「願い事」

サカシタテツオ

□願い事



 「クリスマスに何が欲しい?」

 昼休み終了まで残り15分を切ったところで隣のブースの三島先輩が喋りかけてきた。


 「それって俺に何かプレゼントしてくれるって意味ですか?」

 俺は座っていた椅子を少し後ろにズラし隣のパーテションの向こう側、つまり三島先輩が視認できる位置へと移動する。


 「なんで私がそんな事をせにゃならん」

 抑揚のない声で答える三島先輩は、本物の猫みたいな猫背になってスマホの画面に見入っていた。


 「ならなんでそんな事聞いたんです?」

 「ん?」

 俺の視線に気がついたのか三島先輩がスマホから目を離してチラッとこちらを確認する。


 「アンケート。ネットの。男性が欲しいモノって奴。緒方君もカテゴリー的には男性だから参考までに聞いてみた。それだけ」

 「なぁーんだ」

 予想はしていたけれど、あまりにいつも通りな事だったので落胆はしていない。たぶん。


 「で?何が欲しいもんなの?男性的に」

 先輩の視線はとっくにスマホに戻っていて、こちらの様子は気にしていないみたいだ。

 まぁ、それもいつもの事。


 なので俺もいつも通りの捻くれた答えを考える。


 昼休み終了間際に行われる俺と三島先輩の恒例行事、というかお楽しみ。三島先輩との会話は頭の体操になるし、辛口批評や社会風刺な事を言っても『バカな事考えてんだねぇ』と笑って流してくれるので午後の仕事をスッキリした気分で始められるのだ。


 「うーん。そうだなぁ。やっぱり『クリスマスの無い世界』かなぁ」

 言ってて自分でも『捻りが足りないなぁ』と思うけれど、コレ以外に先輩が食いつきそうな答えを思いつかなかったので仕方ない。


 「まぁた始まった」

 三島先輩はこちらをたしなめるような言葉を口にするけれど、その声は少し楽しそうに聞こえる。

 ーー食いついた!


 「だってそうじゃないですか?クリスマスイベントなんて官民が一体になって一般市民から合法的にかつソレとは気付かれないように金を巻き上げるためのシステムですよ。そんなのに乗っかって浮かれてホイホイと金と時間を費やすなんて愚か者のする事だって思いませんか?」

俺は三島先輩が食いついきそうな言葉を連想ゲームの要領で数珠繋ぎのようにして吐き出した。


 「うわぁ・・・」

 ーーあれ?

 ーーいつもなら軽く同意してくれるはずなんだけど。


 「三島先輩?」

 予想していたのと違う反応を返す先輩に少し動揺してしまう。


 「あぁ、うん、ごめん、ごめん。私も似たような考えの持ち主だけど、他人の口からソレを聞くと少し怖いなぁって」

 そこまで言って三島先輩が黙ってしまった。

 ーー俺、失敗した?

 ーーリカバリーしないとマズイかも?


 「先輩こそどうなんです?クリスマスに何か欲しいモノとかあるんですか?」

 焦った俺の口から出たのは、先輩からの質問をおうむ返しにしただけの単純な質問だった。


 特に深い意味は無い。


 けれどその質問を聞いた先輩の反応は意外なモノで。


 「私!?」

 と、今まで聞いた事のない高いトーンの声が響く。

 自分でも驚いたのか三島先輩は「コホン」とワザとらしい咳払いをヒトツ。

 その後改めて質問に答える。


 「そうだなぁ、しいて言うなら『心暖かい時間』かなぁ」

 三島先輩には珍しく毒気のない乙女チックな答えが返ってきた。


 「先輩がそんな乙女チックな事言うなんて!?」

 と間髪入れずに茶化してみる。


 いつもならここで『酷いこと言うよねぇ』と笑って流してくれるはずだったのに、今日は調子が悪いのかムキになった中学生みたいな答えが飛んできてしまった。


 「いいだろ別に。コレでも一応乙女なんだよ。乙女チックな願い事のヒトツやフタツ持っていたってバチは当たらないだろ」

 ーーははぁん。わかった。

 ーーいつもと違う反応を返して俺を試すつもりなんだな。

 ーーいいぜ、先輩。この勝負のったぜ。


 「確かにバチは当たらないでしょうけど、先輩の信じてる神様なら願い事の反対ばかりを押し付けてきそうですよね」

 「・・・それって・・・どう言う意味?」

 先輩の演技は完璧で見事に『気が弱くて人の目を怖がる控えめな女の子』になり切っている。

 ーーなりきりプレイ!

 ーーさすが先輩、俺の好みを突いてくる!

 ーー負けてられないぜ!


 俺は先輩の演技に負けまいと底意地の悪い男子高校生になりきったつもりで次の言葉を考える。


 「それはもちろん先輩の捻くれ具合が半端ないって事ですよ!まぁ俺には敵いませんけどね!」

 「・・・フフ」

 先輩の演技に磨きがかかる。

 その『控えめ女子』な演技は、昔好きだった図書委員の女の子の姿を思い起こさせた。

 ーー手強いぜ、先輩!


 「それなら私と同じで緒方君の願いはいつも逆さまに叶っちゃうんだね?」

 手強い先輩の手強い演技は更なる高みへと昇って行く。ソレに合わせて俺もテンションを上げて行く。


 「もちろんです!俺が世界の破滅を願えば俺の周りはいつでも平和だし、昇級を望めば俺以外の奴が昇級するし、何よりクリスマスを呪えば呪うほど友人達は幸せになりやがる!クソが!!」

 最後の一言でボロが出た。

 けれど勢いだけで押し切れる。何故だか分からないけれど根拠のない自信が湧いてくる。


 「望むモノが手に入らないから意地張って逆張りって!ハハ、ホント馬鹿な事ばっかり考えてんだねえ」

 俺の勢いに負けを認めたのか、先輩は演技をやめて普段のテンションへと移行した。


 「ホント勘弁して欲しいですよ、俺の願いと逆さまばっかりで泣きたくなりますよ」

 先輩に合わせて俺もハイテンションから通常モードへと切り替えていく。



 「それが分かってるならさ、その逆さまの神様に叶って欲しくない事や実現して欲しくない事を願ってみたらいいんじゃないの?」

 ひと呼吸置いて通常モードの先輩からの冷静なツッコミが入る。

 ーー確かに。


 「なるほど。先輩かしこいな」

 「ソレ、褒められた気がしない」

 せっかくの褒め言葉は却下された。


 「で、何を願う?」

 「んー、なんだろ?逆さまに考えるのって難しいですね」

 続く先輩の質問に即答できない。

 呪いの言葉ならスラスラ出てくるのに。


 「確かに、ちゃんと考えると難しいかも」

 「でしょ」

 先輩も自分でシミュレートしてみたようで、苦笑いのような少し困ったような顔をする。


 「先輩こそ何を願うんです?」

 そんな俺の質問と同時に昼休み終了のアラームが鳴る。


 お仕事再開、私語厳禁。


 「じゃ、仕事に戻りまーす」

 先輩の回答を聞いてみたかったけれど仕方ない。

 就業時間中なのだ。


 それに俺も答えは返していないから『おあいこ』だった。



 ブブッとスマホが振動する。

 三島先輩からのメッセージ。


 私が逆さまの神様に願うのは

  『あなたのいない世界』

 だよ。



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「願い事」 サカシタテツオ @tetsuoSS

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