028

 再度魔法のぶつかり合いが始まった。

 

 奏真の初手はナイフの投擲。両手の人差し指と中指、中指と薬指の間に挟んで青年目掛けて飛ばす。


 青年は奏真の【空間移動魔法】を警戒して避けるのではなく視界内で出来るだけ遠くへ弾いて予め対応しておく。

 

 ナイフを投げた直後に青年の元へと一直線に走り懐へ潜り込もうとするが警戒されていて近付かせないように奏真にではなく、奏真が来るであろう手前に魔法を放つ。

 急ブレーキをかけて止まる奏真に【氷の槍アイス・ランス】で追撃。

 青年は確実に奏真を近付けさせない戦法で戦う。


 奏真は【氷の槍アイス・ランス】を避け、魔法陣を展開。軌道が変わるあの魔法を両手から真横に向けて発射。横に飛んだ魔法は弧を描くように軌道を変え青年の両側面から攻撃する。


 そこまで速度はないため目視してから容易に【障壁シールド】が間に合う。

 両側面をきっちりガードし身を守る。


 両側面へ意識を割かせ、正面から奏真が再度ナイフを四本投擲した。


 二本は避け、二本は持っている槍で弾く。それと同時に【氷の球アイス・ボール】で奏真の頭上から攻撃を仕返す。


 奏真は着弾よりも速く目の前から姿を消した。


(消えた……【空間移動魔法】か?)


 青年の脳に避けたナイフ二本が過る。

 弾いて防いだナイフにも意識しつつ、避けて床に刺さるナイフへと振り返る。が、そこに奏真の姿はない。


陽動フェイクか?)


 弾いたナイフの方へと意識を戻す。

が、そこにも奏真の姿は見当たらない。

 青年に疑問が過った瞬間、真下の床から【弾丸バレット】の魔法が貫通し襲う。


(しまった、最初と同じ奇襲か!?)


 完全に意識から外れてた攻撃に反応が遅れ片足に被弾する。

 更にハチの巣になった床を破壊してナイフで体制の崩れた青年に刺突よる追撃。

 ナイフの刃は肩を深く抉り、傷を負わせた。


 青年はとっさに奏真がさらなる追撃をしてこれないように【氷の弾丸アイス・バレット】の複数展開で自らを覆う。


「意外といい線いったと思ったんだが、しぶといな」


 奏真は深追いはせずに距離を保つ。

 考えた中での必勝パターンだったためこれを凌いだ青年に皮肉を言う。


「………本当に恐ろしいな。まさかそう来るとは。ナイフの読み合いをしていた時点で負けは確定していた訳か」


 完璧に意識を外された。

 青年は覆われた【氷の弾丸アイス・バレット】の中で苦笑する。

 この時、既に青年は勝ち筋を失っていた。

 魔力も徐々に枯渇し始めている。魔力が少ないわけではないがかなり多い訳でもない。片足と肩は負傷。回復魔法を使いたいところだがそうもいかない。


 回復魔法は通常の魔法よりもやや異端でセンスと技術、そしてなりより適正がなければ魔力の消費は通常の魔法の比ではない。

 まして枯渇が近付く時に回復へ魔力を注ぐ余裕はない。


 大量の魔力を消費した攻撃にも関わらず奏真にはほとんどダメージを与えられなかった事が大きかった。


「時間稼ぎでもしたいのか?悪いが付き合うきはないぞ?」


 【氷の弾丸アイス・バレット】の中にいる青年にトドメを刺そうと無理やり相殺してこじ開ける。多少強引だが時間の余裕を与えると思わぬ逆襲にあうことを危惧し突っ込んだ。


「待っていたぞ、やはり来たな」


 奏真が身を投じて攻撃してくる事を予測していた青年は予め反撃を出来るよう槍を振りかぶっていた。後は奏真の来たタイミングで振り下ろせばいいだけなので速さ、威力共に奏真より上。


「勝ち筋はないがまだ負けてはいない」


 必殺。そう見れる気迫がその青年にはあった。

 その槍をくらえば無事では済まない。


「甘いな、一手遅い」


 奏真が槍に触れる瞬間、青年に聞こえるか、聞こえないかの微妙な大きさでボソリと呟いた。そして次には―――――


 により青年の槍を持つ手が弾かれた。


(な、なんだと!?)


 明らかに意識外、奏真の魔法の威力ではない。覆っていた【氷の弾丸アイス・バレット】が相殺されずに、軌道も変わることなく貫通。


 骨にまで響き痺れる腕。槍は投げ出され反撃の手段を失った。


「俺が一人だとでも思ったのか?ナイフの読み合いの時点で負け?違うな、俺と戦った時点でお前の負けだ。この瞬間をずっと待っていたんだ。はな」






 その頃アサギは狙い通り援護狙撃を終え、銃をしまって学院の方を見ていた。


「よしよしよーし。ヒット確認」


 奏真の攻撃に合わせての反撃。その瞬間をアサギは狙っていた。

 当初はいつ撃つか考えていたが一度奏真の攻撃に合わせて反撃をしていたのを見てからずっと狙っていた。

 アサギはいつ撃っても当てられる腕を持っているが奏真の攻撃と合わせなければ意味がない。殺すのが目的ならば関係ないが奏真からは「援護」と言われていた。それを忠実に守った結果の狙撃であった。


「……………」


 キロ近い距離を正確に打ち抜いたアサギの隣にいた雪音は声も出せない程に驚いていた。距離だけではなく壁などの障害物があってもなお正確の狙撃。人間のなせる技ではない。


「ごめんな。いきなり撃ったから驚いただろ?」


 驚かせた事を謝るが少しズレている。


「い、いえ大丈夫です。それより奏は………」


「ああ、問題ない。無傷(嘘)だよ」


 若干の流血が見られるが勝手に誤差だと認識して心配する雪音にアサギは適当な事を言う。


「ただ心配なのはここからだ………」


 遠い目で学院の方を見る。






 奏真はアサギの援護狙撃の後、気絶させる範囲で攻撃しようとするが青年の体から突如魔法陣が出現した。

 慌てて離れる奏真。


 その魔法陣は青年の魔力によるものではない。この瞬間奏真はどういう意味なのか即座に理解した。


「……完敗だ。魔法の実力も戦術も。縁があればまた会うだろう。その時はこうは行かんぞ、さらばだ」


 捨てセリフを吐いて姿を消した。


「【立体空間移動魔法】か。それで来たんだもんな。逆があってもないもおかしいことはないか」


 ここへ現れる前より体に仕組まれていた魔法陣。見落としていた。


 残った機械型のモンスターたちは青年の指揮がなくなりプログラム通りの動きを再始動する。

 奏真と緋音の姿を認識して攻撃を開始する。


 奏真はそんな残党たちを相手しながら通信機を耳につける。


「敵は【立体空間移動魔法】で撤退、こっちは無事だ。結局のところ目的は分からなかった」


 簡易的にアサギに今までの事を報告する。

 アサギの方も大体はなんとなく把握しているのか特に驚いた様子もない。


『もう少し探れるか?』


「いや、保護対象がいるからそれは無理だ」


『………頼んだぞー』


 棒読み&適当な一言を言い残し、アサギからの通信は途絶える。

 一瞬、間が空いて奏真の額に青筋が浮かび上がる。目も据わって敵であった青年の時よりも殺気が溢れ出る。


アサギあいつ絶対後で殺す。許さん)


 握った拳には力が入る。

 そんな様子を遠目から見ていた緋音はどうしていいのか分からず何も言えない顔で奏真が話しかけてくるのを待っていた。


 緋音の冷たい目線にようやく気が付いた奏真は通信機をポケットにしまい目の前まで歩いていく。


「もう大丈夫なのか?」


 奏真が心配そうに声をかけると意外な言葉が返ってくる。


「…………強かったんですね……」


 最初に出た言葉はそれだった。


 奏真はその言葉に驚いているがそれ以上に言った本人である緋音自身が一番驚いていた。言葉にしてからはっ、として下を向いた。


 緋音は、本当は助けてくれたことを素直に礼を言おうとしていた。しかし口が勝手に奏真の皮肉を言葉にする。


 本当は自分よりも圧倒的に強い事、魔法の使い方が上手な事、学院の生徒ではない事。敵と対峙した恐怖心よりも心の中ではそういう感情でいっぱいだった。少なくとも奏真の魔力が減らない事実を知ってからは。


(違う、そんな事を言いたかったわけじゃない……)


 心の中で押し留めようとするが一度言ってしまえば止まらない。無意識に口が動いた。


「今まで騙していたんですか?魔法がロクに使えないことも、戦えないというのも全部!」


 気が付けば下を向いたまま、奏真の服を力強く握っていた。


 緋音は涙を流していた。

 悔しくて、無力で。奏真にこんなことをしているのはそう、ただの八つ当たり。こんな事を奏真にしても意味もないしお門違いもいいところだ。まして命の恩人。それをわかっていても止められなかった。涙も、言葉も。


「私だって頑張ってるのに、歯を食いしばって生きてるのに誰も認めてくれない!」


 そこからは奏真が関係のない愚痴。

 泣き崩れる緋音。珍しく奏真は黙って聞いていた。ただ一つ思った事があった。


(めっちゃ霧谷妹に似てるな。さすがは姉妹か……)



 時が過ぎる事およそ十分。

 その間も奏真は緋音の愚痴を黙ったまま聞いていた。散々愚痴をこぼした後に緊張と疲労で寝てしまった。

 奏真に寄りかかりながら座ったまま寝息を立てていた。


「………どいつもこいつも………」


 アサギの無茶ぶりの後、愚痴を聞かされたと思えばまだ敵がいる中で睡眠。奏真の怒りも爆発寸前だった。

 

 起こそうとしてもよほど疲れているのか一向に起きる気配はない。

 ただの他人ならば知らんぷりで置いていく奏真だったが生憎、寝ているのは雪音の姉。このまま見殺しにしては助けた意味がない。


 イライラしながらも緋音を抱き起しおんぶの形で背負う。

 落ちないように両手で足を持っているためいざ戦闘になれば、両手は使えない。また重心も前に傾いているのでとっさにさがることも出来ない。


「めんどくせぇ…」


 悪態をつきながら図書から離脱するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る