第16話 ぐるぐるぐるぐる

「何をやってるんですか」

「見て解らないか。炎色反応だよ」

「はあ」

 ベルゼビュートがそう間の抜けた返事をしたとしても、仕方ないだろう。なんせ、報告書を持ってきたら、ルシファーもサタンも目を輝かせて、奏汰が行う実験を見つめていたんだから。

 しかも場所はテラスだ。そこでランタンを使って実験している。

「ごめん、ベルゼビュート。こいつらが何か実験してみせろって言うもんだから」

 白衣姿の奏汰は、仕事の邪魔してるよねと謝る。

「いえいえ。お二人の相手をして頂き、ありがとうございます。それで、炎色反応とは?」

 ベルゼビュートはついでに見せてとおねだり。

「あ、じゃあこれ」

 奏汰はチョークを手に持つと、そっとランタンの中へ。すると、炎が緑色になった。

「ほう。これは見事ですね」

 炎色反応実験を見た時の反応は悪魔でも同じらしい。ベルゼビュートは目を輝かせている。そして、これは二人が夢中になっても仕方ないなと納得。

「凄いだろ。これが魔法じゃないんだぜ」

 ルシファー、我が事のように自慢してくる。

「ええ、凄いですね。これがその、化学によるものなんですか?」

 で、ベルゼビュートはサタンのようにムキに否定することはないので、あっさり同意。そして奏汰に質問。

「そうだよ。チョークに使われているカルシウムが反応して緑色になっているんだ」

「ほう」

「人間界の花火って見たことないか? あれはこういう炎色反応を利用しているんだ」

「なるほど。魔法が使えない人間がどうやって夜空に色を描き出しているのかと不思議だったんですが、あれも化学だったんですね」

「うん」

 ああ、ベルゼビュート。奏汰の化学オタクの心を満たしてくれるリアクションをしてくれる。この目の前の二人なんて、さっきまで手品を見ているかのような反応だったのに。

「花火の正体ってこいつだったのか」

「へえ。人間とはやはり面白いなあ」

 まあ、素直に感心するルシファーの反応も、どこまでも悪魔な反応のサタンも面白いんだけど。なんか違う。

「それで、奏汰。実験はできそうですか?」

 ベルゼビュートはこんな単純な実験をするのではないのだろうと確認。

「ああ、うん。大した実験じゃないんだけどね。本当に基礎の基礎。だから失敗して教授にこっぴどく怒られ、基礎からやり直してこいって大量の課題を渡されて、それも失敗してっていう負の連鎖が・・・・・・こいつのせいだったなんて」

 奏汰、説明しながら徐々に恨み節が混ざってしまう。

「うっ。だって、奏汰はいつも研究ばっかり。俺様に気づきそうにないんだもん」

 それに対してルシファー、あくまで正当性を述べる。メンタルが強すぎだ。

「まあまあ。それで、ルシファーの邪魔が入らなければ出来るんですね」

「ああ。それを証明しなければ、俺の中の十五年も大好きだったものが崩れる」

 奏汰は握りこぶしを作って力説するが、それが面白くないのがルシファーだ。

 化学にまで嫉妬しちゃって。大変だなと、横にいる恋人がパソコンに嫉妬していることを知らないベルゼビュートは、あくまで他人事なのだった。



 奏汰の実験は一先ず横に置き、全員揃ったので夕食となった。

 よく考えなくても炎色反応がはっきり見えるほど、暗くなっている。ご飯の時間も当然というところだ。

「ここに来てから時間が経つのが早いなぁ」

 刺激が多いからか、大学にいる時よりも時間が早く過ぎていく。

「いいじゃないか。それだけ楽しんでいるってことだろ」

 ルシファー、いつでも前向きだ。

「まあ、刺激だらけなのは事実だけど」

 奏汰は自分の前を歩くルシファーたちを見て呟く。つい数日前まで、悪魔が本当に存在することさえ知らなかったのだ。それが今や一緒にご飯を食べて、さらには同じベッドで寝る仲になるなんて。

「人生、何があるか解らねぇなあ」

 思わずしみじみ呟いちゃう奏汰なのだった。



「うわっ」

 しかし、しみじみした気分は十分で吹き飛んだ。奏汰はテーブルの上に載っかる物にドン引きだ。

「奏汰はなかなか誘惑してくれないからさ。どうだ、見本」

 その物を指さし、実験室なんて大金の掛かるものを作ってやったんだから、このくらいやれとルシファーが大真面目に主張してくる。

「いや、見本って……ええっ!?」

「いや、引くの止めて」

 テーブルの上に載る物が小さく呟く。そう、載ってるのは悪魔も含んでいた。

「いや、なんで了承したんですか? キルアさん」

 奏汰は頭痛と目眩を覚えつつ、一先ず質問。そう含まれる悪魔はナンバーワンホストのルキアだった。

「いや、百万やるからどうだって言われて。人生、何事も経験かなとも思った」

 ルキア、異常事態だというのににかっと笑ってそう宣う。

 いやいや、おかしい。

「なるほど、女体盛りならぬ男体盛り」

 呆れている間に、サタンがその物体の正体を言っちゃった。

 そう、テーブルの上にはででんっと真っ裸のルキア。そこに飾られる様々なフルーツたち。肉や魚にしなかったところに、ベヘモスの良心があるのだろう。が、異常事態だ。

「どうだ。俺の肉体美。遊んでいいぜ~♪」

 ルキア、慣れてきたのか、誘惑し始めた。それにやったと飛びつくのはサタンとルシファーだ。早速フォークを手に取ると

「あ、間違った」

 と言いながらルキアの身体をソフトタッチに刺している。

「くすぐったい。これ、あはっ、意外とくすぐったい」

 それにルキアはフルーツを落とさないように頑張りながらも、こそばゆいと笑っている。

「アホですね」

「アホだよね」

 どこのアホなお座敷遊びだよ。ベルゼビュートと奏汰は呆れて溜め息を吐く。

 っていうかルシファー、これを俺にやれってか。確かにウン百万する実験室を作らせてしまったが、代償がこれっておかしくないか。

 呆れている間にも、ルシファーとサタンはルキアで遊んでいる。際どい部分をフォークで撫でて、ルキアの色っぽい声を堪能している。

「ふ、普通にベッドでのあれこれを求められた方がマシだ」

 あまりの異常事態に、奏汰、うっかりそんなことを言っちゃった。

「それは本当か!」

 ルキア男体盛りに夢中になっていたというのに、奏汰の言葉にしっかり反応したルシファーだ。キラキラした顔をして振り向く。

「ほう。じゃあ、この男は俺がもらおう。ベルゼビュート、3Pやるぜ」

 サタン、じゃあこのまま別の楽しみに突入するわと、とんでもないことを言う。

「嫌ですよ」

 ベルゼビュートはそれをあっさり拒否。奏汰はそんなベルゼビュートの後ろに隠れる。

「奏汰。俺様たちの愛のベッドにその男は要らんだろ!」

 ルシファーは何をやっているんだと、フォークを持ったまま奏汰ににじり寄ってくる。その姿は、さながら『今からお前を食ってやる!』の図。

 いや、実際に食われそうになっているんだけど。別の意味で。

「いや、まだ、ベッドは・・・・・・」

「ウン百万」

「ぐっ」

 ぼそっと呟いてルシファーはにやり。それに奏汰は言葉が詰まったが、そもそも、その出費が必要になったのは誰のせいだと思っているんだ。

「お、お前が全部作るって行ったんだろ!」

 流されてなるものかと、奏汰はベルゼビュートの背中を掴んだまま絶叫。

「そうですよ。それに、伴侶たるもの。性急に何もかも進めるのは嫌だと言いつつ、奏汰の将来を思いきり邪魔したのは誰ですか?」

 そんな泣きそうな奏汰にベルゼビュートも援護射撃。

 まっ。受け入れる側はあれこれハードルがあるからさ。

 と、これはサタンを相手にしているベルゼビュートの心境。

「解ってるよ。でも、奏汰はここに住むことを決めてくれた。じゃあ、次に進んでもいいじゃん。もう一生一緒なのに」

 ルキアの男体盛りで盛り上がった後だからか、ルシファーは必死に主張する。

 ベルゼビュートを挟み、二人の攻防戦は本格化だ。ぐるぐるぐるぐる、二人で無駄にベルゼビュートの周囲を回る。

「次って、大体なあ」

 奏汰はどうしようと困惑する。

 そりゃあ、好きになりましたよ。ここまで尽くされて嫌になる男はいないでしょうよ。でも、体の関係を、しかも自分が受け入れる側であっさり納得出来るかといわれると、難しい。

「次は一つになって愛を分かち合うものだろ」

「いやいや。そういうものとは限らないだろ」

「俺様はそういうものだと思っている」

「俺は違う」

 これぞ平行線という口論が続く。

 が――

「あぅ」

 テーブルから色っぽい声が聞こえて、ルシファー、奏汰、ベルゼビュートは振り向く。

「まずは奏汰に気持ちいいってことを教えるべきだろ」

 そしてサタン、こういう色っぽい顔をさせろよとにやり。実際、ルキアは凄くとろけた顔をしていて、とてつもなく淫靡だった。

「そうだな。それもそうだ。受け入れるところまで行くまでに徐々に開発。それが必要だった」

「いや、えっ」

「よし。ベッドに行こう」

「ええっ」

 何をされるの~!

 奏汰の絶叫はもちろん無視される。

「よし、これでゆっくり十八禁タイムに入れるな」

「もぅ、サタン王ったら」

 くすっと笑うルキアはオッケーのご様子。サタンは奏汰がいなくなったのでもう我慢しないぞと、ルキアに覆い被さるのだった。

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