029

 燃え上がる光景。泣き叫ぶ誰かの声。空は真っ黒な背景に燃え上がる炎が赤く反射する。

 ついさっきまで励まし合いながら生き延びてきた友達の死体がこと切れた操り人形のように転がる。


 まるで地獄だ。


 私を引っ張る手は血で真っ赤になっている。その人以外に頼れる人はいない。

 その人は何かを訴えかけるように私に向かって言っている。ただ何も聞こえない。


 ああ、これは夢。


 私はそれを見て、すぐに分かった。記憶、そうそう忘れはしない。それともう一つ、鮮明に覚えている事があった。泣き叫ぶ私に毎度、まるでおまじないのようにその人は言うのだ。


『お前は、お前のことは絶対に死なせない。俺が何としても守るからな』




 その言葉を最後に緋音は夢から覚める。


 朦朧とする意識の中、開いた目に映るのは知らない天井。体には布団の感覚。

 そこでようやく自分が寝ていた事に気が付いた。


 ここはどこなのだろうか。


 そう、疑問が込み上げてくると同時に身に覚えのない人物の声が耳に入る。


「目、覚めたみたいだね」


 その声を聞いた途端ボー、としていた意識が急に覚醒。寝ていた体を起こしその声のする方へ勢いよく振り向いた。

 そこには声を発したであろう人物がベッドの横に立っていた。


 ポカンとする緋音の表情を見て慌てて自己紹介を始める。


「ああ、驚かせて悪い。俺は御影アサギ。奏真の……なんて言ったらいいんだろ、まあ友人?かな」


と、言っても緋音はピンときていないようで相変わらずポカンとした表情のままアサギを見ていた。

 

 そうなるのも無理はないとアサギは苦笑する。


「そろそろ奏真の方も終わるし、事が明らかになるだろうけど、その前になぜこんなところにいるのか気になるだろう?」


「………ええ、まあ……」


「君は奏真が戦い終わった後、身体的精神的、両方の疲労で寝てしまった。正確には倒れこんでしまったらしい。その後、奏真が君を担いでここ、ガーディアンまで運んできたって訳さ」


 アサギの話を大人しく初めは聞いていたがここがガーディアンの本部と知ると血相を変えた緋音。被っていた布団を跳ね除けアサギの服に掴みかかった。


「え、それじゃあここはガーディアンの中なんですか?」


「おお!?どした?」


 唐突な緋音の行動にアサギは動けず、掴まれた服に引っ張られてバランスを崩す。よろめきはしたが何とか倒れずに緋音を支えた。


「あ、いえ………その、すみません」


 掴みかかってから冷静に戻った緋音はゆっくりアサギの服から手を離すと力が抜けたように顔を下に向ける。


 困惑しすぎて緋音の脳内はぐちゃぐちゃだった。


(なぜ学院が?なぜガーディアンに?他の人たちは?)


 そんな解を持ち合わせない疑問が頭のなかでぐるぐる回るように渦巻、混乱していく。


 それを見てアサギはなんて声をかけたらいいのか、躊躇っているとその部屋の扉がノックもせずに勢いよく開かれた。


 なんの前触れもなく開かれたために中にいたアサギと緋音は仲良く二人でビクッと体を震わせた。

 そこには両者共に知っている顔の人物がぶつぶつと文句を垂れながら立っていた。


「ふざけやがって……お。なんだやっと目を覚ましたのか霧谷」


 扉を開けたその人物は奏真だった。




「ったく、ノックも無しにいきなり開けるなよ。子供とは言え女の子が部屋にいるんだぞ?」


 奏真を注意するアサギの言葉に緋音の心に突き刺さる。


「こ……子供……」


 ショックを受けている緋音に奏真が歩み寄る。


「起きたばかりで悪いがお前に会ってもらいたい人物がいる」


「私にですか?いったい誰にです?」


「行けば分かる。この部屋の隣で待機してもらっている。お前もよく知ってる人物だと思うが……」


「…………?」


 奏真はそのままベッドに腰を降ろし、代わりにアサギに命じる。

 緋音はアサギに連れられるがままに隣の部屋へと案内される。

 アサギについていき隣の部屋へと向かわされた。


 アサギはその扉を開けずに立ち止まった。何も言わずに緋音へ扉を開けるように合図する。


 緋音はその奥に誰がいるのか考えながら扉に手をかける。しかし誰も想像がつかない。辛うじて思い浮かぶのはガーディアンのお偉いさんか、その関係者。あったこともないので顔までは思い浮かばないがそんなところだろうと予想した。


 扉を開けて部屋の中を一望する。

 二人部屋なのか二つ並ぶベッド、椅子とテーブル。

 片方のベッドには緋音にとって衝撃的な人物が座っていた。


 自分と似たような見た目をする少女。髪、瞳、身長の全てが近い。その少女もまた入って来た緋音に目を奪われる。


「そんな……まさか………お姉…ちゃん!?」


「……雪、音?」


 時が止まったように出会った緋音と雪音は固まった。

 アサギは二人の様子を見て、本当に姉妹であるが確かめられると静かに扉を閉めた。


 その後、止まっていた時は動き出す。

 吸い寄せられるように二人は抱き合い、涙を流しながら感動を嚙み締めた。





 緋音を案内したところでアサギは早々に一人戻って来た。二人の邪魔にならないようにと考慮した上での行動だった。

 生き別れた双子の姉妹の感動の再会。募る話もあるだろう。


「話はどうなったんだ、結局のところ」


 隣の部屋で緋音と雪音の感動の再会を果たしている一方で奏真とアサギの会話の内容は深刻だった。特に今回の依頼については一筋縄ではない事件。


 つい先程までガーディアンの上層部の者たちと情報の共有と確認を奏真は行って来たところ。アサギは詳しい話を聞くために奏真の向かい側へ腰かけた。


 奏真はガーディアンにて聞いてきたものと自分の憶測も含めて話始める。まず初めに、ここへ来た手段を述べる。


「まず敵の正体だが確実に敵国の手のものとガーディアンは結論付けた。入った手段については、ここはあくまで憶測の域だが大陸東側が手引きしていると考えられる」


 大陸の東側。

 奏真たちが現在居るところは島国、その西側。東側とは数年前まで戦争という程の規模ではないにしろ争いが絶えなかった。最近になって表上は終戦し互いに不可侵条約のもと平和を装っているが現在でも密かにいがみ合い大陸境目では未だ膠着状態が続いている。

 そんな東側の手引きだと奏真は言う。

 

 異論はないがアサギには疑問な点が浮かんだ。


「う~む、道理であっさり侵入を許したわけだ。にしても学院にはどうやって?東側とはあまり関係も良くないし尚更東側から何かしら入ったとなればさすがに気が付くだろうし…」


「実際、学院潜入に直接関わっていた訳じゃない。敵国は東側と手を組んで大陸に上陸しただけでそれ以外に東側は特に協力はしていない。東側にもそれほどメリットはないしな。真偽は分からんが単に言うならば大陸に通しただけ」


「……それだと学院に侵入した説明になってなくないか?あくまで東側の大陸に上陸出来ただけでどうやってあの魔法陣を?」


「まあ最後まで聞けや」


 次々に奏真へ投げかける質問。

 奏真にストップをかけられたアサギは一度口を閉ざす。


「……………」


「さっそくその疑問点だがまずその前に、学院に仕掛けられた魔法陣について知識が必要だ。あの魔法陣は察しの通り、【立体空間移動魔法】。ただ規格外であれは終点だった。他の場所に起点があり、魔力を流し込んでいる間は常に開いた状態…」


「常に機械型のモンスターが供給していたのはそれが原因か……」


 現れてから常に押し寄せていた機械型のモンスター。ガーディアンの最上階から見ていたアサギの目にもしっかり確認出来ていた。


「また、長距離で大量のものを運ぶためあの規模の魔法陣があったものと推測できるがここで疑問点が二つ。常時開くための魔力の供給はどうやって行っていたのか、もう一つはさっき言ったなぜ学院に設置出来たのか……」


「そういう魔法を使える奴がいた、とか?」


 すぐに思い浮かんだ事を言ってみるが奏真は首を横に振る。


「着眼点はいい線いっているが、それはない。俺も最初それを考えていたが東側と学院までの距離は遠い。その距離を隠密ステルスで移動する事は不可能ではないにしろ可能性は低い。魔力の供給は結局分からず終いだったが、後者は更にもっと簡単に確実な証拠が戦いの最中にあった」


「戦いの最中?あの氷魔法の使い手か?」


「……お前が頼んだ後の戦いだからお前は知らねぇよなぁ?」


「……いやぁ、そうだったっけかな?」


 誤魔化すようにアサギはそっぽを向いた。

 当然忘れもしない。奏真からしてみればただ働き。奏真の顔は真顔だがその表情にはしっかりと「後で覚えてろよ」という文字が浮かんでいる。


「その話はまた今度するとして……その後二人と戦った。その二人だが学院の教頭、事務の先生。その他にも図書の司祭、保険課の先生が共犯者グル。後は簡単だ。東側の敵さんたちが魔法陣起点の設置、スパイの奴らが終点の設置」


「おいおいまじか。スパイがいたのかよ。でも確かにそれだと腑に落ちる」


「ああ、完全に学院側の落ち度だ。そいつらの協力で侵入を容易にした。まったく気が付かなかったのも無理もない。あらかじめ機械型モンスターを学院付近で目撃させていた理由はただ単純に実験と他の場所に魔法陣を敷くための陽動」


「随分と周到な計画だな。いったいそこまでして何が目的だったんだ?優秀な生徒の誘拐とかならこの前の[ハルフィビナ]であった領主の方が上手くやったと思うんだが……?」


「生徒の誘拐、霧谷も目星にあったと聞いた。それも目的にあったらしいが二の次だった。それを差し置いてでも二つの優先事項があった」


「あれだけの兵力だし、ガーディアンに痛手を与えることか?」


「結果的にそうなるが実際はもっと根深い。学院長の暗殺、そして情報の入手」


「学院長って、お前の親父さんじゃんか!?」


 さらっと奏真は流すように言ったがアサギからすれば奏真にとっての大事件。驚かないはずがなかった。


「死ぬのは免れたようだが重症らしい。しぶとく生き延びてやがるがそれはどうでもいい。情報についてだがこれがなぜ学院にあったのかが謎なんだ……」


「どうでもいいって……まあ奏真が言うなら。それでナゾってのは?」


「モンスターの記述に関するもの、それも内容はというもので機械仕掛けのモンスターとは異なる。既存のモンスター同士を合成し新たなモンスターとして誕生させる技術。言わば多種複合生物キメラ。ガーディアンに押収されて詳しくは見てないが……」


「…………まさかそんなものが!?」


「なきゃ敵国も必死こいてここまでしない」


「………仮に、いや事実であるならばそういう事をなんの躊躇もなく出来るとなるとおそらく……」


「ああ、お察しの通りだ。そんなバカな真似事をするのはあいつらしかいねぇ。人の命だろうが何だろうが躊躇いもない、魔力研究協会の奴らが関わっているだろう。ガーディアンもそこを睨んでいるようだ」


「そんなものまで手に入れて何をするつもりなんだ?」


「さあな。表上はもモンスターの合成だが俺は更にその奥だと睨んでいる」


「……奥?」


「お前も知っているだろ。都市[ハルフィビナ]で魔力研究協会がしたことを」


「……まさか」


「魔力研究協会と繋がっていた領主、八人の犠牲者。そして今回の事件。それらの陰謀に魔力研究協会が関わっていたら、本当に多種複合生物キメラなんかを作るためだったのか?既には完成形での段階に踏み込んでいるんじゃないのか?」


 奏真とアサギの情報共有はその後、どんどんと雲行きが怪しくなっていった。







 この騒動による被害報告。


 民間人および住宅地の被害 ゼロ


 学院 教職員 死亡 二名

        重症者 一名        

        軽傷者 四名

        行方不明者 二名(どちらも敵の共犯者)

        学院半壊


    生徒 死亡 七名(全て勇敢に立ち向かった者たち)

       重症者 十二名

       軽傷者 二十二名


    敵 捕虜 二名(どちらも学院の職員)

      死亡 一名(捕虜にならない為の自決)

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