それだけは醜く美しい世界

白野 音

きっとそれは醜いもの

 あーあ、つまらない。鏡、鏡、鏡。周りを見ても鏡しかない。すごく広い部屋なのに部屋の真ん中にある木でてきた四角いテーブルと同じく木でできた高いイスが4つ、壁の端のドア以外あるものは鏡だけだ。

 それらの鏡は全て形が違う。そして、鏡の外で流れてる時間も鏡ごとに違う。この部屋にはすべての鏡が、そしてそのすべての時間がこの世界と繋がっている。ここの住人は鏡に触れることでその世界に行けて、同じ鏡に触れれば戻ってこられる。と言ってもこの世界の住人は現状私とお母さんの二人しかいないのだが。


 鏡の外に行ったとしても、その世界には干渉できない。私の声は届かないし、人に触れようとしてもすり抜けて触れることができない。行っても話したりできないから最初は楽しくてもだんだん寂しくなってくるから私は嫌だ。お母さんが言うには隣の隣の部屋に干渉できる鏡というのが一つだけあるようだけども私は見たことすらない。


 壁の鏡をぐるっと見回す。ある鏡は顔を洗っている社会人が映っていて、またある鏡は非常に原始的な槍を携え大きい動物の狩りを大人数でしている姿が映っていている鏡もある。時間が違う、とはこういうことだ。鏡に写っているすべての時間がこの世界と繋がっているのだ。


 ただ困るのはある程度外の時間が過ぎると鏡が割れ、なぜか直ってまた同じ映像が最初から流れるのだ。幼い頃は思ったのだが今はもう不思議とも思わないし怖いとも思わない。なぜ割れるのか、勝手に直るのかなんか未だに分からない。ただそんなことより何度も見た映像を見るのは正直苦痛だし退屈だ。もちろん、この外で生きてる人達は何度も人生を繰り返してるわけじゃないだろうから退屈や苦痛とは思わないだろうけど。


 いつもと変わらずやることもないからどうしようか、と考えて椅子に座りながら周りの鏡を見た。いつもなら気にもしない少し高めの所にある四角い鏡、そこに写ってるのは制服を身につけた少女だった。思わず「可愛い!」と声を出してしまうほどに可愛かった。制服じゃなくて写っている彼女が。でも暗い顔をしていたから気になった。可愛い人って人生明るくやっていると思っていたから。なんでそんな暗い顔をしてるのかどうしても知りたくなって鏡に手を伸ばした。すっとそこから意識が消え、目が開けられるようになると目の前に今さっきまで鏡に写ってた彼女が目の前に現れた。彼女は髪の毛をクシで落ち着かせているようだった。私はその彼女に手を伸ばしてみる。自分の手は彼女の背中をすり抜け、改めて彼女に触れることを許されてなかったことがわかる。


 彼女は玄関に咲く黄色く映えるマリーゴールドに水をあげ、行ってきますと小さい声で行った後にカツコツと靴をならし歩き始めた。


 彼女が向かっていたのは薄々分かっていたが学校だった。周りを歩いている生徒は半袖で汗をかいている人もいるというのに、彼女は長袖を着ていて暑くないのかなと思った。もちろん、みたのは周りの生徒で実際に温度を感じてるわけではないからわからハッキリと暑いとは分からないんだけども。


 大きめの玄関から三年と書かれた下駄箱に行き上靴をだす。その上靴は清潔できれいな彼女とは裏腹に黒く汚れて靴の側面はなにやら切り傷みたいな深い跡もついていた。


 クラスに着き鞄を机の横に掛けて彼女はようやくふと一息つき椅子に座った。彼女の机も上靴同様に汚れていた。汚れていた、というよりかは汚されていたの方が正しいかも知れない。その机には暴言が黒く小さい文字でびっしりと書かれていたからだ。ふーっとついた一息はため息だったのではないか、と思うくらいになってきた。私はただ苦しかった。なにが起こってるか分からなかったがただ彼女をみてると胸が締め付けられる感じがした。周りは楽しく話してるというのに、中心に近い位置にある机に一人でポツンと本を読んでいる、その姿を見ているだけなのに。私は少しそこから離れるようにした。この気持ちはどういう気持ちなのか自分でも分からなかったから。


 廊下に出てワイワイと賑やかに話してる人たちを眺める。なんで彼女は可愛いのに誰とも話さないんだろう。声を出してるとこを見たのは朝に玄関で言った小さな行ってきますだけだった。可愛い人は人生明るいとか簡単に考えていたが想像と違くて戸惑っているのかもしれない。そんなことを考えていたら十数分が経っていることを上の時計は教えてくれた。私は彼女の所へ戻ろうと廊下から教室に入ると彼女がいなかった。


 職員室、保健室、図書室、カウンセリング室と近くにある教室以外の部屋を探してみたがいなかった。その部屋たちはどう使われているとこなのか分からなかったが、話せる人がいない彼女は生徒の多い教室と書かれているところにはいないだろうと思って探してみた訳だが、結果はすべてハズレだった。どこに行ったんだろう、と少し不安になってもう一度彼女のいた教室に戻ろうとしたときにガラガラと決して大きい音ではないが気になった。それは少人数教室と書かれた部屋からだった。


 私がそこに行ったら彼女がいた。彼女は横になって寝ていて、後ろには壁に鏡、その前には高く積まれていたであろう机や椅子が崩れていて、彼女の周りには女子生徒が3人ほどいた。友達がいたんだ、などとは思えなかった。そういう雰囲気ではなかった。そしたらそこにいた一人の女子生徒が下に倒れていた椅子を高く持ち上げ、寝ている彼女の肩に叩きつけた。ウザいんだよ、いい子ぶりやがって、という言葉と共に。横たわっている彼女は呻き声を上げた。ひどかった。あまりにもひどかった。

   

 他の女子生徒二人もその一人に続き、そこにあった物で彼女を傷つけはじめた。私は「やめて、お願いだからやめて、ねえやめて」と声を大きく上げても女子生徒達にはこの声は届かず、女子生徒達を止めようと腕を掴もうとしても掴みたかった腕は私の手をすり抜け、倒れている彼女を庇おうと体を大の字に広げ守ろうとしても女子生徒達が持っていた椅子やらなにやらは私の体をすり抜けどんどん彼女を傷つけていった。


 私は泣くことしかできなかった。なんでこんなひどいことをするのと思い、やめてよと叫ぶことすらもできなかった。


 そして時計を見た一人の女子生徒が教室の外に出て先生先生と大声で呼びはじめた。他の二人はその声を聞いた後すぐに持っていた物をその場に置き、倒れている彼女を揺さぶって大丈夫、ねえ大丈夫と大きい声で言いはじめた。先生が来てその女子生徒の一人は「学校に来たらガシャンって少人数教室から大きい音がしたのでなんだろう思って入ってみたら見たら倒れてて……多分積まれた机や椅子が倒れたんだと思うんですけど……」と話しはじめた。私は絶句した。なんで、やってたのはあなた達じゃん、なんでそんなひどいことをしたの、と声をいくら荒げようと叫ぼうと届かない。ただ悲しかった。ただ泣いていた。見てるだけなのに、されてるのは彼女なのに辛かった。この溢れる気持ちは止まらなかった。


 学校から帰り、なぜか先生に本当の事を言わなかった彼女は服を着替えはじめた。肩、腕、腹、すべてが青紫と赤い色だった。なんで長袖で学校に行ってたのかも分かった。見てることしかできないこの憎しみが私をどうにかしてしまいそうだった。元の世界に戻った時は吐き気、頭痛がひどく襲ってきてその日は倒れた。


 私はその日から彼女の鏡を見ていた。一時間、一日、一週間。見ると辛いし泣いてしまう。しかし私は彼女の映っている鏡を見続けた。どうしたら助けられるんだろう、どうしたら止められるんだろう、と毎日毎日考えた。考えて考えて考えてもダメだった。なぜって、干渉できないから。干渉できればなんとかできる気がする。


 そこで昔のお母さんの話を思い出した。私の幼い頃に「ここにはね、一つだけ干渉できる鏡があるんだよ」と言っていた。それを使えばあの子を助けられるかもしれない、救えるかもしれない、と思い部屋を飛び出し干渉できる鏡を探した。



 幸いすぐに見つかり、使い方もいつもの使い方にプラスで前回入った世界に干渉できるということらしいからすぐに使うことにした。この鏡は願えばその姿で干渉することができるらしい。だから私は彼女と同じ制服の姿を願いその世界に行くことにした。

 イメージトレーニングはバッチリ。これで終わらせる、という気持ちしか胸になかった。失敗することも考えられないほど単純な方法で。


 時間はいつも暴力を振りはじめる時間の少し前。私はその積み立ててあった机に隠れていつもみたいに女子生徒が来るのを待った。そして毎日飽きもせず暴力を振る女子生徒たちが集まって、暴力をあげようとした瞬間にガラガラと大きな音をたてドアを開け外に叫んだ。「先生!ここでいじめが起きてます!助けてください!」と。すぐに先生が走ってきてその女子生徒三人を拘束する。はじめからこうしてれば良かったんだって、今さら気づいた。彼女と目があった。私はなんでか苦しくなってしまった。そして自分の世界に戻ってずっと彼女が映る鏡を毎日ひたすら見続けた。最後には笑った姿も見ることができた。






 僕は今日もお母さんに質問をする。

 「それでお母さん、どうしていつも最後になる前にその子の映る鏡を割っちゃうの。鏡を割っちゃったらまた最初に戻っちゃう。」

「だって割らないと最後を見ることになるからね。知らなくてもいいことだってあるんだよ。」

 そう言ったとき、お母さんの後ろの割れた鏡には教室のベランダから笑った少女が落ちる影が見えた。

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