第3話 お、おじいちゃぁぁぁぁん!

 次の仕事を探そうと、俺は村の職安に向かう。

 こんなに畑があるんだから、ほとんど農業関係の仕事しかないと思っていたが、違うようだ。

 事務関係や商業関係の仕事が多く、前職で身につけたスキルも意外と役立ちそう。

 どれにしようか選んでいると、俺の肩をポンポンと叩く人がいた。振り返ってみると、全身プルプル小刻みに震えるおじいちゃんが立っている。


「あのぉ〜、引っ越してきた御仁ごじんかの?」

 ······御仁て。

「あ、そうです」

 俺が返事をすると、おじいちゃんはプルプル震える手で俺を外に呼び出す。

 おじいちゃんに連れて行かれるままに、俺は山に入った。

「お、おじいちゃん! どこに行くんですか?」

「はい?」

「おじいちゃん! どこに! 行くんですか!」

「はぁ、わしゃあ、信夫のぶおじゃよ」

「そうですか! 信夫さん! どこにっ! 行くん! ですか!!」

 耳が遠いなら補聴器つけろや。俺は半分キレながら信夫さんの後ろをついて行く。途中でやめようかとも思ったが、こんなプルプルのおじいちゃんを山に置いていったら、絶対大捜索案件不可避だろ。


 山を歩き続けていると、偶然、本当に偶然熊に遭遇した。

 俺が悲鳴をあげそうになる中、信夫さんはゆっくり散歩するように熊に近づいていく。

 熊は近づいてくる信夫に立ち上がって威嚇する。それでも信夫さんは止まらない。

「の、信夫さん! 危な──」

 勇気を振り絞り、信夫さんを助けようとすると、信夫さんは、いきなり熊の胴体に飛びかかった。



「の、のぶっ、おじいちゃぁぁぁぁぁん!?」



 俺の目の前で、信夫さんは熊と茂みになだれ込む。信夫さんは熊の胴体に座り、足で肩の部分を踏みつけ抵抗出来なくした。そこからは鼻をしこたま殴る。しこたま殴る。しこたま殴る。


 熊が人間を一方的に、というのはニュースや新聞でよく見たが、人間が熊を一方的にというのは聞いたことがない。

 俺はあんぐりと口を開けたまま、動けなかった。

 信夫さんは熊を仕留めると、ビニール紐を編み、縄をかける。

 それをプルプル震える手で引きずり、山を降りた。


 呆然とする俺に、信夫さんは振り返った。

「どうかの? 熊の仕留め方は分かったかの?」

「いいえ。さっぱりです」


 ──やっぱり、俺は来る所を間違えたのかもしれない。

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