039

 アサギと目黒が地下から出るわずか十数分前。


 緋音が雪音を抱え戻って来た様子を見た奏真は即座に何かあったと理解し、緋音からは『バケモノ』の弱点を教えてくれたこの研究所に勤める研究員がいたと、その弱点も踏まえて説明した。


 『バケモノ』の攻撃を軽々と捌きながらその話を聞いた奏真は救う方法がないと知ると手加減、容赦を一切せず殲滅を開始する。

 それはわずか数秒の出来事でアサギ特性の複製するナイフに【誘導インダクション弾丸バレット】の【付加エンチャント】元である【誘導インダクション】を付加し隅から隅までナイフでめった刺しにする。その中に心臓があったようで全機能が停止、ナイフの威力が受けきれず細かく肉片と化した。

 とてもグロテスクなものを見せられた緋音は奏真を冷たい目で見ているが奏真は何やら考え事をしているようできにしてはいない。


「………まあいいか。今は雪音の体調が優れないようだし早く戻ろう」


 そう言って離脱用にアサギが仕掛けてくれた【空間移動魔法】の魔法陣を起動、奏真の魔力では足りないのは相変わらずなので緋音の魔力で起動させ地上へと戻った。


 ここまでは特に何の問題もなかったが問題なのはその後だった。


 地上へ出た三人は驚きべき光景を目にする。

 もう一体の『バケモノ』と思われるものが黒装束を身に纏った少女二人と戦っていたのだった。『バケモノ』を目にした奏真は黒装束の二人が何者なのか考えるよりも先に何故か急に奏真たちに向かって何かを投げつける。


「……!?」


 咄嗟に避けた奏真だったが避けた先には緋音。奏真がやらかしたと思った時には緋音にその投げつけられたものが被弾する。


「緋音!?」


 振り返って緋音の安否を確認するが意外となんともなかったのか平然とした顔で投げつけられたそれを手で持っていた。


「何ですかこれ?」


 緋音が自分の目で確かめるとそれはお札のような縦長の紙。何かしらの読めない文字が綴ってあった。特に害はないものだと緋音は気にせずに地面に投げ捨て雪音を一度地面に下ろす。

 奏真は緋音に攻撃が通らなかったことにホッとしつつも『バケモノ』を差し置いて攻撃してきた二人を睨みつけた。


「おい、いきなり何……っ!」


 しかしその二人諸共奏真たちを狙って攻撃してくる『バケモノ』。大きなこぶしを振り下ろす。奏真は避けることが出来ないため有無を言わさず防御に徹する。


「クソっ!」


 得意ではない、というより魔力の少なさで向いていない防御魔法を展開。

 黒装束の二人は回避を試みるが奏真が防御していることをいいことに緋音へ攻撃を仕掛けた。


(この野郎、こっちに連れてきやがって。二人は狙いからするに協会の連中か?)


 エルフ族である雪音と緋音を狙うあたり魔力研究協会の関係者と予想するがそれにしてはおかしい。攻撃に用いるのは魔法ではなく先ほどから使っている札のみ。しかもそれを触ったところで何も起きない無害なもの。だからと言っていきなり襲われたことに筋が通るわけでもない。防御魔法を展開しすぐに緋音のフォローに向かうが黒装束のうち一人が間に割って入る。


「邪魔だ!」


 ナイフを強引に振るうが容易く弾かれる。

 奏真の相手はよく見ると般若のような仮面をつけ、背に太刀を背負っていた。現在はそれを抜刀しそれで奏真のナイフを弾き、構える。丁度その時に奏真の防御魔法の耐久が限界を迎え、止まっていた『バケモノ』の攻撃が再来する。

 それには奏真も仮面の少女も、緋音ももう一人の黒装束の少女も飛び退き、一度距離を置いた。


「緋音、大丈夫か?」


 攻撃を食らっていた緋音を心配そうに見るが心配すべきは緋音ではなかった。


「雪音!雪音!?しっかりしてください!!」


 奏真の声は雪音を呼ぶ声にかき消されていた。緋音が叫ぶのも当然、今までぐったりとしていたはずの雪音が黒いオーラを纏いながら苦しそうに藻掻き始めていた。


(なんだこれ!?)


 見たことのない魔法?によってなのか自然の現象なのか、はたまた雪音自らに何か異変が起きているのか奏真にも分からない。ただひとつ、心当たりがあるとするならば緋音に投げた札。その時雪音も間近にいた。

 その真偽を確認しようと黒装束の二人を見ると札を投げた般若の仮面ではない方がふっ、と笑う。


 そんな均衡状態を知らない『バケモノ』は再び奏真たちの方へ襲かかろう、としたところでぴたりと足を止める。

 目の前には怒って構える緋音、ではなく魔力もないに等しい誰から見ても脅威ではないはず奏真のただならぬ気配。それに気圧され『バケモノ』の行動が一時的に止まる。


「………雪音こいつに何をした?」


 奏真の怒りの圧は『バケモノ』だけではなく、黒装束の二人にも勿論届いている。その二人が感じ取るのは怒りなどの圧ではなく純粋な殺意。いわば殺気。未だに苦しむ雪音に奏真は痺れを切らしナイフを投擲―――したはずが空中でピタリ、と重力を無視して静止する。

 何が起こったのか。その場にいた全員がそう思ったこと。


「やれやれ、もう少し隠れているつもりだったんだがな。ケケケケッ」


 その声は雪音の体から聞こえてくる。奏真と緋音が振り向いた先には雪音のことを抱いた幼児くらいの髑髏の仮面をつけた人間が立っていた。その姿を見た奏真はひとり何かを感じ取るとその場から一瞬にして距離を置いた。


「やはりいい勘をしている」


(見ていた通り?何を言って………)


 その瞬間、まるで真冬にでもなったかのような寒気があたり一面を包み込んだ。奏真の殺気の上書きをするが如くその謎のもの異様な気配に包まれた。


「初めまして人間たち、私はとある上級悪魔がひとり。さて、」


 雪音をそっと下ろし、近くにあった札を手に取ると黒い炎に包まれチリとなる。

 アサギが駆けつけたのはその時だった。


「なんだ?あいつ……」


 アサギと目黒は建物から出たところで本能が告げたのかその場から動かず目の前の光景を一望。誰も動かない、動けないこの状況でただ一人悠々とゆっくり歩くのはその異様な気配を放つ自称上級悪魔。向かう先には黒装束の二人。

 奏真の前、『バケモノ』の前を通る。通り過ぎ、『バケモノ』は隙とみたか腕を横に払う。猛スピードで繰り出された腕の攻撃に上級悪魔は反応すら出来ない、そんなはずはなかった。


 パチンッ


 不意に指を鳴らした音が響いた。次の瞬間には『バケモノ』の姿はその場から消えてなくなっていた。元居たところには砂のようなさらさらとした黒い灰が散らばっていた。


「五月蠅いぞ?小物ごときが邪魔をするな」


 その悪魔は『バケモノ』を小物と一蹴。『バケモノ』が今どうなったのか誰にでも容易に想像がついた。跡形もなく消した『バケモノ』に一瞥もすることなく向かうのは黒装束の二人。自分たちに敵意を向けていることが分かった二人はいつでも迎撃が出来るよう構える。

 一方でアサギが合流した奏真たちは雪音の容態を確認していた。


「今は気絶しているだけだが、さっきのは一体何だったんだ?」


 駆けつけたばかりのアサギには訳が分からず奏真に尋ねるがそれを聞きたいのは奏真も同じだった。

 体調が悪くなった雪音と外に出てみると既に戦闘が始まっていて、その相手は例の『バケモノ』と謎の黒装束の二人。黒装束の二人は突然奏真たちに襲いかかって来たと思いきや札を投げられ雪音が急激に苦しみ始めた。それを説明するとアサギは何か心当たりがあるのか納得したような表情をしていた。


「何か心当たりでも?」


 その表情を見逃さず疑わしく見るのは緋音。


「今までのことを考えての、あくまで想像になるが雪音は特殊能力者とみて間違いないだろう。その能力の全貌は分からないがある見聞録に特殊能力の噂というか言い伝えみたいなものが記してあったんだ」


 それを聞く奏真は目を細める。


「特殊能力は人の五感、または新たな感覚を生み出す第六感。その中でも『目』に関する特殊能力は『魔眼』と呼ばれている」


 アサギの話は続く。


「その『魔眼』にもいくつか種類とか強さがあるんだがその中で最上位の強さを持つ『魔眼』には宿と書かれていた。あの札がどんな効果を持っているのかは知らないが反応したのは雪音についていた悪魔だろう」


 それを聞いて奏真と緋音は一斉にその自称上位悪魔の方を見る。そいつは今は黒装束の二人と交戦中で四人と目黒がいる方には見向きもしない。戦う様は二人を遊んでいるのか手を抜いて小ばかにしながら笑っている。しかし異様な気配といい雪音から出てきたような登場といいアサギが言っていることは間違いではない。


「もう一つ根拠があるんだ。これまでその『魔眼』を使用したと思われる場面がいくつかあった」


 真っ先に奏真と緋音は悪臭が漂っていた森の中での出来事を思い出す。見えないところから見えたという村の光景。確かにそれならば説明が付く。またこれはアサギしか経験していないがアサギが嘘をついたときに見破られたのもそれだった。


「なるほど。アサギが詳しくて助かった。要約すると雪音は目の特殊能力者で悪魔が宿っていた。つまりこれは最上位の『魔眼』であることが確定ってことだな」


「………悪魔。それも上位のものが妹に取り付いてるとなると気が気ではありませんね」


「確かにな。悪魔は人の感情を好んだり生と死に幸福感を得たりするやつもいるから危険かもしれないな。どうする奏真?」


「念のため聞くがどうするってのは?」


「悪魔と戦って追っ払うか、てことだよ」


「それはまずいだろ。『魔眼』に悪魔が宿る以上変に引きはがそうとすれば雪音の目がどうなるか分かったもんじゃない。それに戦う?冗談じゃない。アサギと二人でどうしてもってなら兎も角、今は足手まといもいるし……」


「悪かったですね。足手まといで」


 自分のことを言っているのだとすぐに悟る緋音は奏真の言いように不貞腐れる。

 それを完全に無視する奏真だが状況は深刻で声音は冷静で真面目な目をしていた。


「あいつは規格外の怪物だ」


 出来るならば戦いたくはないという意思の表れか過剰とも言える評価をする奏真。


「奏真がそこまで言うとは……」


「あいつの目的は分からないが敵に回すのは得策じゃない。雪音だけしか保証は出来ないが守っているような場面もあった。そこでちょっと協力してほしいことがあるんだ」


「………?」

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