006

「………こうなったら……」


 自室へ戻ってきていた領主は必要最低限の荷物をまとめ、姿を眩ます事を計画した。

 手には大きなバッグが二つ。身に付けられる物は全て身に付け、忘れ物が無いことを確認する。


 領主の召し使いだった奏真の最初の刺客は奏真にコテンパンにされると自信を失くしたか戻ってくる事はなかった。

 そして金を渡し雇っているガーディアンの杉浦は領主の中で信頼していなかった。


 取引相手だった組織は捕まったとの情報がどこからか流れてきた。


 領主は焦っていた。


 支度を整えると部屋を飛び出した。

 急いで路地裏から出て人々が行き交う大通りへ足を運ぶ。


 少し歩いて、突然目の前に立ちはだかり行く手を阻む人がいた。


「随分大慌てで……一体どちらまで行こうと領主様?」


 そこには奏真が立っていた。

 雪音も奏真の身に隠れる用にして立っている。


 領主は奏真だと認識すると表情が凍りついたように固まる。


「い、一体そちらこそ何の用かしら?私の所有物を返却しに来てくれたのかしら?」


 必死の抵抗か。出来るだけ奏真の心を揺さぶろうと憎まれ口をたたく。


 しかし奏真の冷静さを欠くどころか奏真は冷静でいられなくなった領主に哀れむような目で何も言い返さない。


 この奏真の余裕と態度に領主は徐々に怒りで身を震わせる。


「何で………なんで!」


 溜まりに溜まったストレスは怒りによってぶちまけられる。


「何で邪魔するのよ!?全て何もかも思い通り上手くいく筈だったのに………今日に限ってお前が私のもとから逃げ出すから。そうよ、お前がいるからいけないのよ!」


 怒り狂った領主は雪音へ指差し早口で怒鳴り始める。人目など気にしない。


「何も出来ないくせに!魔法もロクに使えない。かと思えば家事も出来やしない。生きる価値のない、存在価値のないお前を誰が面倒見てきたと思ってる!?」


 領主の怒鳴り声に人々の目が止まる。


 領主の怒りを真面目に聞いていた雪音の手は握り拳を震わせ、ギュッとこらえる。


「恥もなく、ベラベラとよく喋る………」


 奏真の表情に怒りが浮かんでいた。

 領主の首を掴み、鋭い目で睨む。


 それでも領主は喋るのを止めない。


「役に立たないのは本当さ……そいつは魔法を一切コントロール出来ないただの出来損なんだ!」


 はっ、と雪音は察した。この後領主が何を言おうとしているのか。何をしようとしているのかを。


「そいつは生きてるだけでも。存在してる事すら許されてない筈のゴミさ!その醜い姿を表してみろよ!…………忌々しき!!」


 奏真に首を掴まれながらも雪音に向けて魔法を放った。ただの水を飛ばし、雪音にぶつける程度だったが、それだけで十分だった。


 避ける事は出来ずに領主が放った水の魔法をくらい、ずぶ濡れになりながらしりもちをついた。その際に外れてしまうフード。


 足を止め領主の話を聞き、外れたフードの少女を見た人々。その人々の見る目が大きく変わる。

 最初は領主が暴走して迷惑かけているのだろうと同情の目を向けていたが、今はその真逆。


 嫌な物でも見たような目付き。


 理由は単純だ。

 領主が言ったエルフ族、そしてそれを表す紋様が雪音の裏の首筋に刻まれている。


 エルフ族とは、この世界で最も忌み嫌われる種族のひとつ。

 見聞録や当時の噂などでは戦いを蜂起、地形を変えるほどの凄まじい戦いが繰り広げられたと言われている。

 魔法の祖ともされていて魔法、魔力関係が非常に強い。

 その事もあってか戦いでエルフ族は滅亡まで追い込まれたのち、最終的には結局、全滅した。


 人々にとってエルフ族の滅亡は誰もが知る一般常識だった。それ故生きているエルフ族を見て、嫌悪感を懐いていた。


「………何でエルフ族がいるんだよ!?」


「全員死んだ筈じゃ!?」


 人々の声は次第に罵声、批難の声へ変わってゆく。


「消えろ!」


「この街から消えろ!」


 街中に響く声は次第に飛び火する。

 街中の人々が集まり、消えろという声はコールに変わり雪音を孤立させる。


 全ては領主の思惑通り。

 暗い顔で泣きそうなのを下唇を噛んで我慢している雪音を見て領主は満悦の笑みを浮かべる。


 奏真も領主の話を聞いて唖然としていた。

 もう忌み嫌われるエルフ族の雪音に味方は誰一人としていない。


 トドメを刺すように領主は雪音が嫌がるであろう方法をとる。


「街の皆さん、この男ですよ。私が上手く飼い慣らしていたのにエルフ族を街へ解き放ち厄介事を持ち出したのは!」


 そう、全ての責任を奏真へと擦り付ける事だった。


 今まで領主は同じような手を使って逃げ出そうとする雪音を脅し、怖がらせてきた。いわば恐怖支配。


 雪音は自分自身がどうこうされるよりも自分によって巻き込まれて傷を負うのを嫌っていた。

 そこに目を漬け込んで今回も奏真という雪音の希望を引き剥がそうとしていた。


 雪音は堪えきれなくなった涙を流して奏真に謝った。


「……ごめ……んなさい。私の……せいで」


 雪音は膝を地面についた。

 完全に心が折れてしまっていた。

 エルフ族の事、何も出来ない無能。奏真に全てを知られてしまった雪音はもう諦めていた。

 奏真が助けてくれると、襲いかかる敵を蹴散らしてまで救ってくれた。それを見て雪音は僅かな希望を懐いたがそれももう、おしまい。誰しもが嫌うエルフ族を助けはしない。


 領主も雪音もそう確信していた。


「話はそれで終わりか?ならお望み通り俺もこいつも消えるが……」


 泣き崩れる雪音の手をつかんで引っ張る奏真。彼の行動を理解出来るものは一人もいない。

 街の人々も奏真の言葉には耳を疑う。

 領主の表情は時が止まったように固まってしまった。


 そこへ、アサギが駆けつけた。


「時間稼ぎご苦労様、奏真」


「おう、どっちかって言うと領主が自ら稼いでくれたわ」


 現れたアサギと奏真の会話についていける者は一人もいない。


「それは助かった。んで、こいつがその街の領主?」


「そうだ」


「へぇ……」


 奏真が頷くとアサギは領主の目の前まで歩み寄った。そして、領主と同じ目線までしゃがみニコニコと笑顔を作る。


「貴方が領主様ですね?」


「………な、何なのよ……時間稼ぎって?」


「奏真、先行ってていいぞ。ここからはガーディアンの仕事だからな」


 領主の言葉を無視して奏真に振り返る。アサギはその時に奏真へ鍵のような物を投げ渡す。


「任せたぞ。俺は一足先に街を出る」


 受け取った奏真は雪音の服を掴んでそのままある魔法を発動させる。

 アサギから受け取ったのは鍵。ある魔法が組み込まれている。


 発動させると奏真の足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。それはゆっくりと光を放ち奏真と雪音を包み込む。


 光が完全に消えたときには二人の姿はそこには既になかった。




 光に包み込まれ消えた奏真と雪音は都市から少し離れた森の中にいた。


 アサギから渡された鍵の魔法は発動すると特定の場所へワープする魔法。発動した本人の奏真と触れていた雪音は森へワープした。


「あの………ここは?」


 雪音には見慣れない風景なのだろうか。キョロキョロと辺りを見て落ち着かない様子で奏真に尋ねる。


「すぐ近くの森だ。もうあの街では暮らせないだろうし取り敢えず隣の街まで向かう。お前は着いてこい。その後で今後どうするか決めるといい」


 奏真が早速出発に足を踏み出そうとすると雪音はそれを阻むように突っ立ったまま、声を大きくして再び問う。


「……なぜ私を……なぜ私を助けるような事を?領主様が言っていた事は全て本当です」


 質問の意図が分からずキョトンとした表情で雪音の方へ振り返る。


「なぜって……お前が依頼主なんじゃないのか?」


「………なんの事ですか?」


「……………違うならそれはそれでいいんだけどさ」


 おそらく領主はもうガーディアンによって捕縛され、事情を全て吐かされている頃だろう。依頼の対象が領主だとするならばほぼ確実に匿名の依頼主も救われている事と奏真は結論付けた。


 今回の依頼に関しては依頼主共に対象者も分からず終いだったので報酬、目標の達成には至らなかった。


 とんだタダ働きを掴まされたと奏真は小さく息をつく。


「お前の事情がどうだろうが俺には知ったこっちゃない。助けられた事に、救われた事に理由なんて求めるな」


「…………」


 それでも足を動かそうとしない雪音。救われた実感がないのだろうか、今も最初に会った時と同じような不安感を抱いている。


「荷物ならアサギが全て回収して来てくれる筈だ。その他に未練でもあるのか?」


「………いえ」


「ならしっかり後を着いてきてくれ。この森は度々モンスターの出没が確認されてる」


「わかりました」




 夜。


 森は月明かりを遮り、一層暗くする。

 奏真と雪音はその後歩き続けたが結局明るい内には辿り着けなかった。

 奏真が雪音の事を考えペースを落とした事もあるが都市から離れた時点で既に日は傾きかけていた。


 奏真と雪音は木の根本で火を焚き、その周りで腰を下ろしていた。

 既に雪音は疲労が溜まってか眠りについていた。

 そんな彼女に毛布代わりにコートを被せ奏真は一人横で座り見張りをしていた。


 そこへ奏真の探知に引っ掛かる者が現れる。その数秒後。


「意外と進んでないな。こんなとこにいるとは思わなかった」


 アサギが木の影から現れた。奏真が感知した正体はアサギだったようだ。


「俺一人じゃないからな。真相は?」


 早速アサギから聞き出すとどんどん出てくる真実。


「領主は権力悪用、人を八人にわたり組織へ流しそれに対し利益を受け取っていた。その利益は違法魔導具など。組織、協会の連中はその違法魔導具の開発および非人道的な実験などを行っていたものとみれる」


「お前の友人の推測は当たっていたって訳だな」


 協会のやっていた事は全てアサギの友人である祐介が睨んでいたものと同じ。


「あの時の爆発もそうだ。そして依頼についてもわかった。依頼主はその八人目の被害者だった」


「…………」


「依頼主は依頼を送る決意をしたが勇気がなかったらしく依頼を受注した次の日には亡くなっていたそうだ」


「…………」


「奏真の言っていたガーディアンを名乗る協力者も捕えた。あいつは被害者たちへの暴行に加えそのエルフ族の子にも何度か暴行を加えている」


「……だろうな。本人が自慢気に話してたよ。快楽だってな」


 楽しそうに痛め付けて遊ぶ杉浦の姿が脳裏に浮かぶ。


「他、奏真を襲った男も領主の召し使いも同じく捕縛。総合的に見て……まあ、結果は言わずもがなだ」


 領主と協会は取引し、ガーディアンを協力者にして誤魔化していた。計画的な犯罪行為だ。

 これ以上悪化させず済ませた事にガーディアンは称賛していたとアサギの口から言われるが、奏真は納得していなかった。


(今回の依頼は達成ならず………か)


 奏真は真っ暗な夜の空を見上げて深く、ため息をつくのであった。

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