える。


 恐るべき判断の早さ。


 それを嫌がって大蛇は奏真を喰うことを諦め、代わりに硬い頭で奏真を迎え撃つ。

 若干の傷は入るもののすぐに奏真の魔法の方が砕け、大蛇の頭部に跳ね返され元の位置に叩きつけられる。


「ぐっ………」


 何とか受け身を取るが氷により滑り衝撃を殺しきれない。

 衝撃に歯を食いしばった。


「ナイス判断。体は大丈夫か?」


「……お前のゲテモノ食った時よかマシだ」


 骨をやったのではないか、という心配をするがそれは杞憂のようで。冗談を言う余裕があるらしく奏真はすぐに立ち上がる。


 その間に大蛇はというとずるりと這い出て巨大な体を外へ。

 現れる巨大な体躯。全長は四十メートルにも匹敵する大きさで遥か上空に位置する頭部からは鋭い目が奏真を睨みつけていた。


「こいつ………」


 なぜ自分自身を狙うのか、その意図を奏真は理解する。

 それと同時に奏真は後ろへ、後ろへと飛びながら後退していく。それに合わせて大蛇も一定の距離を保ったままのそりのそりとついていく。


 何をしているんだと言いかけるアサギに通信機に切り替えた奏真の声が聞こえた。


『知っての通り狙いは俺だ。俺がヘイトを受け持つ。アサギは緋音と協力して側面から攻撃を仕掛けてくれ』


「………了解」


 弱いものから潰す。

 ただ奏真という魔力の少ないゲテモノを先に平らげてからエルフ姉妹メインディッシュを食したいだけかもしれないが確かにモンスターにしては徹底した戦い方だと見れる。


 そこで奏真自身の攻撃はあまり通用しないのを見越してヘイトを集め、その間に高火力を出せる三人が攻撃に専念するという作戦を立てた。

 後はいつも通り臨機応変に。


 その意図を悟るアサギは急いで雪音と緋音に合流する。


「二人とも、ちょっと協力してくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る