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 何が起こっているのか現状についていけずに置いてけぼりを食らっている人物がひとりいた。それはアサギと同じタイミングで逃げてきた研究員、目黒。


 目黒のいた部屋に来たのはアサギ、雪音と緋音。その他に『バケモノ』を止めている仲間がいると聞いていたのでそれが奏真である、ということまではよかった。ただそれ以降のことは何が何だか理解が出来ず黙って見ていることしか出来なかった。

 

 目黒がひとり置いてけぼりを食らっている最中、奏真の指示がアサギと緋音にしっかりと伝わる。


「あまり無茶するなよ?」

 

 作戦はいたってシンプルで奏真が戦う悪魔と黒装束の二人をひとまず止めること。その援護するアサギといつもと変わらない。ただ奏真の今回の立ち回りはあくまでも戦闘を止めることなので攻撃が目的ではない。すなわち相手の無力化。

 相手が強いほど難しくなる選択ではあるが雪音のこともあるため安易に悪魔もその相手をする黒装束の二人も倒すことは出来ない。


 悪魔の魔力量は未知数、黒装束二人の強さも同じく未知。アサギが援護するとは言え守ることが優先。あまり期待できるほどの援護は望めない。それを重々承知の上で奏真は悪魔と黒装束の二人へ向かっていく。


 途中で空中で静止している投げたナイフを拾い、複製してあるナイフと共に両手に構え突っ込んでいく。


 その様子を横目で確認している悪魔は戦闘中にも関わらず余裕な笑みを浮かべながらパチンと指を鳴らした。


「ケケケケ、せっかちだな。悪いがもう少し遊ばせてもらう。こい、ナイトメア。相手をしてやれ」


 悪魔が指を鳴らしたと同時にその悪魔の影から這い出るようにして現れるのは人間の形をしている影。炎のように揺らめくその体は実態がないのか半透明でその後ろで戦っている悪魔がニヤニヤと笑っているのが見える。


(なんだこいつ?)


 奏真は突如目の前に現れた正体不明の影に足を止める。悪魔から召喚された影、ナイトメアは奏真の前で揺らめきながらもその場を動かず奏真の様子を伺っている。


 なるべく時間をかけたくない奏真は先手、左手に持っていたナイフをナイトメアに向けて投擲。ナイトメアは避ける素ぶりも見せずに直撃、したと思われたがやはり実体がないのかすり抜け地面に刺さる。


(悪魔の類か何かか?実態がないとなると魔法も効かないのか?)


 投げたナイフが通り抜けたことにより奏真の動きに迷いが生まれる。その一瞬の隙をついてナイトメアは突然、姿を変貌させる。人間サイズの型のない影は巨大に膨れ上がり、次第にその大きさは十メートルを超える。


 その姿に危機を感じた奏真はナイトメアからバックステップを踏んで距離を置いた。それと同時にアサギの方を振り向いた。これは何となく奏真の直感だったがその嫌な直感は的中していた。

 雪音と緋音を守っていたはずのアサギは意識がないのかその場で倒れ、同じく緋音もその場で倒れピクリとも動かない。


「………クソっ」


 死んでいるのか気絶しているだけなのか分からない。焦るところだがそうはならないのが奏真。冷静に思考を巡らせるが実体のない敵にどう立ち向かえばいいのか八方塞がり。


 対するナイトメアは形を変え更に分身するという絶望的な展開を作り出す。それだけではなく複数の魔法を展開、それも規模が桁違いに大きくとても奏真の魔法では相殺出来ないほど威力を持っている。


「おいおい、雪音すらも殺すつもりか!?」


 分身したナイトメアは四方向を囲み奏真の逃げ道を塞ぎ魔法を放つ。繰り出された強力な魔法に奏真に防ぐ術はなく、逃げ道を塞がれ無事では済まされない状況。

 その中でも奏真はやはり冷静で無数に複製されたナイフを四方八方に投擲。しかしそれは謎の魔法ではない力により投げたすべてのナイフを撃ち落とされる。


「………な!?」


 これには奏真も驚き体が硬直。放たれた魔法にやや反応が遅れ致命傷不可避、そんな中で奏真はある異変に気が付く。それは異様な左腕の痛み。激痛というほどではないが傷もないのに突発的に表れた痛みに奏真は違和感を覚えた。


 魔法が目前に迫りくる中、奏真は何を考えているのか棒立ちのままふとナイフを取り出しては突然痛み出した左腕を見ていた。そして、そのナイフを自分の腕に……。


 突き刺した。


 しかし刺したナイフに痛みは現れず代わりに現れるのは地面の感触。


「奏真、大丈夫か!?」


 倒れていたはずのアサギの声が奏真の耳に届く。倒れていたのは奏真のようで起き上がる。左腕の痛みはアサギが放ったであろう魔法。直撃ではなく、かすり傷なのはアサギの腕のレベルの高さによるもの。


 しかしなぜアサギが奏真に魔法を放ちかすり傷など微妙な攻撃をしたのか。奏真はもう既に分かっていた。


悪夢ナイトメア………なるほど」


 先ほど奏真が見ていたのは全て幻術。ナイトメアが悪魔によって解き放たれてから奏真は既に幻術の術中であり受けた攻撃は奏真を起こすためにアサギが放った魔法の攻撃のみ。しかしその痛みのおかげで幻術から抜け出すことに成功。振り出しに戻ることとなった。


 ナイトメアは変わらず人のような形を保ち揺らめく体で奏真を見据えていた。どうやら奏真やその他のアサギ、緋音には危害を加えるつもりはなくただ奏真を足止めすることに専念していた。


(厄介だな。あの幻術の発動条件は何だ?)


 何か魔法による攻撃を受けたわけでもなくその前兆があったわけでもない。そうなれば迂闊に攻め込むのは難しい。時間を稼ぐという意味で最適な相手を呼び出した悪魔に心底嫌気が刺す奏真。


 奏真の魔力の少なさから自分から攻めることは本来するべきではないが状況上そうする他ない。再度仕切り直しと言わんばかりにナイフを構える奏真にアサギが銃を構えて援護に入ろうとするがそれを奏真が止める。


「アサギ、お前は俺がやつの術中にはまったらまた引きずり戻してくれ」


「……了解」


 あくまでも自分が相手をするという意思を見せる奏真。奏真には起こすよう言われているがいつでも援護出来るように銃を構えたまま見守る。


 再度構え第二回戦を試みる奏真に対し、ナイトメアはその場で揺らめき出方を伺っている。


 第二ラウンド開始と行きたいところの奏真だが下手に踏み込むこと出来ないのはナイトメアの謎の攻撃である幻術。一度かかってしまうと多くの時間を稼がれてしまうのが先ほどの攻撃。しかし攻めなければいけないのも奏真。


 いつものパターンであるナイフの投げで先制攻撃を仕掛ける。ナイトメアはやはり実体を持たないのか投げられたナイフは体をすり抜けナイトメアの後ろの地面に刺さる。

 投げたナイフにはいつもの通り魔法陣。【平行空間移動】による裏どりとフェイクの二択に持ち込む。


 奏真はナイフを投げた直後に走り出しナイトメアに接近を試みていた。それに対しナイトメアは予想外の攻撃に備え身構える。しかし奏真の行う攻撃は意外にも意外の直線的なナイフによる投擲のみ。近付いたにも関わらず単純な攻撃にナイトメアの意識は若干の隙を生んだ。


 その隙を見てすぐさま【平行空間移動】を発動。

 

 それをやや遅れて反応するナイトメアはすぐに後ろを振り向いて【平行空間移動】のスポーン地点をすぐさま潰しにかかる。がナイトメアが振り向いたすぐ後ろには奏真が既にナイフを振りかぶっていた。


 明らかに早すぎる奏真の行動。最初に投げた【平行空間移動】の魔法陣がかけられたナイフはナイトメアから数メートル離れたところに刺さっていた。すなわち一瞬での移動は不可能なはず。それがどういう訳か既に攻撃範囲。


 その様子をアサギたちはしっかりと見ていた。


 奏真が最初に投げたナイフ。これは勿論【平行空間移動】の魔法陣がかけられている。ただ投げた二本目のいナイフにも【平行空間移動】はかけられていた。投げたナイフをナイトメアが通り抜けその隙の直後に奏真はナイフの【平行空間移動】に移動。それと同時にナイフをキャッチしてそのままナイトメアに襲い掛かる。


 読まれている前提での読み、判断の速さ。しかしこれだけで終わらないのが奏真。


 遅れて反応してナイトメアはすぐに攻撃を中断、ナイフの攻撃範囲から咄嗟に身を逸らした。が、その動きを見てすぐに奏真は動きを変える。

 攻撃モーションだったナイフをそのまま空振るにも関わらず振り抜いた。勢いをそのまま後ろに持ってい行き後ろ側へ投擲。


 それを見たアサギたち、ナイトメア共に同じことを考える。


(時間稼ぎの戦闘からの離脱!!)


 身を引いたナイトメアは後ろに投擲されたナイフを咎めることが出来ずにそのまま奏真の【平行空間移動】による戦闘の離脱に転じる。


 奏真の不利状況だったにも関わらず僅か数手で奏真が攻める側からナイトメアが攻める側へと攻守が逆転。

 

 すぐさま奏真は【平行空間移動】から移動、悪魔と二人の戦闘に関わろうとする。

 それを急いで止めようとするのはナイトメア。奏真との距離がややあるところだがその揺らめく体もあってか尋常ではない速度で奏真を追いかけていく。


 後ろからもの凄い勢いで追いかけてくるナイトメアを見た奏真は追いつかれる時間を稼ぐためかナイフをわざとらしくナイトメアにも見えるように落としていく。


(処理する情報を増やす一手………!!)


 その様子を見ていたアサギはさすがと言う称賛と抜け目の無さに思わず苦笑い。援護する隙などない。


 ただの落としたナイフにそこまでの力があるのかと思うとこだが焦るナイトメアの判断をほんの少し遅らせることが出来る。それだけであるがその一瞬で勝負が別れることもある。


 追うナイトメアよりも悪魔の方へ迫る奏真の方が早い、だがそう簡単に悪魔から召喚されたナイトメアを出し抜くことは出来なかった。


「………クソまたか!?」


 奏真はすぐに気が付いた。

 変わり果てた景色は隠すつもりもないらしい。再度の幻術。


 やはり幻術が発動するきっかけが分からない奏真は発動したことが分かっても自力で抜ける方法、対策が分からない。だがアサギの援護により一瞬で幻術から脱出することに成功。


 しかし状況は振り出しへ。目前の悪魔であったが奏真の目の前にはナイトメアが立ちはだかる。


「………さすがにこれだけじゃあ出し抜けないか」


 逃げ切ることが不可能だと実感した奏真はナイフを構え直した。

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