005

 少女から詳しい話を聞いてみるとこの都市で起こっている全貌が徐々に明らかとなっていく。


「……それは確かか?」


「……はい」


 頷く少女。奏真はそれを聞いてアサギに知らせるべく盗聴などを避けるため直接伝える事にした。

 既に奏真はアサギと連絡を済ませてアサギは現在向かっていると言う。それまでこの場で待機となる。


 落ち着きを取り戻した少女はゆっくりと立ち上がる。そして都市の大通りの方へ一歩踏み出した。


「おい、どこ行く?」


 奏真が少女を止めようとするが少女はいうことを聞こうとはしない。


「戻らないと……」


 ボロボロの体では歩くだけで倒れそうで壁伝いに進む。その支える手も震えている。

 それを見て奏真はやはり止めようと試みる。


「おい、やっぱり………」


「ひっ!」


 奏真が手を指し伸ばすと少女はまるで何かに怯えるようにしりもちを着いた。少女の目の前には人影。

 奏真の頭にはあの領主の顔が浮かぶ。

 まさか追い付いて来たのかと警戒した。


「あー………奏真、これはどういう…」


 目の前にたっている人影は領主でも他の誰でもない。合流の指示を聞いたアサギが現在駆けつけたのだ。


 自分の目の前でまるで何か怖いものでも見るような目で怯えるのでアサギは困惑した表情をしていた。


「なんだアサギか。こいつは仲間だから大丈夫だ」


 現れたのがアサギだと気付くと少女に味方だと訴え掛ける。

 すると少女は怯えた表情のまま奏真へ振り返り妙な事を尋ねる。


「この人とあなたは………ガーディアンなんですか?」


「こいつはそうだ……残念ながら俺はただの一般人だが」


 ガーディアンはこの大陸では信頼される組織。その一員であるアサギが駆け付ければ少女の怯えも収まるだろう、奏真はそんな風に考えていた。


 しかし少女の質問といい、今も何処かおかしい。


 少女の怯えは収まるどころか更に青ざめた表情でまるで領主でも見ているかのようだ。奏真とアサギは違和感を覚えた。


「どうし………」


 アサギが不安になって手をそっと近付けると少女は身を震わせながら頭を抱えた。そのまま踞り何度も、何度も何度も謝った。


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい!」


 一体何に許しを乞いているのか検討もつかない二人はその場で固まった。


「………奏真、何か聞いたか?」


「………いや、会話の中で俺らに怯えるようなことはなかった」


 奏真は再度落ち着かせる為少女の両肩を持って目を合わせる。


 その行動が更に少女の恐怖心を煽る。

 涙を流す少女。アサギが奏真を止めようとするが奏真は構わず涙を浮かべる少女と合わせた目を反らさずに話す。


「一度だけ言うぞ?俺らは少なくともお前の敵じゃない。お前から話を聞いて俺らはやらなきゃいけない事がある。だから頼む、もっと詳しい話が知りたいんだ」


 奏真の話に怯えながらも聞いてはいるがそれでも信じられない。少女は口を固く閉ざしたまま首を横に振る。

 

 そんな少女の状態からこれ以上の説得は無駄だと断定し、アサギに聞いた話を伝える。


「奏真、聞いた話だがこの都市の領主が何か怪しげな組織と繋がり良からぬ事を企んでいるのは確かだ。おそらくだが……」


「協会の連中だな」


 奏真の思っている事を察したアサギ。


「俺は領主を取り押さえる。そっちの組織絡みは任せたぞ?」


「了解。また連絡あり次第合流する」


 すぐにガーディアンの仲間へ知らせる為にこの場から姿を消す。


 残った二人。奏真は再び少女へ振り返る。

 何かされる事を恐れる少女は後退る。


「俺は一般人と言ったがそれはガーディアンと比べたら、だ」


 唐突に話を戻す奏真。まるで何を言っているのかわかっていない少女は困惑した表情をする。それでも奏真の話は続く。


「嘘をついて悪かったな。俺は旅人なんかじゃない。依頼された仕事をこなすなんでも屋だ。お前がならば救い出す事も出来る。お前が望んでいるのはなんだ?領主の元で惨めに暮らす事か?」


「………わ、私は………」


 ようやく少女から震えが消える。完全に信用している訳ではないが奏真が言っている事は理解していた。

 逃げ出すなら力を貸すと。


 そんな奏真の言葉に少女は微かに希望を見いだした。そんな時だった。

 運命がそうさせまいというのか、奏真の背後から男が現れた。それを見た少女の希望はまた絶望へと戻る。


「おいおい。揺れ動いちまってるじゃねぇかよ。余計な事をするな」


 男は奏真に刃を向けた。


「俺はガーディアン隊員、杉浦すぎうらだ。歯向かえば罪に問われるぞ?」


 その男の肩にあるエンブレムはガーディアンを表す盾の紋章。間違いなくガーディアンのもの。

 杉浦と名乗る男の言葉に嘘偽りはない。


「………何しにここへ?」


 振り返らずに奏真は杉浦へ聞く。

 また怯え始めた怯えた少女を見れば一目瞭然だが。


「領主へ頼まれた。そいつを連れ戻せと。ガーディアンの責務だ。そいつをこちらへ引き渡せ」


 冷徹な瞳をする杉浦。更に刃を近付ける。


「引き渡せ?刃を向けながら横暴だな。脅しにしか聞こえないぜ?」


 奏真は突きつけられる刃をものともせずに立ち上がり振り向いた。


 その瞬間、何かを嫌った杉浦は一歩後ろへ飛び退いた。ゾッと、寒気がしたように鳥肌を立てる。


「…………き、貴様!それ以上動くな。でなければ……」


「おい、お前。名前は?」


 杉浦の脅しを全く気にする様子もなく少女へ顔だけ後ろへ振り返る。


「………霧谷きりたに雪音ゆきね


「そうか。なら霧谷。俺はこいつを問答無用でぶちのめすが、お前はそれでも逃げようとはしないのか?」


 奏真の話に着いていけずに呆然としている少女、雪音。


「…………え……?」


 そんな二人とは裏腹に、完全無視された挙げ句視線を外され、ぶちのめす宣言という屈辱を味わった杉浦。


 魔法を高速で展開。頭上には直径四メートル程の大きな炎の塊が出来上がる。


「馬鹿にしやがって!殺してやる!」


 殺意剥き出しで奏真へ襲いかかる。


「あ……」


 奏真が目の前に立っていても隠れきらない杉浦が展開した炎。

 少女にとって恐ろしいその魔法。無駄でも身を守ろうと咄嗟に腕で体を覆う。


 奏真はその魔法を見ても何とも思わず無言でただ見ているだけ。

 そんな奏真の様子を見て杉浦はどうやら勘違いしたようだ。


「ふ、ふはは。恐ろしくて声も出ないか?そりゃそうだろうな。お前の魔力では到底敵わないだろう」


 自信満々に構える杉浦。奏真の魔力を感知して勝ちを確信する。


「命乞いしてももう遅い。絶望と共に死ぬがいい!」


「そんなんで死ぬ訳ないだろう?」


 杉浦の魔法に向かって奏真が何かの魔法を放った。レーザーのように直線を描いた奏真の魔法は杉浦の魔法へ突き刺さる。

 魔法同士がぶつかると互いに相殺し合い両者の魔法が小さな爆発となって消滅する。


 髪や服をなびかせる程度の風が路地裏を通り抜けていく。


「な………貴様ごときの魔法で!?」


 あり得ない事が目の前に起きる。

 杉浦は動揺していた。


「次、いいか?」


「!!」


 既に奏真の手のひらから三つの小さな炎。

 杉浦が答えるよりも先に発射する。


 これには迎え撃つ事が出来ず、杉浦は防壁系統の魔法により守ることで精一杯だった。

 鮮やかな青い色を放つ半透明な薄い幕のようなものが杉浦を囲む。


 奏真の魔法が着弾すると防ぐ事こそ出来たもののひびが入りもう少しで破壊寸前で凌いだ。


「何だこの威力は?」


 ただの小さな炎。テニスボールくらいの炎を紙一重で防ぐ杉浦は驚愕のあまり言葉こぼした。


 そんな杉浦の目の前に奏真が手を伸ばしていた。


「くっ!」


 掴まれる事を避けたがバランスを崩し、更には接近を許してしまう。


 杉浦は慌てて手にしている刃。直剣のようなものを奏真へと薙いだ。

 それと同時に魔法を展開する。

 今度は風が可視化出来るほど手に集まっている。


 杉浦が真横へ薙いだ剣を奏真はしゃがんで見事に避ける。それと同時に杉浦が魔法を展開しているのが目に入る。


 後ろには雪音がいるため避けるのは絶対に出来ない。これが放たれれば奏真かもしくは雪音が喰らうか二択。


 それを阻止するため奏真は杉浦の腹部に手のひらを乗せるように触れた。

 流れるように滑らかな、自然な動きに杉浦はコンマ数秒奏真から遅れた。


 乗せるように触れた奏真の手。


 その直後、触れられた杉浦はトラックに跳ねられたような勢いで吹き飛んだ。


「ごはっ!」


 口から押し出される空気。

 約五メートル程吹き飛ばされた杉浦は咳き込みながらもすぐに立ち上がる。


「ほう?気絶させる程にはしたつもりだったが………頑丈なヤツだな」


 奏真は手首を回しながら吹き飛んだ杉浦を見て言う。

 魔法は放つ前に止め奏真も雪音も傷はない。


「…………?」


 何をされたのか分からず困惑の表情をする杉浦。しかし吹き飛んだにも関わらずそこまでダメージを負ってはいない。息がつまり咳き込んだ程度。反撃をするために構えた。


 吹き飛んだ勢いで魔法が消えたが今度は距離が空いた。異変が現れたのはもう一度同じように風系統の魔法を手のひらに集めようとした時だった。


「なん……だ?どういうことだ?」


 杉浦の手のひらに風が集まろうとするとどういうわけか途中で霧散する。

 風系統の魔法だけではない。炎系統も、防壁系統の魔法すら発動出来ずに魔力が消費されていく。

 簡単に言うならば魔法が使えない。


 杉浦は自分の身に起こっている事が分からず、そうさせたであろう奏真を睨み付けた。


「お前に触れた時、ただ吹っ飛ばした訳じゃない。お前に俺の魔力を流し込んだ」


「…………どういうことだ?」


「魔力コントロールは苦手か?流れ込んだ俺の魔力がお前自身の魔力とぶつかって阻害させているんだ。コントロール出来なければ少しの間魔法を使えないぞ?」


 奏真の説明についてこれない杉浦。しかし魔法が使えないのは確かだった。無理やり使おうものならばその分ただただ消費するだけで完全無駄遣いだ。


「一種の魔力の毒だとでも思えばいい。付き合ってやるつもりもないが、仮にお前が俺と魔法で戦ったとしても勝つことは出来ない。後ろに守らなきゃいけないヤツがいるからな。大人げない事したか?」


「く、くそ!」


 杉浦は魔法を使う事を諦め、剣を構える。


「チェックメイトだ、エセガーディアン。お前は守るべき人を傷付けた。それ相応の償いをするんだな」


 優勢になった奏真。トドメを差すために魔法を展開した。

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