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×××

 買い物を終えて、アパートに帰ってくる。キッチンは朝のまま変わらない。疲れているのにげんなりする。これを片付けないといけないことと、女子力の低い自分に呆れてしまう。

 綺麗にする前にトイレに入ろうと思った。戸を開けると便座が上がっていた。

 誰かがいる――。そう思うと一瞬で恐怖心が沸いた。とっさに、キッチンの包丁を手に取る。

「誰かいるの?」

 言いながら、キッチンとリビングを隔てている戸を開ける。さちほはそこにいる人物を見るなり安堵のため息をついた。

「……びっくりさせないでよ。来るならラインしてくれればいいのに」

「悪かったよ。でもいつでも来ていいと言ったのはお前だろ」

 光彦は予備のキーを揺らしてふざけてみせる。

「それよりその物騒なものしまえよ」

「あっ」

 そこで包丁を持っていることを思い出した。慌ててキッチンの収納スペースにしまう。

「まったく。包丁を持つなんて信じられないな。俺が二人組だったらどうするんだ」

「それは……軽率だったかもしんないけど」

「下手したら奪われて死んでたかもしれないんだぞ。こういうときはな、大人しくしておくんだよ。前に反抗してエラい目に会った後輩を知ってる。お前はもっと考えて行動すべきだ」

 光彦らしいキツい言い方だった。光彦がかなり危ない生き方をしているのはサークルの歓迎会で知った。だからそれに根付いた考え方だった。大抵の人はそういう人と付き合うことは避けるけれど、さちほは違った。むしろアウトローな光彦に惹かれた。

「それを言うなら考えてから来てほしかったわ。誰だって家に入られて、トイレを使った形跡があったら驚く。私ホラー映画とかダメだから光彦も分かるでしょ。勝手に鍵を開けるのはどうかと思うけど」

「残念。鍵は閉まってなかった」

「閉まってない?」

「ああ。だから、俺じゃなかったらお前本格的にヤバかったぞ」

 さちほは自分の不用心さに失望した。光彦の言うとおりだった。忙しかったとはいえ施錠を忘れるのは気の緩みにほかならない。セキュリティがないアパートだから致命的な失敗だった。

「気をつけるわ……」

「ああ。――で、それ、なんだよ」

 そうやって考え込んでいると、光彦はさちほのネックレスを指さした。

「えっ? 光彦がくれたんじゃないの」

「俺はそんなの送ってない。直接渡せるんだからまどろっこしいことはしない」

 サプライズかと思っていた。それが否定された今こんなことをする人物は誰だろう。不気味だった。

 さちほは経緯を話した。今朝、宅配が届いたこと。光彦の贈り物だと思っていたこと。

「信じられないな。お前、誰かから貰ったんじゃないのか」

「違うよ。私、前の彼氏とはちゃんと別れたし……。そもそもここに住んでいることは話してない」

「本当か」

 強い口調で聞かれた。光彦は浮気を疑っているようだった。以前男友達と二人で遊んでいただけで、怒ったことがある。そのときは手がつけられなかった。他の子と比べても拘束する彼氏と思う。それでも付き合っているのは強さがあったからだ。いざというとき頼りになる。光彦は力業でねじ伏せるタイプだった。敵だと怖いが味方だと心強い。

「本当だって。ねぇ信じてよ。まだケンカのこと根に持ってんの」

「別に……そんなんじゃねえよ。ただお前ってさ、風見鶏みたいだろう。気が変わったのかと思ってな」

 光彦はタバコの空箱を握りつぶして、ゴミ袋に投げる。アパートは喫煙禁止だ。ちゃんと外で吸ってくれただろうか。

「分かったから捨てて来いよ。それ」

 さちほは頷く。ゴミの回収時間はとうに終わっている。とはいえ光彦の癇癪を防ぐためには今すぐ捨てに行かなくてはならない。ネックレスを外す。変えたばかりのゴミ袋に入れて袋の口を結った。

「捨ててくる」

 そう告げて、さちほは外のゴミ捨て場に向かった。

×××

 

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