4話 任務に持ち込まれる私情

 現在時刻、19時44分。これはあたし達の世界基準での時刻だけど、恐らく差異は無いのだろう。既に周囲は暗くなっている、罠にハメるなら好都合だ。

 目標を優が観測してから、もうじき5分。そろそろ罠が作動する筈だ。

 時間を表示してくれていたタブレットの液晶画面を消すと、あたしは迫撃砲の傍にナパーム弾が置かれているのを再確認する。……かれこれ10回以上は確認してるのだから絶対にミスは起きない訳だけど、ソワソワして落ち着いていられない。

 早く来い、早く来い!――そう願いながら額の汗を拭いた瞬間、周囲に地響きと共に大きな爆発音が響き渡った。

「何か爆発したけど!?」あたしが慌てて通信を入れる。そもそも爆発物を落とし穴の下に仕込むプランは無かった筈だ。

「最高の花火だろ! サプライズだ!」優が楽しそうに語る。

「お前、勇者を殺すの嫌がってなかったか?」

「やるなら盛大に散らそうぜ! 兄貴!」

 …………。

 帰ってからお説教する内容が増えた事に大きなタメ息を吐きながら、あたしは迫撃砲を構える。

「総員、攻撃開始」

 あたしの掛け声と共に、迫撃砲から弾が撃ち出されて放物線を描きながら落とし穴に向かって落ちていく。

 ――ヒュゥゥゥ……ドォォォン。

 打ち上げ花火のソレに似た甲高い音を立てたナパーム弾は、地面に落ちて小爆発を起こす。

 着弾を確認したあたしは無線で指示を送ると、グレネードランチャーを担いで走り出した。


 現場に着くと、女性のうめき声や泣き叫ぶ声、悲鳴を通り越した絶叫が止めどなく響き続けていた。

「ぎゃぁぁッ! 熱い! 熱いぃぃぃッ!」「誰かッ! 誰か助けてッ!」「嫌だッ! こんな死に方嫌だぁぁぁッ!」

 聞こえる声は三人分だ。一人逃したのか、はたまた即死だったのか。

 あたしは熱気を遮る様に、腕を顔の前に出しながら落とし穴の前に近付く。穴の中では焦げた人型が四体確認出来た。どうやら逃した訳じゃないみたいで良かった。

「ねぇ! 穴の上に誰か居るの!?」水色の髪の女性が、皮膚の溶けた手を伸ばしながら聞いてくる。「お願い! 助けてッ!」

「…………」あたしは無言でグレネードランチャーを構える。

「こちらワルキューレ・2。所定の位置に到着」

「俺も着いたぜ~。しっかしヤバい光景だな……」

 あたしは差し伸ばされた手をサイドアームのハンドガンで撃ち抜いた後で、二人に攻撃指示を出した。

 大量の爆発音が重なり、大きく地面を揺さぶりながら黒い煙が穴の中から噴き出す。

 そして全員がグレネードランチャに装填されていた6発を撃ち切った頃には、既に悲鳴は聞こえなくなっていたのだった。


 暫くして火が消えた事を確認したあたしは、初期装備のアサルトライフルを構えながら穴の中に降りる。

「ァ……ァァ……」

 流石は異世界の勇者で伝説の防具を着た人達だ。ナパーム3発とグレネード18発を受けても息がある奴が居る。

「アリ……ア……」兜が砕けて、顔が半分吹き飛んだ女性の元に這いずって進む生き残り。コイツが勇者だろうか?。

「アリアって?」あたしは銃口を外さずに聞く。

 だけど質問を投げかけるあたしを無視して、死にぞこないはアリアなる女性の胸に手を当てた。

 暫くすると、黄緑色の淡い光が死体を包み込む。恐らく回復魔法が蘇生魔法の類だろう。申し訳ないけど止めさせてもらおう。

 ――ダァァァン。

 アサルトライフルの底面にオプションパーツとして取り付けていた小型ショットガンで、彼女の腕を吹き飛ばす。

 もはや声になってない叫び声を上げた彼女は、肉塊に変わり果てた腕を抱えたまま転げ回る。

「お前達、一体誰なのよ!」

「貴女達を殺す依頼を受けた傭兵……と言えば分かる?」

「傭兵……? お前達は"向こう側の人間"なの?」

「さぁ? でも貴女には関係のない事」あたしはショットガンにシェルを再装填して、彼女の頭に狙いを付けた。「さようなら」

「……私を殺したら、貴女は女神を殺した事になるのよ!」

「依頼があれば、あたし達は神だって殺すよ」

「ま、待って! せめてアリアだけでも――」

 ――ダァァァン。

 自称女神は、頭蓋と脳漿を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 それにしても、女神はアリアと呼んだこの女性を大切そうにしていた。彼女がこの世界を救った、立派な勇者なのだろう。だけど髪は焼け落ちて肌は溶け、半身が原型を留めていない彼女は、今は見る影もない。

「お疲れ、姉さん」優が死体の頭に一発ずつ弾を打ち込みながら近付いてくる。残酷に見えるかもしれないけど、生死確認をするにはこの方法が手っ取り早い。

「さて、さっさとクソシスターに報告して、こんな胸糞悪い異世界からオサラバしようぜ」兄さんが不機嫌そうに、穴の上で煙草を吸ってる。

「そうだね、それじゃあ――」

 歩き出したあたしの足に、何かが強い力で絡みついて来た。

 見ると、頭の一部が吹き飛んでる筈の女神が、鬼の如き形相であたし達の事を睨み付けていた。

「ユル……サ……ナイ……。オマエ……ハ……ゼッタイニ――」

 ――ダダダダダン。

 優のアサルトライフルから放たれる弾丸の雨を剥き出しになった脳漿に撃ち込まれた女神は、痙攣を起こしながら何も話さなくなった。流石に死んだだろう。

「念には念を……と」死んだ女神の前にしゃがみ込んだ優は、ナイフを取り出すと躊躇う事なく首に突き刺して、切り落とす為に生々しい音を立て始めた。

 …………。

 あたしは、殺す事は怖くない。怪我は痛いけど、死ぬのも覚悟が出来てるから怖くない。だけど、無駄にグロテスクな光景だけは胸が痛む。

 思わず優から目を背けたあたしは、一足先に兄さんの伸ばしたロープに掴まって、穴から脱出した。



「これが、任務達成の証拠品です」

 ゴト――と重い音をテーブルの上に響かせながら、女性の生首四つがシスターの前に転がっていく。

 きっと彼女達が思ってたよりも残酷だったのだろう。シスターも神父も、その生首を見た途端に青ざめた。

 あの後、優は結局全員分の頭を切り落として、『殺した証拠』としてシスターにプレゼントする事を提案してきた。

 確かに証拠品があった方が信頼されるだろうと判断したあたしは、優の提案を了承。そして今に至る。

「……確かに、勇者一行の顔で間違いありませんが。これは余りにも――」

「酷いですか? でもそれは貴女達のやろうとした結果ですよ?」

「……私達は、首を落とせと命じた覚えはありません」

「おい婆さん、好き勝手言ってんじゃ――」

「優! 少し黙ってて」

 あたしは今にも殴り掛かりそうな優を止めると、シスターに肩を掴んだ。

「余り、調子に乗らないで頂けますか? やり方なんて指定して無いですよね?」

 正直な話、あたしも今回の依頼に賛同して受けた訳じゃない。『任務』だから受けたのだ。兄さんや優と同様、あたしだって胸糞悪いと思ってる。

「手を下さない人は、戦場の残酷さなんて分かりませんよね。我々は死体の横に座り込んで、食事を取る事だってあります。生首なんて、そこら中に転がっています。人同士の殺し合いって言うのは、そういう事なんです」

「…………………………………………」

 あたしは任務完了の旨を伝え終わったと判断して立ち上がる。長居は無用だ。

「どうか、その首を国王にも見せてあげてください。きっと自身の判断が惨かった事を認識してくださるでしょう」

 それでは、ごきげんよう――満面の作り笑いでそう言ったあたしは、二人を連れて教会を後にした。


 教会から出たあたし達は、正面のベンチに座って一息付いていた。そろそろ帰らないと、ただでさえ低い身長がもっと低くなりそうだ。もう牛乳を飲んでも伸びないだろうし、縮まない努力をしないと。

「あれ? 優は?」項垂れていたあたしは、優が居ない事に気付いて周囲を見渡す。

 ――ダンダンダンッ。

 小さな爆発音が響くと、右手と頬に返り血を付けた優が教会から出てきた。

「…………優」

「……お待たせ、さっさと帰ろうぜ」

「…………うん、帰ろう」あたしは優を抱きしめた。とても力強く。



 キャンプ地でエベ山……じゃ無くて、富士レストに報告を入れると、あたし達は元の世界に、あたし達の家に帰って来た。

「さて、読みかけの小説でも読みながら寝ますかね」

 そんじゃ、お疲れ――兄さんはそう言いながら、先にコンソールの部屋から出て行ってしまった。

「優……」

「…………」

「本当は怒らなくちゃいけない事、沢山あるんだけどさ」

「…………」

「優のやった事、あたしは間違いだと思ってないから」

「…………」

 あたしは黙ったままの優を軽く抱き寄せて頭を撫でると、一人でコンソールの部屋を出た。

 さて、報告書を書いたらシャワーを浴びて、その後は空になった冷蔵庫を埋める為に買い出しに行かないと……そう言えば今日は月曜日か、明日は火曜日で5%引きだし、奥の手で凍らせてた肉を解凍して凌ごうかな。じゃあ明日の朝食分だけを買って来よう。やる事は沢山だ。

 あたしは山積みのタスクに小さくタメ息を吐きながら、服を脱ぎつつ部屋に戻っていくのだった。

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